見出し画像

論文紹介 なぜ思想信条が異なる自民党と公明党が連立政権を維持しているのか?

イタリアの政治学者ジョヴァンニ・サルトーリは『現代政党学(Parties and Party Systems)』(1976)で政党が他党とどのような関係を形成するのかを説明するためには、各党のイデオロギーの隔たりの大きさ、つまりイデオロギー的距離の大きさに着目することが重要だと論じました。

例えば、与党が議会で過半数の議席を制するために、どこかの小政党と連立を組まなければならない場合、議席の数だけで連立を組む相手を選ぶとは考えられません。なぜなら、その政党が自党とあまりにもイデオロギーが異なっている場合、連立政権に組み入れたとしても、政策を決定するたびに内部で意見対立が生じるため、連立政権を維持する難しさが増すためです。

後で述べるように、日本の政治では自民党が公明党と連立を組み、政権を運営してきました。興味深いのは、この二つの政党のイデオロギー的距離が大きいことです。特に安全保障の分野で公明党は自民党と異なる選好を持っていることが知られています。研究者らは、この奇妙な連立の基礎にあるのは選挙協力と見ており、公明党との連立を通じて自民党が選挙でどのような動員戦略を発展させてきたのかを分析してきました。以下の論文もこのテーマに関する研究成果として位置づけることができます。

Liff, A. P., & Maeda, K. (2019). Electoral incentives, policy compromise, and coalition durability: Japan's LDP–Komeito Government in a mixed electoral system. Japanese Journal of Political Science, 20(1), 53-73. DOI: https://doi.org/10.1017/S1468109918000415

はじめに、日本では議院内閣制という制度が採用されており、議会、特に下院にあたる衆議院の過半数の議席を制することが政権を獲得する上で重要な条件であることを確認しておきましょう。つまり、議会政治で政権を発足させ、これを維持するためには、単独で議席の過半数を制するか、あるいは議席の過半数を制する連合を形成する必要があります。議院内閣制を採用するヨーロッパの国々の政治史を調べると、議院内閣制の下で政党が状況の変化に合わせて連立戦略をさまざまに変化させてきたことが分かります。

最近の事例で面白いのはオランダの政治家マルク・ルッテの連立戦略で、彼は首相在任中に内閣を3回組閣しましたが、そのたびに他党とのイデオロギー的な立場の違いに悩まされ、連立の相手を次々と変えざるを得ませんでした。ドイツの政治家アンゲラ・メルケルも連立を組む相手を部分的に変更してきましたが、自身が党首を務めるドイツ・キリスト教民主同盟キリスト教社会同盟の連立関係は一貫して堅持しています。これは両党のイデオロギー的立場がほとんど同じであり、つまりイデオロギー的距離がほとんどなかったことで説明が可能です。

日本の自民党と公明党は、いずれのパターンでもないため、その持続性については説明が必要です。両党が連立を組むようになったのは1999年からのことですが、自民党が衆議院で単独で過半数の議席を制するようになった後でも連立が解消されていないという特徴があります。外交、安全保障の分野で自民党と公明党はイデオロギー的距離が特に大きいので、連立政権で政策選択を積み重ねる場合、一方か、あるいは双方が譲歩することが必要となります。

自民党は1955年の保守合同によって誕生して以来、外交の分野ではアメリカとの関係を重視し、また経済の分野では農家や企業を支援する政策を追求してきました。安全保障の分野では憲法を改正し、自衛隊の保有を盛り込むことを目指しており、2015年には安倍晋三首相の下で集団的自衛権の行使を部分的に容認し、平和安全法制整備法を成立させています。

これに対して公明党は宗教団体の創価学会を支持基盤として出発した政党です。綱領は宗教的理念に依拠しており、仏教の代表的な経典である『法華経』の教えが国家の指導原理となる「王仏冥合」を理想と掲げてきました。政治的立場は左派的であり、自衛隊が憲法違反だと主張し、かつては日本共産党と協力していたこともありました。後になって自衛隊の存在を容認する立場をとるなど、より現実的な路線を採用しましたが、自民党と公明党の立場の隔たりは残っています。

