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「へ〜〜まあ一応ストーリーがあるんだ〜〜」とならないために【ここがへんだよディズニーシー⑤】

この記事は『ディズニーシー破壊工作事件簿【ここがへんだよディズニーシー④】』続きもので、シリーズ最後となる第5話である。
テーマエリアをめぐるこの物語は、結局どこへ向かうのだろうか?


ディズニーはどこにいくのか?

多様化する需要、応えるディズニー

この未来を予見していたのが、シリーズで繰り返し引用している新井克弥(2016)だろう。

第6章で「ドン・キホーテ化」「アキバ化」という言葉で指摘しておいたように、TDRは現在、自らのテーマ性をどんどん切り崩しつつある。ドン・キホーテの「文脈」で説明するならば、現在のTDRにあるのはひたすらに混沌である。膨大な数のアイテム=情報がまき散らされて、その全体像を把握することは不可能になってしまっている。また秋葉原のように過去を振り返ることがないので、過去からの文脈=物語の痕跡を読むことも難しい。

新井克弥『ディズニーランドの社会学─脱ディズニー化するTDR』(2016、青弓社)

彼の主張によれば、インターネットの発達に伴ってゲストは東京ディズニーリゾートに対し多様化した無限の要求を突きつけるようになった。そして、東京ディズニーリゾートはそれに対応するために、創始者ウォルト・ディズニーを頂点とする「ツリー型」のパークから複数の情報が混在しゲストが恣意的に選択できる「モザイク型」のパークへと路線変更を余儀なくされたのだという。彼はこれを「“マイ・ディズニー”ランド」または「ドン・キホーテ化」と呼んだ。

この分析が正しいとすれば、東京ディズニーシーのテーマエリアにおいて、ストーリーネットワークの形成が阻害されるのも、サービススケープから逆算されたサービスが減少していくのも理解はできる。ゲストには個別の需要があるからだ。例えば、「ザンビーニ・ブラザーズ・リストランテ」で三兄弟のおすすめ料理をカウンター毎に購入するよりも、単にすぐに受け取って外で食べたいなどである。
近年、東京ディズニーリゾート・アプリの登場により、パーク内にいればどんな商品でもオンラインで購入できるようになった。また、「スタンバイパス」「ディズニー・プレミアアクセス」「プライオリティパス」「エントリー受付」といった複数の近似したバーチャルキューサービスが林立している。そして23年10月27日には一部レストランにおける「ディズニー・モバイルオーダー」の導入が発表された。
このように、ゲストが自由な方法でコンテンツを“効率的に”利用できるようなサービス用サービスの登場がいまのトレンドだ。しかし、“効率的に”というのが「ストーリーの文脈を超えて」であることは言うまでもない。

また、言い換えれば、ゲストはお気に入りのキャストやキャラクターだけを個別に消費することができるようになった。S.S.コロンビア号前のドックサイドステージで「ジャンボリミッキー!レッツ・ダンス!」が公演されているのは、豪華客船S.S.コロンビア号が持つストーリーや文脈を味わうゲストよりも、「ミッキーマウスに会える機会を最大化してほしい」と願うゲストの方が多いからに他ならない。
キャストはいまやゲストにとってアイドルでなければならないし、キャラクターをストーリーの枠の中に閉じ込めておくことは利益の損失を意味しているのだ。

コンテンツホルダーとしてのディズニー

ところで、新井(2016)はこれを日本(ひいてはアジア圏)独自の消費文化として分析しているのだが、2023年現在の状況を見ると、別の解釈も成立するのではないかと思う。
つまりそれは、「ディズニー社のスタンスの変化」によるものだという説である。

ディズニーは2006年にピクサーを買収、2009年にマーベル・エンターテイメントを買収、そして2012年にはルーカス・フィルムを買収した。
2006年以前のピクサー映画(『トイ・ストーリー』や『モンスターズ・インク』など)は、“ディズニーと5作品を共同制作する”という契約に基づいて製作された作品群である。ルーカス・フィルムの「スター・ウォーズ」や「インディ・ジョーンズ」といった映画シリーズはディズニーがアトラクション化しているから、買収されたとしても馴染み深い。
しかし今では、ディズニーはディズニー・プラスで日本のアニメすら提供する。これは、ディズニーが明らかに「ストーリーテラー」から「コンテンツホルダー」に変化しつつあることを意味すると言えるだろう。

シリーズ第2話の最後に紹介した「スター・ウォーズ:ギャラクシーズ・エッジ」も「アベンジャーズ・キャンパス」も、そしてディズニー(が所有する)映画をテーマにしたテーマエリアのいずれも、ディズニーがコンテンツホルダーであることを前提としたものだ。
これらのエリアでは、東京ディズニーシーのそれらと同様に、施設同士の結びつきが重要視されている。しかし、それらは元のコンテンツを参照した上で形作られるものである。映画の中で語られた関係性や、映画の中で語られなかった“What if…?"の関係を描くことで、ディズニーが所有するコンテンツの再利用を図っていると言えるだろう。あるいはオリジナルの世界と映画の世界の参照関係を描くことにより、それらを背景に映画世界の説得力を強化することができるのである。

