忘れ去られた第四の勢力【博物館とディズニーランド①】
「これではディズニーランドに負けてしまう」
大学や博物館、史跡といった施設を愛する方々が恨み節のように述べる言葉である。
彼らの要旨はこうだ。
人々は教育施設である博物館に行かず、娯楽施設であるディズニーランドを選んでしまう
挙げ句、博物館はエンターテイメントに逃げ、教育機関としての意義を見失っている
優秀な学生は、幼い頃にディズニーランドよりも博物館が好きだった。人はディズニーランドよりも、博物館に行くべきだ
この話、実にややこしい論理関係になっている。
なぜなら、この議論には大きく分けて三派閥あるからだ。
博物館が好きな人
ディズニーパークが好きな人
どちらにも興味がない人(多数派)
これはいわゆる政治の右派と左派のようなもので、おそらく95%を占める多数派をめぐって、博物館派とディズニーランド派が不動票を取り合っている状況。
そして、そのほとんどがディズニーランドに取られているという現状がある。
さて、こうした趨勢においてほとんど無視されている〈第四の勢力〉。それが「博物館もディズニーパークも好きな人」である。
彼らは、ディズニーテーマパークと博物館はむしろ手を取り合って進んでいくべきだと主張しているが、その主張は見逃され続けている。
この記事では、人文学とビジネスの対立について考察する中で、「博物館とディズニーランド」その関係に目を向け、「アカデミックに楽しむディズニー」の魅力を提案したい。
ディズニーランドの謎
「ディズニーキャラクターの存在しないディズニーランド」を、あなたは想像できるだろうか?
そんなのありえない、と、多くの人が思ってしまうのではないだろうか。
しかし、よく考えてみると、ディズニーキャラクターの登場しないアトラクションがディズニーランドにはたくさんある。
ディズニーランドの名物アトラクション「三大マウンテン」とは、「スペースマウンテン」、「ビッグサンダー・マウンテン」、「スプラッシュマウンテン」。どれも原作映画のないオリジナルのアトラクションだ。
厳密には「スプラッシュ・マウンテン」には『南部の唄』という原作があるが、これはディスク化・ビデオテープ化されておらず、配信もされていない。つまり、事実上社会に存在していない作品である。
「ジャングルクルーズ」「カリブの海賊」「ホーンテッドマンション」はいずれも、ディズニー映画を原作としていない。むしろ、アトラクションのオープン後にアトラクションを原作に映画が作られている。
乱暴に結論づければ、ディズニーランドのアイコニックなアトラクションには、ディズニーキャラクターが登場しないという特徴があるのだ。
いまの我々に馴染みがあるディズニー映画を原作とするアトラクションの約半数は、21世紀になって登場したものである。また、「魅惑のチキルーム」「イッツ・ア・スモールワールド」は、もともとディズニーキャラクターの存在しなかったアトラクションに後からキャラクターを加えるリニューアルを行なったものだ。
東京ディズニーシーの場合これがさらに顕著で、「マーメイドラグーン」「アラビアンコースト」の2エリアを除くすべてのエリアにおいて、ディズニーキャラクターのアトラクションが作られたのは2011年以降である。
1955年に世界で初めて開園したディズニーランドの23のアトラクションのうち、ディズニー映画をテーマにしたものは5つ、ディズニーアニメーションに限ると4つしかない。東京ディズニーランドにも移設されたのはそのうち3つだけだ。
「ディズニーキャラクターのいないディズニーランド」に何もおかしなことはない。むしろ、ディズニーランドが「ディズニーキャラクターのテーマパーク」としてのアイデンティティを持っている今こそ、特殊な時代なのだとさえ言える。
では、「ディズニーキャラクターのいないディズニーランド」は、いったい何を目的として作られた場所なのだろうか?