公明党が初めて与党になったのは1993年衆議院選挙のときであり、当時は自民党が過半数の議席を維持できず、日本新党の細川護熙首相が連立政権を発足させました。この時点で自民党と公明党は対立関係にありました。その後、1994年に細川政権が政治改革四法を成立させ、1996年の衆議院選挙から新しい選挙制度として小選挙区比例代表並立制が導入されました。この改革によって各党は選挙戦略を抜本的に見直す必要に迫られています。この新しい選挙制度で日本の有権者が1度の選挙で2回投票することになりました。1回目の投票は選挙区ごとに割り当てられた議席を候補者に配分する小選挙区制の下で集計され、2回目の投票は政党得票率に応じて議席を配分する比例代表制の下で集計されます。衆議院の議席の半分以上は小選挙区制で配分されるので、過半数の議席を制するためには、それぞれの選挙区で多くの候補者を当選させなければなりません。

この研究で自民党と公明党の奇妙な連立を説明するために着目したのが、この衆議院の選挙制度の制約の下で、自民党が公明党とは対照的な動員基盤を持っていたことです。長年にわたり、自民党は農村部で動員基盤を発達させてきた政党であり、公明党が都市部で発達させてきた動員基盤と地理的に棲み分けが可能でした。これは小選挙区制の下で両党の候補者が競い合う事態を事前の調整で回避しやすかったことを意味します。はじめの段階で、自民党と公明党はどの選挙区にどちらの候補を立てるのかを交渉し、双方の候補が潰し合うことを回避することができました。さらに協力が次の段階に進むと、自民党と公明党はそれぞれの動員基盤の票を取引するようになりました。選挙区によって自民党は公明党の候補を支援し、反対に公明党が自民党を支援することもありました。

1999年以降に自民党と公明党はこの種の選挙協力を洗練させてきました。著者らが調査したところによると、2000年の選挙では公明党が小選挙区から出馬した自民党の候補271人のうち156人、つまり58%を公式に推薦しました。この割合は次第に高まり、2003年には71%、2005年に82%、2009年に94%、2012年に80%と推移しています。これらの数値は、自民党の政治家が選挙戦で公明党の動員基盤をどれほど頼りにしているのかを示しています。比例代表制における公明党の得票率は12%から14%程度にすぎません。選挙制度の種類によって政党システムが変化することを示したデュヴェルジェの法則によると、比例代表制では小規模政党であっても議席を獲得することが可能ですが、小選挙区制では大規模政党でないと議席を得ることができません。したがって、公明党の立場から見ても、自民党と協力しなければ、小選挙区制の票は議席に繋がらず、無駄になってしまうので、取引に用いた方が有利であるといえます。2003年以降の選挙で公明党は自民党から8から10の選挙区を明け渡されています。

著者らは、1994年以降の選挙制度の下で自民党と公明党が選挙協力からどのような利益を引き出してきたのかを明らかにするために、シミュレーション分析の方法を用いています。2000年から2017年までに実施された7度の衆議院選挙で自民党は1,976人の候補者を小選挙区で擁立し、1,302人を当選させています。したがって、当選確率は66%と計算できます。著者らは、公明党の支持がなかった場合に、この数値がどのように変化するのかを分析しました。比例代表制で公明党が得票した票数から、それぞれの選挙区には公明党の支持者が平均で25,945人ほど分布していると想定します。その支持者の全員が党の要求に従って、自民党に投票するとは限らず、個人の判断で有権者が投票先を調整する場合もあると予想されますが、著者らは公明党の支持者が自民党の候補に投票する割合は80%と見積っています。これが著者らのシミュレーション分析の基礎となっています。

2017年の衆議院選挙で公明党が自民党を支援していなかった場合、自民党が小選挙区での獲得議席は213議席ではなく、153議席であっただろうと推計されます。つまり公明党の貢献がなければ、自民党は小選挙区で62議席を失っていた可能性があると見積もられているのです。公明党が選挙で自民党の勝利に貢献したことを考えれば、自民党が単独で過半数の議席を制してからも、公明党との連立を維持していることには十分な政治的理由があることが分かります。また、公明党が自民党との連立政権の中で政策選択に一定の制約を課し、また譲歩を要求する能力を持っていることも示唆しています。著者らは、この公明党が影響力を行使した事例として、第二次安倍内閣における集団的自衛権の問題と憲法改正の問題を取り上げています。安倍首相は2017年5月3日に、憲法改正の具体的な計画を発表しましたが、それは2012年に自民党が作成した改正案と多くの点で異なっており、2004年に出された公明党の改正案に多くの面で譲歩するものでした。例えば、自民党の改正案では憲法9条、特に2項を抜本的に書き直すことが目指されていましたが、公明党は9条に一切手を加えない立場を主張していました。2017年に発表された改正案を読むと、公明党の立場が反映されていたことを確認することができます。

関連記事


調査研究をサポートして頂ける場合は、ご希望の研究領域をご指定ください。その分野の図書費として使わせて頂きます。