このことがディズニーテーマパーク(ましてや東京ディズニーリゾート)だけでなく、ディズニー全体の指針であることを示す別のストリームが、映画シリーズ「マーベル・シネマティック・ユニバース」だ。
複数の映画の内容がクロスオーバーし、共通の世界で同時多発的に展開されていくという趣旨のものであり、シーズン1から3では6つの「インフィニティ・ストーン」を巡る宇宙の危機が描かれた。
ディズニー・プラスで独占配信中のドラマ『ロキ』を境にシーズン4からは新たな焦点が据えられたのだが、それが「マルチバース」である。マルチバースは「多元宇宙論」と訳され、複数の宇宙が並行して存在しているという説を指す。
マーベル・スタジオの思惑は明らかだ。ドラマ『ロキ』のロキがそうであるように、「マルチバース」を主題に据えることで、過去のシリーズで死亡したキャラクターや権利関係でこれまで登場できなかったキャラクターが別世界から登場できるのである。ここでも、物語はキャラクターを効果的に登場させるためのお膳立てに過ぎないのである。

ディズニーは脱ディズニー化していくのか

このことをどのように評価するべきなのだろうか?
もちろん、ディズニーがこうしたスタンスを貫き続けるのは、それが求められているからだと考えるのが自然だ。または、多様化や自由を尊重するという社会的大義を優先し、それらとストーリーテリングは両立しないと考えたのかもしれない。「金儲けのためだ」と言ってもよいが、求められているものでないと儲からない。そう考えると、ディズニーは顧客第一主義のいい企業だということになる。

一方で、カリフォルニア州にディズニーランドを完成させたウォルト・ディズニーの精神を受け継いでいるだろうか……という問いに正面から向き合うことは難しいだろう。
それはわからない。エンターテインメントメディアの最前線を押し上げ続け、「ジャングル・クルーズ」や「イッツ・ア・スモールワールド」や「カリブの海賊」といった最高傑作たちを生み出した彼ならば、既存のコンテンツを再創作し続ける現在の状況を悲観的に捉えるかもしれない。無論、「ウォルトはこう考えた」を持ち出すとキリがないので、この議論はここで打ち止めにしよう。

それに対し、比較的真摯な姿勢を見せてきたのはピクサー社であると言えるかもしれない。
『トイ・ストーリー』や『カーズ』といった人気シリーズを築いたジョン・ラセターだったが、自身のセクシャルハラスメントや男性中心主義的な環境が問題視され、2019年に退陣した。同年に『トイ・ストーリー4』が公開されてからは、『モンスターズ・ユニバーシティ』の監督が『2分の1の魔法』を、『モンスターズ・インク』の監督が『ソウルフル・ワールド』を作成した。これらは従来のピクサー映画と明らかに異なり、ビターで引き際をよくわかった作品だ。その後は『あの夏のルカ』『私ときどきレッサーパンダ』『バズ・ライトイヤー』『マイ・エレメント』といずれも多様な人種・性別・背景を持つ新進気鋭の監督が登場しており、より根本的で地に足のついた問題提起を行った。これらはすべて新作(続編ではない作品)であり、映像の満足度も高い。
他方で、ボブ・チャペクを挟んでCEOにカムバックしたボブ・アイガーが7000人規模のリストラを行った際には、『バズ・ライトイヤー』監督のアンガス・マクレーンをはじめとしたピクサー社の75名が対象となったことも報じられた。これを少ないと見るか、ディズニーからの圧力と見るかは個々の判断によるだろう。

いずれにせよ、これまでディズニーが築き上げてきた「ストーリーテラー」としての地位は、新たに「コンテンツホルダー」へと変わろうとしているのは事実である。

ファンタジースプリングスとオリエンタルランドの良心

こうした経緯を踏まえ、2024年に開業する第8のテーマポート「ファンタジースプリングス」を見てみよう。
エリアは『ピーターパン』『塔の上のラプンツェル』『アナと雪の女王』という異なる3つのディズニー映画をテーマにした架空の世界がテーマ。東京ディズニーシーの入り口に「メディテレーニアンハーバー」=地中海や「アメリカンウォーターフロント」=大西洋があり、それに対して最新部には「ロストリバーデルタ」=三角州がある。更にその奥、入り口から最も遠い場所に「ファンタジースプリングス」=泉が発見された、というのは、偶然だろうが見事な配置である。

魔法の泉が導くディズニーファンタジーの世界

東京ディズニーシーには、これまで触れてこなかった「アラビアンコースト」や「マーメイドラグーン」といったエリアがある。それぞれ『アラジン』と『リトル・マーメイド』をテーマとしたエリアだ。
これらのエリアと「ファンタジースプリングス」には大きな違いがあり、それは以下の2点である。

第一に、前者は特定の時間および空間に位置付けられているのに対して、後者は完全にファンタジーの世界であるということだ。「アラビアンコースト」は『千夜一夜物語』の語られた13世紀イスラーム圏、「マーメイドラグーン」は映画『リトル・マーメイド』の世界そのものだが、アール・ヌーヴォー様式と1940年代から50年代のナイトクラブの雰囲気を組み合わせた大胆なアレンジが見られる。他方で、「ファンタジースプリングス」は映画から背景を直接引用しているものと思われ、3つの世界を繋ぎ合わせる「スプリングス」(泉)は現実の年代や時代背景を持たない完全なるファンタジー空間である。

