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【あなたが知らない科学の真実】これを読んだらあなたは科学を語れなくなる

オススメ度(最大☆5つ)
☆☆☆☆☆

〜再現性の危機〜

心理学や行動認知学、はたまた健康にちなんだ栄養疫学や家庭医学など、身近で分かりやすく手軽に生活の中に取り入れやすいポピュラーサイエンス系の書籍はある種のブームとなっている。
ポピュラーとはいえ、それでも科学であるため、誰もがある程度の信頼ができる情報であると考えている。

しかしながら、本書はそんな通俗科学の世界にとっては衝撃的な内容となっている。
著名な科学実験やベストセラーの間違いを紹介して、科学の世界には数多くの不正・怠慢・バイアス・誇張が生じていると指摘。科学の世界にとっては致命的ともいえる、その信頼性を揺るがす危機に陥っていると述べているのである。

これらの科学の世界における数多くの間違いは、決して遠い世界の話ではない。下手をすれば、僕らの生活にも直結する話である。
衝撃的なのが、まず紹介されるのが、あの行動経済学・心理学の権威でもあるダニエル・カーネマンのベストセラー『ファスト&スロー』の中で紹介される『プライミング効果』についてであることだ。
プライミング効果とは、経験したことや見たり聞いたりした情報が、認知や行動に影響を及ぼす効果のことである。そして、「ファスト&スロー」ではこのプライミング効果を提唱するための実験が行われたのだが、実はこの実験を他の科学者が再現出来ていない、というのである。再現出来ないことについては、カーネマン自身もその実験の落ち度をある程度認めてはいるが、「ファスト&スロー」出版時には「認めない、という選択肢は無い」と言い切るほど自信を持っていたという。
そして、もうひとつ挙げられたのが、映画化もされて有名な「スタンフォード監獄実験」である。「看守」と「囚人」という役割を与えられると、人はその役割の通りに行動して、時に普段の本人からは考えられない行動をとってしまうことがある、というものだが、こちらも少々お粗末な実験だったようで、再現が誰も出来ていない。
(本書では言及は無いが、再現出来ない実験・研究としてもうひとつ有名なのが「マシュマロ・テスト」である。子どもに「目の前のマシュマロ1個を我慢出来れば、後で2つあげるよ」と言って我慢できた子どもは、将来能力の高い大人になる確率が高い、というもの。こちらの実験も、再現が出来ない実験として有名である)

科学においては、ある一つの実験や研究で導き出された結果が、他の科学者の手によって再現すること、要するに同じ実験を行って同じ結果が出ることで、その結論の正確性や信頼性を確認するという面がある。
しかし、この再現が出来ない実験は、科学の世界では僕らが思っている以上にあるようだ。
心理学の世界においては、権威ある学術誌の中から再現実験を行ったところ、およそ半分の実験が心理学の世界から姿を消したそうである。

このような事態を著者は「再現性の危機」と繰り返し述べている。
では、なぜこのような「再現性の危機」が起こってしまったのか。


〜不正を生み出す科学界のシステム〜

科学の世界には主に以下のような問題があると著者は述べている。
・科学者がデータを捏造する
・都合の悪い結果を公表しない
・統計的数値を誤魔化す
・間違いの確認を怠る
・結果を誇張する

日本における科学スキャンダルでは、小保方晴子氏の「STAP細胞」が有名である。簡単な操作で万能細胞が作り出せるという画期的な研究は世間を賑わせたが、論文中に様々な不正が発覚したというこの事件。論文中の写真が実際のものとは違うものを貼られていたことがいくつも散見されたという(この件については、手順が容易だった分「再現しやすかった」ため不正が発覚した、というのが皮肉だ)。

また、僕が以前読んだ「睡眠こそ最強の解決策である」や「マインドセット やれば出来るの研究」(未読だが、現在僕の積読の中にある一冊である」などの有名なベストセラーについても、「明らかにサンプル数が少ない」「数字に誤りがある」ことなどが判明しており、再現性も低い。その妥当性は疑問符が付く。

科学者たちによる論文の誤りや誤魔化しは、あらゆるところで引用されている有名なもののなかにも潜んでいるのである。

しかし、このような問題はなぜ起こるのか?
著者は、その原因が科学の世界のシステムにあるという。

端的に言えば、科学者は目立つ結果を出せばカネになるのである。
論文が著名な学術誌に掲載されれば、その科学者の知名度や地位は上がる。地位が上がれば、その後の資金は集まりやすいし、書籍を出版すれば売れる。そのために科学者たちは社会に爆発的な影響を与えるような研究結果を求めるようになる。
しかし、社会を変えるような発見などそうそうあるものでは無い。そこで、科学者たちは、故意なものあれば無意識なものも含めて、上記のような不正や誤魔化しをする。
もちろん、悪意のある科学者ばかりではない。不正を行った科学者が全て悪意で不正を行っているわけではない。科学者たちは基本的にはほとんどが純粋に「真実の探究」のために研究を日々行っている。しかし、その研究にもカネがいる。助成金や資金提供を受けるためには自分の科学者としての地位や知名度を上げなければならない。
そのインセンティブが逆方向に働き、科学の世界に不正が蔓延るようになってしまったのだ。


〜科学者ではない僕たちはどうすべきか〜

著者によると、この科学界の問題は一般の人が考えている以上に深刻なようだ。科学の信頼性を損いかねない事態に近づいているそうだ。

著者は科学をこき下ろしたいわけではない。本書の主張が、根拠のない陰謀論などに利用される懸念もあるが、それは著者の望むところではない。むしろ、科学こそ真実を求めるための究極の方法であると信じており、科学を守るために本書を書いたのである。

著者は、科学界の問題点を解決するために、科学のオープン化、実験方針の事前登録など、様々な策を提案している。

しかし、実際に科学の恩恵を受けるのは科学者だけではなく、全人類だ。
そんな僕らが、科学の情報に対してどのように振る舞うべきなのか、そこを真摯に考えなくてはいけないのではないだろうか。
奇抜なタイトルの科学の本が売れる、という事態がこの科学界の歪みを生み出していると言っても過言ではない。売れてるから正しい、というわけではない。目新しい情報をすぐにSNSなどで流布してしまうことも、科学者たちに逆インセンティブを与える大きな要因となっていると考えられる。

本書から学んだことから、僕なりに「科学者では無い僕らが科学を信頼するためにすべきこと」を考えてみる。

まず、「科学は退屈なもの」だということを認識することだ。
科学は積み重ねである。科学の進展は連続的なものであり、突発的な発見などほとんどない。あまりにも奇抜な発見だったり、これまでの価値観と違う発見を目にしたときは、すぐにそれを鵜呑みにしないことだ。疑う、までしなくとも、一旦保留にしておくぐらいの気持ちでいるべきだろう。

次に、その実験・研究の結果は自分のためになるのか?という視点で判断すること。
自分の生活においてそれを実践することに意義があるか?本当に役に立つのか?という視点で考えれば、安易な科学に深入りすることはある程度避けられるだろう。

最後に、ポピュラーサイエンス系の本やネットで知った科学知識を周りやSNSで得意げに話したりしないことだ。
自分自身の名誉のためはもちろんだが、そのように正確さに欠けるような説が広まり、社会に影響を与えて取り返しのつかない事態にしてしまう一端を自分自身か担うようなことにならないようにしたいものだ。


科学というものが社会にとってどういうものであり、また、どうあるべきなのか。そして、その恩恵を受ける僕らはどのように振る舞えばよいのか。
科学の見方や考え方が大きく変わる一冊であった。

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