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現代世界を形作った歴史を振り返る『冷戦史』の紹介

アメリカとソ連の冷戦は1991年にソ連の崩壊という形で終わりを迎えました。しかし、冷戦の影響は今でもヨーロッパ、中東、東アジアなどに残っており、各国の政策を規定しています。今回は、これから冷戦の歴史を学ぼうとされる方に向けて書かれた入門書である『冷戦史(The Cold War)』を紹介しようと思います。

著者はアメリカの歴史学者ロバート・マクマンであり、彼はアジアを中心に冷戦史の研究で業績を上げた研究者です。オックスフォード大学出版会のA Very Short Introductionシリーズの一冊です。2018年に翻訳されているので、日本語でも読めるようになりました。

McMahon, Robert, Cold War: A Very Short Introduction. Oxford University Press, 2003.(邦訳、ロバート・マクマン著、平井和也訳『冷戦史』勁草書房、2018年

第1章 第二次世界大戦と旧秩序の破壊
第2章 ヨーロッパにおける冷戦の起源—1945〜1950年
第3章 アジアにおける「熱戦」に向かって—1945〜1950年
第4章 グローバル化した冷戦—1950〜1958年
第5章 対立からデタントへ—1958〜1967年
第6章 国内冷戦の諸相
第7章 超大国デタントの興亡—1968〜1979年
第8章 冷戦の最終局面—1980〜1990年

冷戦の歴史は書き手がどの国家の視点を重視するかによって解釈が変化するという難しさがあります。政治、経済、外交、軍事どの側面に注目するかによっても様相が微妙に異なります。

一般に冷戦史の文献は西ヨーロッパ諸国、アメリカの視点で記されていることが多く、マクマンもアメリカの視点から記述する方法を採用していますが、アジアの冷戦に関する研究成果も可能な限り取り入れ、バランスがとれた解説をまとめようと努めています。どの章もコンパクトで読み通しやすいことも、本書の大きな強みだと思います。

アメリカとソ連の冷戦が始まった原因は冷戦史の根本にかかわる問題ですが、この論点に関しては通説に従って東ヨーロッパの問題で説明されています。もともとアメリカとソ連は第二次世界大戦で同盟関係にあり、1945年2月に開催されたヤルタ会談では、アメリカのルーズベルト大統領、イギリスのチャーチル首相、ソ連のスターリン書記長が一堂に会し、ドイツ、日本に対する戦略を話し合うほどの関係性が構築されていました。

ところが、ポーランドに進駐したソ連軍が非共産主義者を弾圧し、ソ連の指導を受ける共産主義政権を樹立させたことで、アメリカとイギリスではソ連に対する疑念が生じました。同年4月にルーズベルトが急死し、大統領の地位を継承したトルーマンが冷戦の始まりにどのような影響を及ぼしたのかをめぐっては、研究者の間で議論が分かれるところであり、掘り下げようと思えば詳細な解説もできるところですが、著者はトルーマンは前任者よりソ連に厳しく接するべきだと考えていたことを指摘するにとどめています。

ドイツ降伏後の1945年7月に開催されたポツダム会談では、チャーチル、トルーマンがソ連の支援を受けるポーランドの共産主義政権を既成事実としてしぶしぶ承認しました。しかし、東ヨーロッパ諸国で次々と共産主義政権を樹立させたソ連の政策に対して英米はこの会談で反対の立場をとっています

ここから米ソ間の対立が深まり、1945年の後半から1946年にかけてアメリカではソ連を封じ込めるべきであるという考えが支配的になっていきます。このように、冷戦の原因は東ヨーロッパ諸国におけるソ連の勢力の拡大で説明できるのですが、それが軍事的な対立に変化していった経緯については、アジア情勢との関係を考慮する必要があるとも著者は論じています。

第二次世界大戦で日本が降伏し、戦地から部隊を撤退させると、アジアの各地で政治的、軍事的な変化が連鎖的に発生しました。著者が特に重大な動きとして指摘しているのは毛沢東が率いる共産党が国民党との内戦に勝利し、1949年に中国大陸で共産主義国家が出現したことです。同じような事態は朝鮮半島でも、インドシナ半島でも起きました。しかし、ヨーロッパに比べると、アジアにおけるアメリカの封じ込めの取り組みは十分ではありませんでした。

この点についても著者は従来の説に従い、トルーマンに失策があったと説明しています。1948年の段階では、トルーマンは韓国の防衛にほとんど戦略的な価値がないと判断し、韓国に駐留していたアメリカ軍の部隊を撤退させました。このために、北朝鮮の指導部は韓国の軍備だけであれば、侵攻に成功の見込みがあると判断し、開戦に踏み切っています。トルーマンは北朝鮮の侵攻に衝撃を受け、急ぎ韓国を救援するため、大規模な軍事的介入を行うことを決断しました。

当時のトルーマン政権の内部では、韓国の防衛それ自体に価値がないという判断は維持されていたようです。しかし、もし北朝鮮の韓国侵攻を見過ごせば、アメリカの軍事的能力が見くびられ、ソ連を中心とする共産主義諸国が世界各地で軍事侵攻を行うかもしれないとトルーマンは恐れました。朝鮮戦争でアメリカが失敗を経験したことが、その後の冷戦の展開にとって重大な意味を持っていたことが分かるように著者は解説しています。

その後の内容に関しては割愛しますが、著者の解説は簡にして要を得ています。現代の国際政治史を学ぶときに本書を読み通しておけば、各地域、各時期に何が起きていたのかを大まかに理解できるようになるのではないでしょうか。

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