第二に、前者は単一の映画(厳密には単一の映画シリーズ)をテーマにしているのに対して、後者は複数をテーマとする。
地理的に離れたエリアが一つのエリアに存在する、いわゆるサブエリアという概念は既に存在した。例えば、「アメリカンウォーターフロント」にはニューヨーク市とケープコッドという異なる空間が同時に存在するといえる。ただ、これらは二つの港町を合わせて一つのエリアで呼称していると解釈できる。
他方、先に述べた通り、ファンタジースプリングスでは「ファンタジースプリングス」そのものという支配的なメタ世界が、ディズニー映画の3つの世界を繋ぎ合わせている。この考え方を導入したことで、エリアは「ファンタジースプリングス」という独立した世界を持つことになり、ディズニー映画の世界はサブエリアというよりもむしろ、パビリオンとして捉え直されねばならない。各映画の世界がどうして「ファンタジースプリングス」を介して繋がっているのか、明確な説明はないようである。

以上の点から、「ファンタジースプリングス」は一周回って、「ファンタジー(御伽噺)」という概念テーマによって関連する施設を集めた、最も原始的なテーマエリアの構造をとっていると言えないだろうか?
そして、そうしたエリアは、ストーリーそのものをテーマに据えることで架空の港町を再現してきた東京ディズニーシーに相応しいのだろうか?

「いや〜流石にマズくないっすか」と思ったのか、株式会社オリエンタルランド代表取締役会長(兼)CEOの高野氏は、取材陣へのインタビューで「東京ディズニーシー・ファンタジースプリングスホテル」について以下のように語っている。

「何かを生み出すときに、ストーリーテリングから入るのがディズニーの手法。侯爵夫人が世界中を旅するなかで“魔法の泉”に巡り合った。そして別荘のような家を建て、いろいろな人を招待しているうちにホテルになった。“魔法の泉”にはいろいろな妖精が住んでいて、しあわせをもたらすという伝説がある」

ディズニーシー新テーマポート「ファンタジースプリングス」、工事現場を初公開。髙野CEO「2代目社長高橋政知氏のこだわり、言動を見てきた。妥協のない本物志向が原点」 - トラベル Watch

へ〜〜〜まあ一応ストーリーがあるんだ〜〜〜……と思うが、公式のリリースにはそのような記述が一切ない。エリア全体についても「最初にこの場所に惹かれて訪れた人物のストーリーから、この場所を取り上げた」と述べているが、どれくらいエリア内に反映されるのかは気になるところである。

ここがへんだよディズニーシー

これまで全5回を通して、東京ディズニーシーに存在する独自の考え方「テーマポート」を見てきた。

「テーマエリア」とは本来、一つのテーマに基づいて複数の施設をかき集めただけのもので、便宜上の名前に過ぎなかった。ところが、一部のエリアでは、施設同士が関連性を持ったり、複数の施設を束ねる横断した設定が登場したりすることで、エリア全体を以てストーリーが語られることもあった。

東京ディズニーシーの各々のエリアは「テーマポート」と呼ばれ、特定の時代や年代を再現した寄港地として扱われる。またそのことにより、エリア内の各施設をめぐるだけで、まるでその土地を旅しているかのような感覚を楽しむことができた。
また東京ディズニーシーのストーリーは、遊園地の遊具やレストラン、お土産店の利用客がサービスをより楽しむための「サービススケープ」(サービスの背景)としての役割を持っていた。ストーリーのためにサービスが独自に設計されることもあった。こうした点こそ、東京ディズニーシーが世界最高のディズニーテーマパークと称される所以なのではなかろうか。

しかし、現在の東京ディズニーシーからそうした特質は消えつつある。ストーリーよりもむしろ多様化した需要に応えることを重視したディズニーシーでは、テーマ性の切り崩しが起きている。そして、過去の映画やキャラクターに頼ることでストーリーテリングにゲストの耳目を集めているが、そこに最早テーマ性は見出せないのではないかと思われた。

「魔法の泉が導くディズニーファンタジーの世界」ファンタジースプリングスは、2024年6月6日にオープンする。このエリアがゲストにどのように受け入れられるのか見守ることで、ディズニーの行く末を見ることができるだろう。

……否、それだけではない。ディズニーパークは常に一歩先を歩んできた。
1955年に開園した世界初のディズニーランドは、今日のサービススケープが重要視される社会に先駆けて登場していた。いずれ我々の社会は、現在のディズニーパークのように、多様化した需要に応えるために変化を余儀なくされるだろう。
「ファンタジースプリングス」は、東京ディズニーシーから“THE BEST”の名を引き剥がす刺客となるのだろうか? それとも、来る社会の更に先を占う最新型のテーマエリアになり得るだろうか?
「ファンタジースプリングス」が地表を穿つ間欠泉となるか、あるいは人々を潤す恵みの泉となるか、我々は見極めねばならない。

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