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【童話】かくれんぼ日和


 ひにけに寒さがゆるんで、流れる川の水がいきおいを増すと、雪に閉ざされた国は春をむかえます。それはきびしい冬をのりこえた分だけ美しく、まるで神様からのごほうびのようです。
 晴れた朝はすがすがしく、小鳥のさえずりが青空に飛びかいます。風は光をはこびます。ひさかたぶりに顔を出した土の上には、フキノトウが芽吹いています。花はスイセン、スミレ、フクジュソウと、どれもおしとやかに笑っています。天気の悪い日はしっとりと、絹のようなやさしい雨がふります。
 そうして、春の深まりとともに、誰もが待ちこがれるのは、桜の開花です。


 三月のおわり、小高い丘の上に住むミオちゃんも、桜の花を楽しみにしていました。けれど、それよりも大きな不安のせいで、「今日桜が咲いたよ」とお母さんに声をかけられた時、浮かない顔をしてうなづくだけでした。
 新学期のはじまりに、まずクラス替えがあります。今度小学三年生になるミオちゃんは、お友達のアヤナちゃんと同じクラスになりたいと思っていました。これまで二人はずっと同じクラスだったので、離ればなれになるなんて考えられないことでした。

 お母さんはもしも一緒にならなかった時のために、新しいお友達の作りかたを教えてくれました。
「これからよろしくねって、からっぽの手を差し出すの。にこっと笑えたら一番かな」
 けれど、ミオちゃんはだまったまま、首を小さく横にふりました。一緒にならなくても大丈夫ではなく、一緒になるから大丈夫だと言ってほしかったのです。
 

 桜の開花から一週間後、ミオちゃんはえんじ色のランドセルを背負い、こわばった足取りで登校班の集まりにくわわりました。どんなクラスになるのか楽しみにしている子もいました。その日は朝から日差しがまぶしく、おだやかな天気でした。
 歩いてくだる細い坂道は、桜並木が続いています。ほのかに紅色がさす白い花のトンネルは、まるで見頃を新学期のはじまりに合わせたかのようです。
 ミオちゃんはその途中で、とてもきれいなお姉さんを見かけました。思わずふり返ったのですが、ほかの子たちは興味なさそうに、「何見てるの?」「はやく行ってよ」などと言いました。

 学校に着くと、登校班は散らばり、学年ごとのクラス分けの表にそれぞれ向かいました。緑色の掲示板に白い大きな紙がはってあり、ミオちゃんは自分とアヤナちゃんの名前を探しました。祈るような思いでしたが・・・
 二人は同じクラスではありませんでした。何度見返しても、アヤナちゃんとは別のクラスでした。
 ミオちゃんは今にも泣きだしそうな顔で、その場を離れようとした時、服のすそをひっぱられました。おかっぱ頭のアヤナちゃんが笑顔で立っていました。そうして「お互いがんばろうね」とそっけなく言われたので、ミオちゃんも笑うしかありませんでした。

 アヤナちゃんは悲しくないのかな。私と離れても良かったのかな。
 ミオちゃんはそんなことを考えながら、二階の新しい教室に一人でとぼとぼと向かいました。廊下のしかくい窓からは、まだ雪ののこる山並みが遠くに見えました。
 さわがしい教室の中では、男の子たちが悪ふざけをしていました。ミオちゃんは嫌だな、という思いで、見つけた自分の席に座ると、あろうことか、隣はらんぼうもののユウトくんでした。「おい!」といきなり大きな声で話しかけられました。ミオちゃんは何も悪いことをしていないのに、「ごめんね」と言って、顔をそむけました。手はズボンの横をぎゅっとにぎっていました。
 しばらくすると、ユウトくんが見ていないすきに、少しだけ机を離しました。

