【撤退から学ぶ】良いサービスが残り続けるためのヒント:Leapsin(食品OEMマッチングサービス)
こんにちは!NEWhで新規事業の伴走支援をしている谷口です。
気になるスタートアップ企業について、新規事業担当者が参考になったり、ヒントを得るために、ビジネスの肝(キモ)は何か、新規事業に必要な要素を整理するためのフレームワーク「バリューデザイン・シンタックス」を使いながら解きほぐすシリーズ企画、今回は少し趣向を変えて社内公募制度を経て100%子会社として立ち上げられたものの、2023年1月にクローズされてしまった株式会社Leapsin(リープスイン)について、分析してみたいと思います。
Leapsinはどんな会社?アイデアを思い付いたきっかけは?
キリンの社内ベンチャーであるLeapsInは、食品メーカーと食品工場の空き稼働を繋ぐマッチングサービスや製品の量産化支援のコンサルティングサービスを提供し、工場側にはクラウド型のシステムを提供し、工場稼働率の安定化や生産管理を支援されていました。
創業者である日置淳平さんは、実際に現場で食品の研究開発を経験しており、工場での生産スケールアップの難しさや、「展示会に行ってパンフレットを集めまくってようやく探し出せるかどうか」という、委託工場を探す際の非効率性を感じたことが、この事業を始めるきっかけだったとのこと。当時担当されていた、完全栄養食の開発を考えていたときに、業界のあまりの非効率さに直面したことが原体験で、このプロセスを効率化するアイデアに辿り着かれたようです。
いくつもの新規事業の成功要因を押さえたサービスが…なぜ?
新規事業開発は不確実性の塊のなか、ハッキリとした見通しもない靄の中を進むようなもので、いくつもの困難を乗り越えた事業アイデアだけが晴れて世の中にサービスローンチされるもの。このLeapsinも、キリンの初めての社内ベンチャーとして、成功事例として紹介されていました。
Leapsinサービスは、ナショナルブランドメーカーの小規模ロット生産問題をリサーチしていた時に知ったのですが、新規事業で押さえたいポイントをいくつも持たれていました。
起案者(創業者)に強い原体験がある
社会的な課題解決を目指すミッション/ビジョン/バリューが言語化されている
業界の古い慣習をデジタルで打ち崩す、破壊的なイノベーションである
親会社が早急な事業シナジーや収益化を求めず、起案者に権限と予算を与え、物理的にも自由な「出島」方式を取っている
内部者でしか持ちえない、複雑な業界構造や慣習への深い知見を持ったうえでのDXサービス提供で、競合参入障壁も高い
純粋にとても優れたサービスアイデアを形にされて、親会社の理解とサポートを得ながらローンチされたことについて、大きなリスペクトを感じました。もっと良くこのサービスについて調べようと思ったところ、2023年に事業クローズされていたことを知り、なぜそうなってしまったのか、とても気になってしまいました。
食品業界が抱える「情報の非対称」とは?
Leapsinが掲げていたミッション「食品業界における「情報の非対称性」を解消することで、豊かな食の提供に貢献する」で言われている情報の非対称性とは何なのか、背景をもう少しだけ見てみましょう。
情報の非対称性とは、全ての事業者が同じレベルの情報にアクセスできない状態を指し、情報が限られた事業者の間でしか共有されない、または特定の知識や接点がないと入手できない情報が多いために発生する課題です。この原因としては、食品業界の歴史的なアナログな業務プロセス、透明性の欠如、複雑なサプライチェーンなどが挙げられます。
創業者の日置淳平さんは、食品の研究開発を行っている中で、新しい食品を開発し、それを工場で生産するスケールアップの過程が非常に困難であること、特に委託工場を見つける過程にこの情報の非対称性が分厚く存在しているが故の非効率さに直面しました。これらの経験から、製造プロセスを効率化し、食品製造を希望するブランドオーナーと製造能力を持つ工場をマッチングするサービス、LeapsInのアイデアを着想されたというわけです。
競合は存在するのか?
先に挙げた情報の非対称性問題から、同類のサービスとしては非常に少ないというのが実情で、完全に重なるものとしてはICS-net株式会社が提供する「シェアシマOEM」が該当します。
このほかでは、福岡県の印刷会社である株式会社丸新の広告掲載型のプラットフォーム「食品開発OEM.jp」も近い領域かもしれません。いずれにしても、競合がひしめく状態ということはなく、食品生産のOEM先を探したい個人や企業に対して、これに応えられるサービスは圧倒的に少ない状態という状況です。
バリューデザイン・シンタックス(VDS)でみてみると
最新の公開情報がないため、日置さんのインタビュー記事を中心に、仮説も織り交ぜてバリューデザイン・シンタックスを作成した結果がこちらです。この分析には決して「ここがクローズしてしまった理由」とする意図はなく、Leapsinのような優れたサービスが世の中に残り続けるための学びを少しでも得たい気持ちからです。
コンセプト
食品を作りたくても作れない、委託工場を探すこともかなりの手間で苦労している発注者と、遊休設備を稼働させたいOEM対応工場との間で完全な補完関係が成立しており、マッチングプラットフォームとしての価値を発揮できるコンセプトに見えます。
戦略
競合サービスとしては先の競合サービスもありますが、一般的なソリューションとして機能している「リアル展示会」を取りました。ここでのLeapsinが「選ばれる理由」は言わずもがなですが、OEM受託可能工場の選択肢の数ということになります。
しかしここで「選ばれ続ける理由」を考えたときに、少し手が止まってしまいました。食品を作りたいが作れない発注者は数多く存在しますが、果たして発注者はマッチングだけを求めているのか、一度発注した人はまた「作りたくても作れない」という課題をすぐに抱えるのか…、少し疑問が残りました。
ここで競合サービスとして挙げた「シェアシマOEM」の特徴を見たとき、マッチング以外に「経験豊富なプロが担当」「アイデアでも商品化」を掲げられていることがヒントになっているように思います。発注者はOEM先を見つけたいのではなく、商品化することが目的なのであって、そのためのサポートがワンストップで受けられることが重要なのかもしれません。
仕組みの部分でも想像にはなるのですが、やや気になるところが2つありました。一つはOEM受託可能な工場の情報をどれだけ多く、詳細に集められるかという課題に対して、「キリンのネットワーク」を超えるアセットが情報からは見えませんでした。同様に、このサービスをパートナーとして支えるのが親会社のキリン以外にはやはり見えてきませんでした。日本全国、奥の奥に潜んでいる情報の非対称性を乗り越えるためには、相応のパートナーが必要なのではないか、そう思えました。
さいごに
原体験からくる強い動機と熱量を持った起案者と、外部からは触れられない知見をもって、デジタルで業界の慣習を一変させる――。業界全体の活性化を掲げられている日置さんの志の高さと、それを実現させるために最適なサポートを取るキリンの姿勢には深く共感します。
マイクロな商品開発を求める人と、増え続ける遊休設備を何とか収入に変えたい工場、双方の課題を一気に解決するというラクスルにみる他業種で成功を見ている遊休設備活用ビジネスモデルでも、クローズの憂き目に遭ってしまうという事実はとても重く感じられました。想いとロジック、セオリーを正しく運用してもなお残る、当事者が下すその局面ごとのフレキシブルな判断と、一歩先を見据えた想定と備えが重要と気づかされた分析でした。
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