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いかに国家は軍隊をコントロールすべきなのか?『軍人と国家』の書評

それぞれの国における軍隊の形態は国際情勢だけでなく、国内情勢、特に国家の形態によって影響を受けます。制度面から国家と軍隊の関係を分析する研究領域は政治学でも特に政軍関係論と呼ばれていますが、その分野の先駆者としてアメリカの政治学者ミュエル・ハンチントン(1927~2008)がいます。

ハンチントンの著作『軍人と国家(The Soldier and the State)』(1957)は今でも古典的な価値を持つ業績として位置づけられていますが、特に注目されてきたのはシビリアン・コントロールの方法に関する議論です。彼は国家が軍隊をコントロールする際に、その軍事的機能を可能な限り損なわせないことを重要視し、軍事的プロフェッショナリズムの意義を強調しました。

文献情報
Huntington, Samuel P. 1957. The Soldier and the State: The Theory and Politics of Civil-Military Relations, Cambridge: Harvard University Press.(邦訳『軍人と国家』市川良一訳、原書房、2008年)

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目次
1.専門的職業としての将校制
2.西欧社会における軍事専門職の発生
3.軍人精神、職業軍人倫理の保守的現実主義
4.権力・プロフェッショナリズム・イデオロギー、政軍関係の理論
5.ドイツと日本における政軍関係の実態
6.イデオロギーの不変性、自由社会に対する軍事的プロフェッショナリズム
7.制度上の不変的要素、保守的憲法と文民統制
8.南北戦争前におけるアメリカ軍の伝統の基盤
9.アメリカにおける軍事専門職の創成
10.新ハミルトン主義的妥協の失敗、1890-1920
11.戦間期における政軍関係の不変性
12.第二次世界大戦、権力の錬金術
13.第二次世界大戦後の十年間における政軍関係
14.統合参謀本部の政治的役割
15.権力分立と冷戦期の国防
16.国防総省における政軍関係の構造
17.新しい均衡へ向かって

あらゆる軍隊は妥協の産物として形成される

ハンチントンの理論によれば、あらゆる軍隊は国家の防衛に必要な軍事的機能だけでなく、国内の社会的規範を満足させるような形態で組織されます。

「いかなる社会の軍事制度も、二つの力によって形成される。ひとつは、その社会の安全保障に対する脅威に基づく機能上の要件であり、他のひとつは、その社会の内部において支配的な社会的勢力、イデオロギー、および制度から生まれる社会的要件である」(上巻5頁)

ここで問題となるのは、社会的規範に沿った軍事制度が軍事的に非効率になってしまうものの、軍事的な機能にのみ特化した軍隊では社会の内部で存続できなくなるということです。これら二つの要求を満たすことができるかどうかは、その国の重要な政策課題です。

国内政治の次元で考えれば、軍隊に対するコントロールを確立することは、政治的闘争で大きな優位になります。そのため、それぞれの党派、階級、勢力は自らの利害に応じて軍隊の形態を操作し、それを指揮できるようにするでしょう。

ハンチントンは、シビリアン・コントロールという概念も、歴史的にはイギリスにおいて議会と国王が対立したピューリタン革命の際に、国王の統帥権を議会が制限しようとする中で生まれた考え方だと指摘しています。

「18世紀および19世紀には、ヨーロッパの貴族とブルジョアジーは、軍隊のコントロールをめぐって闘った。いずれの階級も、シビリアンコントロールを自分達の利益と同一化しようと努めた。しかしながら、貴族制が一般に軍隊を支配していたので、自由主義的なブルジョアグループは、このシビリアン・コントロールというスローガンを軍部のコントロールと同一視した。軍隊という組織は、社会のすべての分野に滲透していたところの、二つの階級間の闘争に対してひとつの戦いの基盤を備えていただけにすぎない。すなわち、問題は、貴族の利益と自由主義者の利益のどちらが軍隊を支配するかということにすぎなかった」

その時代に支配的になるイデオロギーの内容によって望ましい軍隊の形態は千差万別なのですが、ほとんどのイデオロギー的な言説は軍隊の機能を損ない、作戦行動において発揮できる戦闘効率を低下させる恐れがあるとハンチントンは考えます。

したがって、国内政治における権力闘争から軍隊を切り離しておくことが国家安全保障のためには必要です。人事、計画、予算、戦略などを専門的観点から決定できるようにするため、軍事専門職、プロフェッション(profession)として軍人を位置づけることをハンチントンは提案しています。

軍事的プロフェッショナリズムを育む意義

19世紀にヨーロッパでは大学教育を前提にした専門職として、弁護士、会計士、税理士、医師、技術士などが生まれました。これらの職業に就くためには国家資格が必要であり、彼らが提供されるサービスには国が一定の管理を加えています。このような管理を加える背景には、それらの職業が公共的利益にとって重要であるという国の認識があります。

また専門職の側でも専門教育、職能団体、そして専門家としての職業倫理などを通じて独特な社会集団が形成されています。ハンチントンは、このような社会集団で共有される独自の技能と規範を重んじる規範がプロフェッショナリズムであり、これを軍事的領域においても確保することが軍事制度の基本的な目標になると論じました。

ハンチントンの理論で、軍事的プロフェッショナリズムを担うのは将校団です。彼らは個人の経験や勘に頼って職務を遂行するのではなく、専門的な軍事教育を通じて共通の知識を持ち、また独自の職能団体として結束します。将校団は国家安全保障に責任を持っており、与えられた権限の範囲で職務を遂行することに専念します。

これらはあくまでも理念としての軍事的プロフェッショナリズムですが、ハンチントンはこのような考え方を普及させ、定着させることによって、軍人を政治的活動に関与させず、軍事専門家として最大限の能力を発揮させることができると考えました。

ハンチントンの見解によれば、シビリアン・コントロールを最大化させようとする場合であっても、政治家は軍隊の機能を低下させるような政治的な干渉にならないように注意を払う必要があります。軍事的プロフェッショナリズムを擁護することを、軍隊の人事、教育、管理、予算、戦略、あらゆる領域で一貫して主張されています。

まとめ

最近の研究動向を調べると、ハンチントンの理論は必ずしも多くの研究者から支持されなくなっていることが分かります。ハンチントンの軍事的プロフェッショナリズムの考え方は軍事的領域と政治的領域を明確に区分できることを前提としていたので、非正規戦争やテロリズムの脅威を想定しなければならない現代の安全保障環境では解釈が難しくなります。

軍隊の内部においては軍事的プロフェッショナリズムは根強く支持されている概念ですが、それは職業上の理念としてであって、学術上の概念としてではありません。今後、再び国家間の戦争の問題が重要視されるのであれば、伝統的な軍事的プロフェッショナリズムは有効な基準になるかもしれませんが、その場合でも国家安全保障に必要な軍事的機能が具体的に何かを見直すことは必要となるでしょう。

見出し画像:U.S. DoD Photo, Graduation Ceremony

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