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「短編」住人の紫陽花。(1/5)


ここももう無くなったんだな。

3年前まで住んでいた、6畳半のワンルーム。駅遠で家賃3万5千円。お風呂は正方形で小さくて壁が薄くて隣の部屋の声はダダ漏れ。

ねー。久々。まだいるかい?

売地募集。
シトシトと降る6月。当時住んでいた角部屋の前に咲く紫陽花に少しばかりの懐かしさ。
僕は耳を傾け音を探した。


✴︎✴︎✴︎


大学生になった僕は、地方の田舎から大学のあるこの土地へやってきた。

親からの援助も望めない僕は大学生活を送りながらバイト代でやりくりしなければならず、出来るだけ家賃が安い場所を探していた。

不動産から紹介されたアパートは築40年の木造ボロアパート。でも、この近辺の相場から言えばだいぶ安く3万5千円。僕は即決でここに決めた。

荷物を運ぶ。
冷蔵庫に洗濯機、テーブルと布団。後は必要最低限の食器。後は、バイトをしながら買い足せばいいか。そんな事を思いながら初めての一人暮らしにワクワクしていた。

次の日にはバイトを見つけ、その次の日には大学の入学式も終えた。

いろいろと忙しさから解放され、帰宅後ウトウトしていると、気づかずそのまま眠っていた。
深夜2時。
蒸し暑くて目が覚めた。
ロングTシャツは汗まみれでベタベタと気持ち悪い。

真っ暗な室内。
冷蔵庫からミネラルウォーターを出すと一気に飲み干しそのままお風呂に向かった。

浴室に入ると正面がシャワーで右が正方形の不思議な形の浴槽。後ろがレースを挟んで脱衣場兼洗濯機置き場。

僕はキュッキュッと蛇口を捻りシャワーを浴びる。

ポンプからシャンプーを出し頭につけ目に泡が入らない様に瞑って洗っていると、後ろから視線を感じる。

片目だけ何とか開け、後ろを確認するが誰もいない。そりゃそうだろうっと思い前を向くとまた頭を洗った。昔、友達からシャワー中に後ろから視線を感じたら実は後ろじゃなくて上から見てるんだってっとの話を思い出し、上を見る。しかしもちろん誰もいない。

こういう類は気に出し始めたら止まないものだと思っているので、そそくさと洗髪と洗顔を終わらせ、身体を洗いレースを開け体を拭いていた。

体を拭いていると、部屋の方からカン。カン。っと音が鳴る。耳を済ませると場所的に台所だ。

体を拭きすぐに部屋に戻って電気をつけた。
台所を見ると、昨日食べた半額の弁当のカスだけで、変わった所はない。

「気にしすぎだよな。幽霊なんていないし」

そして、部屋の電気を消すと僕は敷きっぱなしにしてある布団に入り目を閉じた。

静寂な室内。
キーンとなる音。
時々聞こえる隣の部屋の生活音。

早く寝たせいとシャワーを浴びたことから目が冴えてしまっていた。

「眠れん」

布団から出ると電気をつけ、スマホを触る。
SNSを見ていると、高校の同級生のアカウントをチェックして皆、新しい生活なんだなー。なんてぼうっと見ていると、台所の方からカン。カン。っと鉄パイプを棒で叩く様な音がした。

「排水溝のパイプかな?」

僕は台所の下の棚を開けパイプを確認したが、新品に取り替えた様な感じに見えたので、パイプじゃないよなって扉を閉めると、次は玄関の方からカン。カン。っと2回台所と同じ音がした。

玄関の方を見るがやはり変わった所はない。

流石に少し思ったので、電気をつけたまま布団に入り目を瞑った。
寝落ちしろー。寝落ちしろー。僕は瞼に力を入れそう願ったが…。


カン…カン…

明らかに僕の真横でなった。
僕の横には木製の壁で、金属製の音が鳴るはずない。

僕は飛び起き、この部屋何か変だっと思った。

座り辺りを見渡しながら耳を澄ませる。

カン。カン。

部屋の隅から音がする。

「誰かそこにいるのか?」

僕は隅に向かって話しかける。
もちろん返事はないが、自分を落ち着かせるために「オッケー。分かった。ならこの部屋にいるなら音を鳴らして」

老朽化した建物だから建物のどこかの音だろうって…とりあえず安心したかった。

しかし、カン。カン。

部屋の隅から音がした事から、確実にこの部屋には何かいる事が証明された。

「僕の声は聞こえるの?聞こえるから一回だけカンって鳴らして」

カン……。

「分かったいるんだね。君は幽霊かい?はいだったら1回だけ、違うんだったら2回鳴らして」

カン……。

もちろん1回だった。

「君は何か悪さをするのかい?一緒ではいだったら1回違うんだったら2回ね」

カンカン…。

今までより少しだけ早く返された音に幽霊がこの部屋にいる事と悪さをしない事が分かった。

「ありがとう。悪さをしないんだったら居ても大丈夫だよ。怖がらないでね。君が先にいたんだから、今まで通りゆっくりしてて大丈夫だからね」

カン…。

「そうだ。お話をしようよ。まずは僕は来海(くるみ)宏昌(ひろまさ)年齢は18歳。君は僕より年上?はいなら1回いいえなら2回ね」

カン…。

「年上なんだね?一つ年上?」

カンカン…。

「なら2つ?」

カン…。

「2つ上なら20歳なんだね。男の人?女の人?男の人なら1回。女の人なら2回ね」

カンカン…。

「女性なんだ」

カン…。

「なら、ごめんね。僕男だけど」

カン…。

「ありがとう。ならこれからよろしくね。僕明日から講義始まるから寝るけど、電気消して大丈夫?」

カン…。

「なら消すね。暑くない?空調つけようか?」

カン…カン…。

「分かった。ならお休み」

そう言って僕は電気を消した。


つづく

tano

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