なぜ自由民主党は日本で長期政権を実現できたのか?『競争なき日本の民主主義』の書評
世界各国の研究者が日本の政治に注目するのは、日本が民主主義を採用しているにもかかわらず、ほとんど政権交代が起きていないためです。1955年に結党して以来、自由民主党(自民党)は長期にわたって政権を維持することに成功してきましたが、世論調査から自民党が日本国民から圧倒的な支持を受けているという事実は確認できません。
これまでに研究者は自民党が日本で長期政権を実現できたのは、選挙制度に適した支持基盤を巧妙な予算配分で強固な支持基盤を形成してきたためであると説明してきました。このような政治的手法は一般に恩顧主義(clientlism)と呼ばれています。
シャイナー(Ethan Scheiner)の『競争なき日本の民主主義:一党優位制国家における野党の失敗(Democracy without Competition in Japan: Opposition Failure in a One-Party-Dominant State)』(2006)は現代の日本における恩顧主義に関する研究です。以前、日本の政治に関する研究文献の一部をまとめた記事でも取り上げた文献です。
Scheiner, E. (2006). Democracy without competition in Japan: Opposition failure in a one-party dominant state. Cambridge University Press.
自民党の恩顧主義はどのように機能しているのか
簡単に述べると、恩顧主義とは、自身の党を支持する有権者に対し、金銭的、あるいは非金銭的な便益を配分することによって、自党の支持基盤を強化する政治的手法です。
著者の説明によれば、日本の恩顧主義では地方の選挙区を中心に農家、自営業者、建設業者、中小企業、大企業から構成される支持基盤が形成されてきました。この支持基盤があったからこそ、自民党は1955年の結党以来、日本で長期にわたって政権を保持し、数々の汚職スキャンダルを乗り越えることができた、と著者は考えています。
このような見解そのものは日本の政治を専門とする研究者にとって、さほど目新しいものではないのですが、著者は比較政治学のアプローチを使って、イタリア、オーストリア、スウェーデンなど他国の政治システムとの比較を行い、自民党の恩顧主義は中央集権と選挙制度を組み合わせて利用することによって、野党の抵抗を困難にしていることを実証しようと試みています。
日本で政権を維持するためには、衆議院で過半数の議席を獲得することが条件になりますが、衆議院の過半数の議席は小選挙区制で配分されています。小選挙区制はもともと大政党にとって有利な選挙制度であるだけでなく、人口密度が低い地方の選挙区での一票の価値が、人口密度が高い都市の選挙区よりも高まるため、地方に支持基盤を持つ政党が優位に立ちやすいという特性があります。
さらに地方の産業は公共事業などをはじめとする政府支出に対する依存度が高い傾向にあるため、地方の事業者は地方議員を通じて自民党と関係を構築し、地元の経済成長に寄与する公共事業を誘致しようとします。著者は、日本の有権者の投票行動の特性として争点よりも候補者を重視する傾向があること、国政選挙における有力な候補者の多くが地方政治の経験者から輩出されていることも、国から地方へ利益を誘導する自民党の恩顧主義が強力に機能し、野党が地方で勢力を拡大することを難しくしていると指摘されています。
このような恩顧主義のシステムが存在する以上、与党に対して野党が挑戦することが制度的に難しいと著者は次のように説明しています。
ただし、著者は過去の選挙の記録を調べてみると、恩顧主義の影響が強い選挙区であっても野党が候補者を当選させることに成功した事例があることを指摘しています。そのため、恩顧主義で日本政治のすべてが説明できるというわけではありません。
自民党は過去に短期間ではありますが、政権を喪失したことがあります(1993年の第40回衆議院議員総選挙、2009年の第45回衆議院議員総選挙)。この著作は自民党が長期政権を実現してきた歴史をおおむね説明できます。しかし、このような例外的なケースが発生した理由に関しては恩顧主義が自民党にもたらす優位を上回る要因が作用したと考えられるため、別の説明を用意しなければなりません。ただ、著者はこのような変動の発生にもかかわらず、その後も自民党の政権が一貫して継続していることの方に注目しており、恩顧主義が根強く存続していることを主張しています。
ただ、比較政治学の方法で恩顧主義の特性について考察している第7章「政治経済的変動とその政党システムへの影響」では、恩顧主義が不安定化するパターンについて考察しています。そこでは恩顧主義の影響が強いとされるイタリア、オーストリア、イスラエル、スウェーデンで経済的変動の政治的影響がどのようなものだったのかが分析されています。この分析で著者は一般的なパターンを特定するまでには至りませんが、基本的に有権者は経済状況が変化し、政府から十分な見返りを引き出せなくなれば、与党との関係を見直す傾向にあることが指摘されています。
この著作は2006年に出版されたものですが、より最近の研究では1994年以降の政治改革の影響で自民党の恩顧主義の手法が制約されるようになり、新たな支持基盤への移行が進んでいるという議論もあります。こうした議論を考慮に入れた上でこの著作は読まれるべきでしょう。データを使った統計分析、関係者に対する面接調査などに依拠した分析は今でも日本の政治を研究する上で価値があるものです。
まとめ
恩顧主義が政治的に機能するためには、自党の支持者に対して十分な金銭的、あるいは非金銭的な見返りを配分することが必要です。著者の見解では、自民党が長期政権を実現できたのは、財源が乏しい地方に対して国の予算を政策的に配分することができたためです。この説明にはいくつかの問題点があることが指摘されており、特に1990年代以降の政治情勢に当てはめる際には注意が必要ですが、現代日本の政治情勢を理解する上で興味深い示唆を与える研究成果だと思います。
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