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田丸久深
2024年6月19日 23:42
「――ねえ、ナル美、またやってるよ」「鳴海さん? あ、本当だ」 手鏡を覗きこむわたしの耳に、クラスの女子たちの潜めた声が届いた。「あの子、時間さえあればああやって鏡ばっかり見てるよね」「メイク直すにしたって、休み時間ごとにああじゃない? 私、鳴海さんがほかの子と話してるの見たことないよ」「あたしらのことなんて興味ないんじゃない? 自分の顔見てるのが楽しいんだろうし、ほんとナルシ
2024年5月3日 23:04
雨の日が来るたびに、人魚はじっと、空を見上げていた。「……人魚、腹減らないか?」 そう呼びかけるタケルたち人間と同じ、二本の長い脚を持て余すように抱えている。豊かな黒髪は生足を覆うほどに長く、丸く大きな瞳の色は、空を覆う雨雲と同じ灰色をしていた。 古くて狭くて汚いこのアパートの自慢は、家賃が安いことと、海が目と鼻の先にある景色の良さだった。「聞いてるか? 朝飯食べてないだろ?」
2023年4月17日 01:41
「今日お店に立っているのは、マリーのほう? エリーのほう?」「姉のマリーです。いらっしゃいませ」 名乗りながら、私ははじめて店を訪れたお客様に優雅に微笑んだ。「娘に頼まれていた服を取りにきたの。エリーさんに話せばわかると言われたのだけど」「シエラさんからのご依頼はエリーから聞いています。こちらですね」 大好きな彼とのデートのために作った、とっておきのスカート。カウンターの中に取り置きして
2023年3月21日 22:06
最初のピースはカラスがくわえていた。 公園で羽を休めていたカラスは、わたしの視線に気付くと咥えていたピースをぽとりと地面に落とした。 かあとひと声鳴き、空に羽ばたいていく翼は夜闇のように真っ黒だ。見る間に小さくなっていく姿を眺めながら、わたしはコンクリートに転がるピースを拾い上げる。それが寄り集まってパズルになるとわかっていても、手持ちのピースが少なすぎて他とあわせることができなかった。
2023年3月1日 21:41
ひらけ、ごま。 慶(けい)が唇を開くよりも早く、窓の外で風が鳴いた。 礒の香りを孕んだ潮風が窓ガラスを白く染めている。暦の上では春も近いのだが、北の街では雪がまだ多く残っていた。凍てつく海原の上、鰊のかかった網を引く漁師の手はさぞ冷たかろうと思う。 海沿いの集落は鰊漁に精を出し、市街地では商いの店が盛んに金をまわしている。小樽の風は慶の言葉をかすめ取るかのように空へと消えていった。「どう