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【超短編小説】高嶺の花子さん

 僕の前方斜め向かいの席に、めちゃくちゃ可愛い女の子がいる。名前は『高嶺(たかね) 華子(はなこ)』
 古くさい名前だが逆にそれが良い。昨今の妙に奇をてらった名前が流行っているなか、時代を逆行する古風な名前――『華子』
 いいじゃないか! 彼女は完璧すぎるから、そのくらいの欠点があった方がいい。

 彼女の目はクリクリと大きくて、ふっくらと柔らかそうなサクラ色の唇、この歳特有のニキビもない透き通るような白い肌……。腰まで伸ばした染められていない黒い髪は、すれ違う度良い匂いがするのだ! それがシャンプーの匂いか、はたまた彼女自身の匂いなのかは分からない。
 だが、香水でない事だけは分かる。彼女は真面目だから、校則に逆らうような事はしないのだ。僕は一日中――いや、永遠にでもその匂いを嗅ぎ続けていたいと願う。

 容姿端麗で、頭も良くて、運動もできて、性格も明るくて、誰にでも気さくに話しかけられて……。こんな僕にも挨拶してくれて……。
 何でも要領よくこなして、先生からの評判もいい。その小さく華奢な身体は、ギュッと抱きしめたら砕けてしまいそうなくらい細くて、その割に胸だけは大きくて。スカートから覗く太ももは、椅子に座ると程よい曲線を描き、正にかぶりつきたいくらいだ。もし体育の授業が男女合同のものだったら、僕はたまらなかったろう。特に、水泳のある夏なんか考えただけでも――。
 
 ああ、ダメだ! こんな事を考えると、ムラムラと独占欲が湧いてくるんだ!
 誰かのものになってほしくない! 彼女は穢れないまま、無垢な身体のまま、可愛いままでいてほしい!
 僕は毎晩のように考える。もし彼女に恋人ができたらどうしよう……と。そして神様に祈るんだ。『彼女をずっと可愛いままで! 穢れないままでいさせてください!』って。――もっとも、神様なんか信じてないんだけど。

 彼女を嫌う人間はいない。男ならなおさらだ。現に何人かの男が彼女に好意を寄せている。同級生だけじゃなく、先輩にも数人『狙ってる』というヤツがいる。
 冗談じゃない! お前らの邪(よこしま)な感情に彼女を汚されてたまるか!
 ああ、頼む! 誰か彼女をこのまま無垢なままでいさせてくれ! 魔法使いでも、この際悪魔でもいい! 魔法でも呪いでも、なんでもいいからかけてくれ! 彼女に!


 翌朝、教室に入ると僕はすぐに彼女の席に目をやった。彼女は何やら指をいじっていた。自分の席に向かう傍(かたわ)ら、周りに気付かれないようそれとなく彼女に視線を向ける。
 そこらのアイドルよりずっと可愛くて、胸の大きい、今世紀最高に魅力的な『高嶺 華子』は左手の人差し指にできたささくれを必死にとろうとしていた。目が合うといつも挨拶してくれる彼女は、すぐ目の前を歩く僕には目もくれず、自分のささくれに夢中だった。

 さようなら、僕の高嶺の花子さん。
 僕の感情は、もはや君に向くことはない。


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