原作は、この国だ
ディズニーランドの多くのアトラクションはいずれも、ディズニー映画を原作としていない。それなら何を原作にしているのかというと、アメリカの特定の時代や地域を原作にしている。
「ディズニーランド鉄道」(日本の「ウエスタンリバー鉄道」)や「蒸気船マークトウェイン号」は、アメリカ大陸を大移動した19世紀末のアメリカ人にとって重要な乗り物であった。「ビッグサンダー・マウンテン」はカリフォルニア州で巻き起こったゴールドラッシュの後日譚であり、「カリブの海賊」はカリブ海の歴史を伝えるものだ。
では、なぜディズニーランドはこうしたアメリカの歴史を原作としているのだろうか?
パーク開園に際し、ディズニーランドの創設者であるウォルト・ディズニーはこうスピーチした。
ここでいう過去とはアメリカの過去、未来とはアメリカの未来を指していることは言うまでもないだろう。
つまり、ディズニーランドの本来の目的は、大人は子供時代に戻ることができ、子供がアメリカの未来に期待を持つことができるようにすることなのだ。
その帰結としてディズニーランドが生まれているのだ。
この目的を、更に二つに分割して考えよう。「アメリカという国」と「テーマパーク」である。
「ホーンテッドマンション」はお化け屋敷なのか?
ここで具体例の一つとして、東京ディズニーランドのアトラクション「ホーンテッドマンション」を挙げたい。
このアトラクションは、典型的な「ディズニーキャラクターが登場しないディズニーランドのアトラクション」だと思う。
アトラクションは御伽話の国「ファンタジーランド」に位置し、基本的にはファンタジーの世界ということになっている。
しかし、このアトラクションの背景には明確にアメリカの歴史が存在している。このアトラクションは実は、東京ディズニーランドにも存在する別のアトラクションとつながりがあるのだ。そのアトラクションが「カリブの海賊」。両者の共通点は一体なんだろうか?
実はこれらは、カリフォルニア州のディズニーランドでは同じエリアに属しているのだ。
ウォルトの晩年にあたる1966年、新たに「ニューオーリンズ・スクエア」というエリアがオープンした。ここのメインアトラクションとして用意されたのが「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」だったのだ(但し、エリアオープン時にはアトラクションは未オープン)。
アメリカの実在の都市・ニューオーリンズは、かつてフランス領だった時代の美しい建造物で有名。また、ニューオーリンズ・ジャズというジャンルがあるように、ジャズ発祥の地の一つと言われている。
この地域はメキシコ湾に面しており、ユカタン半島を隔ててカリブ海と繋がっている。アトラクション「カリブの海賊」の出発地はジャン・ラフィットというニューオーリンズで名を馳せた海賊の船着場ということになっている。
また、ニューオーリンズには墓地や幽霊屋敷が多数存在する。だからアトラクション「ホーンテッドマンション」が設置されたのである。
このように、今日では単なる「テーマパークのおなじみアトラクション」となっているアトラクションも、実はアメリカの歴史と直結している。
ここでは、ニューオーリンズという都市が持つ具体的な性格として「フランス領時代の街並み」「ジャズ」、そして「海賊」と「幽霊屋敷」を抽出し、これらに鮮烈な印象を持たせている。さらに、「カリブの海賊」と「ホーンテッドマンション」を通して「死者を蘇らせる」という共通したテーマを持たせ、ニューオーリンズという都市の解釈に一定の切り口を提供しているのだ。
東京ディズニーシーの裏テーマ
1983年に日本に東京ディズニーランドが開園。これは、フロリダ州の「マジックキングダム」をほとんどコピーしたもの。しかし、その後の2001年に開園した日本国内第二のディズニーパークである東京ディズニーシーは、世界でも日本にしか存在しない独自のものである。
東京ディズニーランドのエントランスには「ワールドバザール」がある。これのモデルはアメリカのディズニーランドにある「メインストリートUSA」で、ウォルトが生まれ育ったマーセリンの街をモチーフにしている。
すべてのゲストはマーセリンの街を通らなければパーク内の各アトラクションにアクセスできなくなっている。
東京ディズニーシーの場合、入り口には「ディズニーシー・アクアスフィア」という巨大な地球儀がある。つまり、このパークは水の惑星地球を称えたグローバルな価値観のパークなのである。
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