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あらゆる宗教を産業と見なし、経済理論で分析した『信仰の行為』の紹介

社会学には、あらゆる宗教を産業と見なし、経済理論で分析する領域があります。社会学者のロドニー・スタークとロジャー・フィンクの共著『信仰の行為:宗教の人間的な側面を説明する(Act of Faith: Explaining the Human Side of Religion)』(2000)はこの領域を代表する成果の一つであり、人生の意味、死後の世界、苦しみの原因を説明する機能や、平和、幸福、救済などの報酬を期待させる機能を備えた商品として信仰を分析します。

Stark, R., & Finke, R. (2000). Acts of Faith: Explaining the Human Side of Religion. University of California Press.

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著者らは、過去に一部の社会科学の研究者が宗教を非合理的な信念であるという反宗教的バイアスに囚われていたことを問題点として指摘しています。近代化が進み、科学的な世界観が普及するにつれて、社会は次第に脱宗教的な形態に移行するという20世紀前半の宗教衰退、世俗化の予測は間違ったものでした。21世紀の現在でも、先進国において宗教は依然として根強い支持を受けており、衰退するどころか、むしろ形態を変えながら勢力を拡大する動きさえ見られます。

著者らは、人間の感情的、精神的、文化的な欲求を満たすための産業として宗教を捉えることを提案しています。この産業で主な消費者となるのは高学歴者であり、特に自然科学の分野で大学教育を受けた人々はそうでない人々よりも信仰の保有率が高いと著者らは指摘しています。宗教家はこの顧客を自らの宗教団体の信徒とするために、さまざまな競争戦略を採用しています。国家が市場に規制や強制を加え、特定宗教が独占市場を形成する場合があることも著者らは考慮しているのですが、以下では複数の宗教が市場で競合状態にあることを想定してみましょう。

信仰の自由が保障されている国家では、宗教市場で激しい競争に晒されることは珍しいことではありません。宗教市場に新規参入するために必要な資本はほとんど大きくありません。したがって、宗教家は常に信徒を奪い合う状況に置かれています。宗教家が自らの事業を存続させるには、信徒が必要であるため、まず既存の信徒を他の宗教に奪われない工夫が必要です。この際に、宗教家はさまざまな戦略的判断を求められます。

例えば、宗教の教義、世界観、戒律などの問題があります。これらをどれほど厳格に信徒に守らせるべきかは重要な問題であると著者らは指摘しています。信徒がある宗教で正しいとされる行動様式を受け入れ、それを遵守することは、救済や幸福といった非金銭的、精神的な報酬を手にするための投資です。宗教的な満足や幸福が見込めるからこそ、信徒は余暇、金銭、社交、趣味で得られる潜在的な利益を見送ってでも、信仰に励むのです。もし宗教家が教義をより厳格に守るように求めれば、信徒は信仰の維持により多くの負担を強いられることになるので、信仰を維持することで見込める利益が小さくなります。このことは信徒が他の宗教に改宗してしまうリスクを高めるでしょう。

しかし、より厳格な教義を採用することは、他の宗教との差別化にも繋がり、宗教市場における競争優位に寄与する可能性があることも同時に考慮しなければなりません。つまり、どのような内容を教義に追加するかにもよりますが、一部の信徒を強く惹きつけるような教義を構築できれば、既存の信徒を他の宗教に奪われるリスクは長期的観点で低下し、事業の長期的な存続が容易になります。これは平均的な信徒を疎外してでも教義を厳格にする戦略で見込める利点でしょう。著者らは宗教的な教義の厳格さを高めることは、宗教団体が長期的に存続し、発展する確率を高める効果があると論じています。このように、著者らは宗教家がどのような教義を採用しているかを分析すれば、市場環境における競争戦略を評価することに役立つことを示しています。

著者らは信徒が他の宗教へ改宗する事態を防ぐために、定期的な礼拝や集会への参加率を高めることも戦略的に重要であると論じています。このような場面で信徒は単に交流を重ね、社会的ネットワークを強化するだけでなく、その宗教が提供している商品、つまり信仰が「実際に効く」ことを裏付ける証言を共有することができます。これは信仰に投資することで将来的に期待される利益、幸福、救済を信徒により強く確信させることに繋がります。ただし、宗教的な救済や利益を確信させるだけでは十分ではありません。信徒の中では最小限の負担で得ようとして、「神を騙す」こともあります。このような逸脱行為に走る信徒が増えると、宗教団体の存続を危うくする恐れがあるため、信徒同士を絶えず接触させ、教義から逸脱しないように相互に監視させることが有効です。

宗教市場では、あらゆる宗教が絶えず他の宗教と競合しているという視点を持っておけば、政教分離の原則を無視し、特定宗教を国家が直接、間接に支援することの重要性が分かります。それは宗教市場を特定事業者に独占させることを意味します。著者らが提示した理論の妥当性については批判を加える研究者も少なくありませんが、少なくとも宗教社会学では一つの学派としての地位を確立しており、政治学の領域でも、その成果を取り入れようとする動きがあります。

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