 その日は半日で授業がおわりです。ミオちゃんは逃げるようにさっと帰りました。家まで続くのぼり坂が、いつもより急に感じられました。大きな悲しみにくわえ、ずっと緊張していたせいで、とても疲れていたのです。
 ふしめがちに歩いていると、朝見かけたきれいなお姉さんが、花咲くトンネルの同じ場所に、すっと立っていました。着ているのは白いワンピースです。茶色のながい髪が風にながれています。
 ミオちゃんははっと顔をあげ、うっとりと見とれてしまいました。疲れは吹き飛んだ気がしました。登校班の時とは違い、誰にも急かされることはありません。目が合いそうになると、恥ずかしくなり、幹のかげに隠れましたが・・・  
 なんと、お姉さんも同じように隠れました。
 どういうことだろう。
 ミオちゃんは不思議に思い、隠れるお姉さんに近づきました。そろりと顔をかたむけました。すると、かぼそい声で「私が見えているの?」と聞かれました。
「うん、見えているよ」
 そう答えたミオちゃんは、かくれんぼの苦手なお姉さんだと思いました。
「お姉さんはとってもきれいだね。びっくりしちゃった」
 ミオちゃんがもっと近づこうとした時、お姉さんはおびえるように後ずさりしました。
「私は人間が怖い。誰にも見えないはずなのに」
 ミオちゃんはぽかんと口をあけ、どういう意味なのか考えました。そうして、「お姉さんはどこから来たの?」と聞きました。お姉さんは少しためらってから、ミオちゃんの側に立つ桜の木を指さしました。
「わあ!お姉さんは桜の妖精さんなんだね。会えて嬉しいなあ」
 お姉さんはまだ怖がっている様子で、にこりともしません。ミオちゃんはお母さんの言葉を思い出しました。お友達の作りかたを教えてくれた、あれです。
「これからよろしくね」
 ミオちゃんは笑顔でそう言って、ひらいた両手を差し出しました。お姉さんは吸い寄せられるようにふっと前のめりになり・・・
 ミオちゃんの手には、たしかに握手したような、しなかったような、ぼんやりした感触がのこりましたが、お友達になれたことは間違いありませんでした。お姉さんはやさしく笑っていたのです。

「また明日」
 そう約束して、お姉さんと別れたミオちゃんは、元気を取り戻して家に帰りました。
 けれど、心配して待っていたお母さんの顔を見たとたん、学校でのことを思い出して、涙がはらはらとこぼれ落ちました。
「アヤナちゃんはね、私と別のクラスになったのに、ぜんぜん悲しそうじゃなかったの」
 ミオちゃんはお母さんにひっつきました。離れるまでずっと、頭をなでてくれました。


 翌朝はしずかな雨でした。ミオちゃんが学校に行く準備をしていると、お母さんに「えらいね」とほめられました。妖精さんだと分かったお姉さんのことは、秘密にしていました。
 今日も会えると思っていたのですが・・・
 登校班のみんなと通った桜並木のくだり坂に、お姉さんは立っていませんでした。雨だからかな、と思いながらも、きょろきょろするミオちゃんは、水色の傘を少し上にあげていました。

 学校に着いて教室に入ると、ユウトくんが「おう!」と挨拶してきました。ミオちゃんはびくりと怖がり、小さく頭をさげるだけでした。
 けれど、授業中にふと窓のそとを見て、お姉さんのことを考えると、なぜ怖がっているのか分からなくなり、急に笑い出してしまいました。そうして、びっくりするユウトくんを見たら、もっとおかしくなり、先生に怒られました。すると、なぜだかユウトくんもげらげら笑い、二人で廊下に出されました。
 きゅっと口をむすび、並んで立つと、ユウトくんが背伸びをして、同じくらいの身長になりました。それを見たミオちゃんは、いじわるをして、ひょこっと上に出ました。もう二人は仲良しです。怒った顔をするユウトくんに差し出された手は、ぱっとひらかれていました。

 学校から帰る時、雨はやんでいました。ミオちゃんはお姉さんに会える気がして、折りたたんだ傘を脇にはさむと、急いであの場所に向かいました。
 じんわり汗をかいた頃、桜の花がみだれ落ちる中にお姉さんの姿が見えました。大きく手をふると、上品にふり返してくれました。そうして、ぐっと力を入れ坂道をかけあがろうとした時、水たまりに足をすべらせ頭からひっくり返り・・・

 どこかに吸い込まれた感覚がありました。目をあけると、体じゅうがぎゅっと小さくなり、桜の木の上に座っていました。らんまんの花に囲まれ、同じように小さくなったお姉さんが側で笑っていました。転んだはずの痛みはなく、どこも怪我をしていませんでした。
「いっぱいお話しましょ」
 そう言ってくれたお姉さんと、ミオちゃんはいろんな話をしました。家族のこと、お友達のこと、学校のこと・・・
 そうして、怖いと思っていたユウトくんと仲良しになったこと。それを聞いたお姉さんは、ふふふと笑いました。
「私たちは似ているのね」
「うん。そっくりだね」
 
