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小さな利益団体が国の政策を動かすことができる理由は何か? オルソン『集団行動の論理』の書評

政治学の基本概念の一つに利益団体(interest group)があります。利益団体は、何らかの利害関係を共有する人々が政策に影響を及ぼすことを意図して組織する団体であり、業界、職業、地域、民族、宗教、趣味など、多種多様な利害を代表することができます。

利益団体はロビイングを通じて政治家に働きかけ、自らの利益を増進するような政策を実現するように活動します。マンサー・オルソン(Mancur Olson)はこの利益団体の理論的分析で世界的に知られた研究者であり、彼の古典的著作『集団行動の論理(The Logic of Collective Action)』(1965)は日本語にも翻訳されています。

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民主主義の国においては、労働組合、農業組合、職能別組合、小売業組合、原材料取引組合、平和団体、環境保護団体、民族団体、宗教団体など、さまざまな利害を代表する利益団体が形成されています。

こうした利益団体を立ち上げるために必要な人員や資金を集めることは決して容易なことではありません。しかし、いったん利益団体が組織されると、政党や官僚などに対して影響力を行使し、自らの利益を拡大するための政治活動を展開することが可能になります。特定の業界における賃金の引上げ、公定価格の操作、地域開発の予算拡充などが、このような政治活動の基本的目標になります。

直感的に考えると、利益団体のメンバーの規模が大きいほど、その影響力は大きくなるはずです。しかし、オルソンの著作では、そうとは限らないと論じられています。なぜなら、潜在的な構成員が大きくなるほど、彼らは利益団体のために貢献しようとはしなくなるためです。このことを説明するためには、メンバー一人ひとりが独立して自分の利害を判断し、行動することができることを大前提として考える必要があります

オルソンの説明に沿って、次のような状況を想定してみましょう。ある利益団体が立ち上げられ、その団体のメンバーは自発的にその活動に協力、貢献し、その成果である利益がメンバー全体に配分されているとします。しかも、個々のメンバーの貢献の度合いに関係なく、メンバーに平等に利益が配分されているとします。このような状況では、自分が時間や労力を負担しなくても、他のメンバーが時間や労力を負担してくれることを期待した上で、その成果に「ただ乗り(フリーライド)」した方がはるかに合理的であると個々のメンバーは考えることができます

そのような一部のメンバーの「ただ乗り」を罰することができなくなると、他のメンバーは次々と利益団体の活動から手を引くようになり、その負担が残りのメンバーに押し付けられ、最終的には誰もその活動を引き受ける者はいなくなる事態が起こると予測できます。これがオルソンの議論の最も重要なポイントです。つまり、多くの個人を効率的に組織するためには、「選択的な誘因(インセンティブ)」を与えることが何としても重要なのです。必要に応じて貢献度が低い成員に制裁を加え、反対に貢献度が高い成員に報酬を与えなければなりません。

この選択的な誘因を適切に設定するためには、厳格な監視と賞罰が必要になりますが、それらを徹底することは組織の規模が大きくなるほど難しくなります。反対に組織の規模が小さくなるほど、そのメンバーに対する監視や賞罰は容易になり、積極的、意欲的なメンバーの貢献を引き出しやすくなります。こうして、組織全体の貢献の程度も高い水準に引き上げられやすくなるとオルソンは論じました。この分析は、特定の利害関係で強く結びついた小集団の方が、曖昧な利害関係で弱く結びついた大集団よりも、はるかに効率的に活動することができることを示しています。

政治学を学ぶ人にとって、ただ乗りの問題にはさまざまな理論的な意味合いを持っています。利益団体の観点から見れば、それは少数者が多数者に対して優位に立つことを可能にします。政治的な動員力を競い合う民主主義においては、個別的、具体的な利害関係を共有する利益団体の方が、全体的、一般的な利害関係を共有する利益団体よりも強い選択的誘因を設定しやすく、より優位に立つことができるのです。

オルソンの研究が登場するまで、政治学者は利益団体の理論として多元主義(pluralism)を構築してきました。多元主義では、国内政治である利益団体の利権が別の利益団体の勢力によって脅かされると、脅威を受けた利益団体は潜在的なメンバーを動員して対抗し、新たな均衡を形成するという考え方を含んでいました。しかし、オルソンの理論は多元主義が見落としていた問題、つまり、潜在的なメンバーを動員できるかどうかは、どれほど強い選択的誘因を提供できるかにかかっていることを明らかにしたと言えます。


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