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なぜ1914年に世界大戦が起きたのか?『第一次世界大戦の起源』の文献紹介

第一次世界大戦(1914~1918)は20世紀初頭における世界の列強を巻き込んだ大規模な戦争でした。この戦争の原因をめぐっては、ドイツの責任が大であると主張する声が根強かったのですが、調査研究が進むにつれてドイツの事情だけでなく、関係諸国の国内情勢と国際情勢を総合的に考慮しなければならないことが明らかにされています。

第一次世界大戦の研究で、このような視点を確立したのはイギリスの歴史学者ジェームズ・ジョルの貢献であり、彼の『第一次世界大戦の起源(The Origins of the First World War)』(1984)は第一次世界大戦が勃発するまでの経緯を政治的、外交的、社会的、軍事的事象を複数の国の視点を組み合わせながら記述した古典的な研究でした。その成果によれば、特定の国の体制や政策だけで第一次世界大戦の原因を説明することには問題があるとされています。

Joll, J. B. 2007(1984). The Origins of the First World War, 3rd edition, Routledge.(邦訳『第一次世界大戦の起原』池田清訳、みすず書房、改訂新版、2017年

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1 序論
2 1914年の7月危機
3 同盟体制と旧外交
4 軍国主義・軍備・戦略
5 内政の圧力
6 国際経済
7 帝国主義の対立
8 1914年のムード
9 むすび

一般的な教科書や解説書などでは、第一次世界大戦の発端を1914年6月28日のサラエボ事件と説明しています。この事件でオーストリア皇太子夫妻をセルビア人の秘密結社によって暗殺されたオーストリアは、セルビア政府の責任を追及し、過酷な条件で最後通牒を突き付けてきました。

当時のドイツはオーストリアを支持し、またロシアはセルビアを支持していたので、オーストリアとセルビアとの局地紛争は、たちまち大国間の利害が絡む地域戦争に拡大しました。事態はそれにとどまらず、1914年8月にはドイツはロシアと同盟を結んでいたフランスだけでなく、イギリスをも相手に回して不利な二正面での作戦を遂行することを余儀なくされました。

この戦争が途方もない犠牲を出しながら、長期にわたって続いたことはよく知られています。戦争の間にトルコの参戦、イタリアの参戦、ロシアの離脱、日本のシベリア出兵、アメリカの参戦など多くの出来事がありましたが、1918年にようやく終戦を迎えました。その後、この戦争の責任が誰にあったのかという問いが残されましたが、まだ史料も公開も不十分であったため、第二次世界大戦が終わるまで決定的な研究成果は出てきませんでした。

そのため、1961年にドイツの歴史学者フィッシャー(Fritz Fischer)が、膨大な史料を駆使し、著作『世界強国への道(Griff nach der Weltmacht)』を発表したことには画期的な意味がありました。この著作は、ドイツの国内政治に影響力を有していたエリート集団が自らの利益を増進するために侵略的な政策を作り上げ、意図的に第一次世界大戦を勃発させたと結論付けており、大きな論争を巻き起こしています。フィッシャーの説には大きな影響力があったのですが、ジョルは『第一次世界大戦の起源』の中で、それほど単純なモデルで片づけることはできないことを主張しており、私もこの見解は今でも妥当であると思っています。

ジョルが戦争の原因を説明するために提示した議論では、多種多様な要因が取り込まれており、特定国だけが計画的な侵略国であると判断することはできないと考えられています。フィッシャーの議論を支える重要な根拠の一つとされる1914年9月9日の「ベートマン・ホルウェークの9月綱領」に関して、ジョルは確かにドイツの戦争目的がドイツの大国化にあり、中央アフリカに植民地を建設することが目指されているものの、これが開戦後に作成された綱領であり、開戦の理由を後付けした可能性が否定できないと批判しています。ジョルは、ドイツの政治的指導者層が明確な計画を持ちえないまま開戦を決断していた可能性があることを、多角的なアプローチで指摘しています。

ジョルはドイツだけでなく、第一次世界大戦の勃発に関与したヨーロッパ各国の政治的指導者の意図や行動を詳細に追跡していますが、彼の調査の範囲は政界に限定されていません。社会的、経済的活動の特徴に関する調査では、ドイツだけでなく、各国で熱狂的なナショナリズムが発生していたことが解明されています。このことを明らかにしている第8章は第一次世界大戦の原因を考える上で、エリートの動向だけではなく、大衆の動向も考慮に入れる必要があることを示唆しており、政治学者にとって重要な知見を含んでいます。

最近、政治学の領域では、戦争の勃発を説明するモデルを見直す動きとして、個別の政策決定者の認知構造や意思決定、政策決定過程における集団思考、コミュニケーションの失敗といった心理的な影響を考慮に入れる研究が出てきているところであり、合理的な行為主体を想定しない方向で政治的意思決定が下されることを想定する必要があることが認識されつつあります。戦争という重大な政策決定の場面にあっても、関係者が必ずしも合理的な行動を選択することができるとは限りません(例えば、以下のリンクを参照)。

このような最新の研究成果を踏まえれば、1980年代に出版された著作であっても、そこから新しい洞察を引き出すこともできるのではないかと思います。クラウゼヴィッツが述べたように、戦争は当事者の間違いや勘違い、さらには偶然の出来事が重大な影響を及ぼす社会現象であることを念頭に置いて研究しなければならないでしょう。

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