 夢のような時間はあっという間にすぎ、辺りはだんだん暗くなってきました。すると、どこからか甘い香りがただよってきて、ミオちゃんはすうっと眠くなりました。なんとか目をあいて、「そろそろ帰らなきゃ」と言った時、お姉さんはミオちゃんの顔の前で、パチンと指を鳴らしました。

 気がつくと、桜の木の下でしゃがみこんでいました。体は元の大きさになっていました。さっきまで暗かったはずなのに、雨あがりの明るい空が青くにじんでいました。
 ミオちゃんは木の上を見回して、小さなお姉さんを探しました。見つかりませんでしたが、「また明日ね」と別れの挨拶をしました。

 家に帰ると、お母さんがおやつを用意していました。こんがり焼き目のついた、みたらし団子です。ミオちゃんはタレをこぼしそうになりながら、ほおばって食べました。横で見ていたお母さんは、「さっきアヤナちゃんのお母さんから電話があったんだよ」と言いました。
「本当はね、アヤナちゃんも悲しかったんだって。家に帰ったらずっと泣いていたみたいだよ」
 ミオちゃんはうつむきました。うらぎられた思いだったことを反省しました。
「クラスは別でも、変わらず仲良くね」
 うつむいた顔がゆっくりあがると、お母さんと目を合わせ、今度はしっかりうなずきました。


 それから数日間、晴れの日も雨の日も、丘の下に出かけた休みの日も、お姉さんは帰り道にあらわれました。もうひっくり返ることはありませんでしたが、桜の幹にあいたうずまき状の穴をのぞき込むと、その中に吸い込まれます。まずはお姉さんがやって見せ、ミオちゃんが後に続きます。
 毎回、木の上にある同じ穴から飛び出ると、小さくなった体がぷかりと宙に浮き、座れる枝にゆっくり到着します。暗くなってくると眠くなり、木の下で目を覚まします。体も時間もすっかり元に戻っています。木の上ですごした時間は、まるで別世界にあるかのようでした。お母さんにも秘密の、特別な時間です。
 けれど、ミオちゃんはなんとなく分かっていました。
 桜の花が散ったら、会えなくなるのかな。


 そうして、ある日の特別な時間のおわりに、ミオちゃんは木の下で目覚め、「また明日ね」といつも通り挨拶すると、後ろから名前を呼ばれました。お姉さんが何か言いたそうな顔をして立っていました。
「もう会えないの?」
 ミオちゃんがそう聞くと、お姉さんは桜の木を見あげました。花は盛りをすぎ、みずみずしい若葉が目立ちはじめていました。
「きっと、明日は大丈夫だと思う」
「うん。そうだよ。明日は会える」
 ミオちゃんは力強くそう言って、悲しくないふりをしました。最後は笑顔と決めていました。


 晴れた翌朝、ミオちゃんは登校班の列にならんで坂をくだっていると、木のかげにお姉さんを見つけました。自分を呼んでいると思い、さっと列を離れました。すぐに後ろからがやがや言われましたが、かまわずお姉さんに近づき、笑顔をかわすと、白い封筒に入った手紙をわたされました。
「ミオちゃん、どうしたの?」
 追いかけて来た登校班の子に向きなおる時、手紙をポケットに隠しました。
「何かあると思ったけど、何もなかった。ごめんね」
 そのみじかい間に、お姉さんはいなくなりました。ミオちゃんにも見えなくなりました。枝が少し強い風にゆれ、花がひとひら舞い落ちてきました。

 午後になると、風はいっそう強くなりました。授業がおわると同時に、ミオちゃんは急いで桜並木に向かいました。
 けれど、もうお姉さんはあらわれず、あのうずまき状の穴はどこにもなく、隠してあった手紙はいちようの緑に変わっていました。ミオちゃんは家に帰ってから読もうとしていました。
 涙をこらえる目で、その葉っぱを太陽にすかして見ると、書いてある文字がうっすらと見えました。
 いつか また あいましょう

 そうして、とっぷり日が暮れてから家に帰ったミオちゃんは、めずらしく遅かったので、お母さんに何をしていたのか聞かれました。
「お友達とかくれんぼした」
「そうなの。良かったね」
 ミオちゃんはにっこり笑いました。さみしい思いと大切な思い出を、胸のおくに隠して。

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