論文紹介 米国が世界各地で無益な戦争を繰り返す理由は何か?

アメリカには世界中で軍事的介入を行ってきた歴史がありますが、それらが必ずしも戦略的に成功を収めてきたわけではありません。圧倒的な軍事的優位を誇るはずのアメリカが、政治的成果を得ることなく撤退に追い込まれるケースも少なくありませんでした。アメリカが軍事的介入に失敗するパターンは冷戦終結以後に特に顕著になっており、多くの研究者が調査に取り組んでいます。「トリガー・ハッピー:アメリカの軍事的介入の基盤(Trigger happy: The foundations of US military interventions)」もその成果の一つです。

Michael Mayer (2018). Trigger happy: The foundations of US military interventions, Journal of Strategic Studies, DOI: 10.1080/01402390.2018.1559155

アメリカと敵対してきたソ連が1991年12月に解体されて以降、アメリカを取り巻く安全保障環境は劇的に改善しました。国際政治学、特に防御的リアリズムの理論によれば、国家は勢力均衡を好むと想定されるので、武力攻撃も減少すると考えられます。ところが、冷戦が終わってからのアメリカは、世界各国に対して軍事的介入を積極的に実施し、しかも、首尾一貫した戦略がないまま武力攻撃を重ねるようになりました。

著者はこのような軍事的介入が増加した現象を説明するには、いくつかの要因を組み合わせる必要があると論じています。一つ目の要因はソ連の解体によって出現した一極構造の世界でアメリカは巨大な国力を自在に使用できるようになったことです。

2001年の同時多発テロ事件で大きな被害を出したアメリカは、国際テロリスト集団との繋がりが疑われたアフガニスタンに武力攻撃を加え、短期間のうちに政権を打倒しました。しかし、この武力攻撃には明確な戦略構想がありませんでした。

つまり、世界規模に拡散しているテロリストのネットワークを撲滅する上でアフガニスタンに侵攻することがどの程度有効なのか分かっていなかったのです。非国家主体の脅威に特有の不確実さから、アメリカは軍事的介入に駆り立てられたと著者は分析しています。

「アメリカの政策決定者は、難問に対して恒久的な解決策を求める傾向があったので、抑止力などのように、よく確立された構想であったとしても、戦略的情勢が未解決であるとして不満だった。(中略)その一方で、政権は軍事的介入とその後の作戦の成功に関しては、治安維持や復興支援に必要な資源を過小に評価し、現地の住民からの協力や政治的な支援を過大に評価し、やや希望的に事態を考えていた」(p. 11)

国内政治の要因も見過ごせません。アメリカの政治制度では、政府の決定を議会が監視し、必要があれば阻止できるように権力関係が設定されているのですが、武力行使に関する政府の権限に関しては政府の権力が強化されてきました。基本的に政府は武力攻撃を行う場合、戦争布告の権限を持つ議会の承認を必要としますが、形骸化しています。朝鮮戦争(1950~53)、グレナダ侵攻(1983)、パナマ侵攻(1989)、ソマリア派遣(1992)、バルカン派遣(1992~99)、ハイチ(1993~96)、リビア(2011)、イラクでの対テロ作戦(2014)など、議会の承認を得ないで行われた武力攻撃の例は少なくありません。

1973年の戦争権限法(War Powers Resolution of 1973)は、政府が軍隊を投入する場合には議会に対してその状況や法的な根拠、使用する兵力の規模などを報告することを義務付け、作戦が長期化した場合には議会の決定によって撤収させることを定めましたが、これも武力攻撃に対する議会の権力を回復するには至ってはいません。アメリカで武力攻撃の決定権を握るのは政府であるため、その中枢にいる大統領と側近が集団思考に陥り、戦略の選択を誤ることがあったとしても、それを直ちに是正することは政治的に困難です。

国防や外交の分野で大統領の顧問を務める国家安全保障問題担当補佐官(National Security Advisor)の地位が政府の内部で高まり、それに伴って国務大臣の地位が相対的に低下したことの影響も指摘されています。また、2000年代に国務省の予算が削減されたことを著者は指摘しており、アメリカの対外政策における軍事的手段の重視が進んだ一因になったと論じています。

アメリカが対外政策の手段として外交を軽視するようになった要因について著者は文化的、歴史的な要因があるのではないかと述べており、2016年の世論調査でアメリカ人のおよそ80%が軍隊は国益のために行動していると考えており、回答者の3分の1近くが確信していることも報告されています。これは対外政策を選択する過程で軍事的手段の有用性を過大に評価することに繋がっている可能性があるのではないかと考えられています。

第二次世界大戦で12%以上のアメリカ国民が兵役に就きましたが、今では志願制が採用されているため、兵役の経験がある国民は1%にも満たないほど少数派になっています。これは国民の日常の生活の中で軍事的介入により発生する犠牲を目の当たりにする機会が大きく減少したことを意味しています。近年、政治学では民主主義国と武力攻撃と世論との間に複雑な関係があることが明らかにされています。その研究成果によれば戦争に対する国民の支持は、死傷者が出るほど減少していくことが分かっています。1990年代以降のアメリカの軍事的介入では航空戦力を多用するケースも多かったので、政府は死傷者の発生を避けながら軍事的介入を行うことが可能になったとも考えられます。

以上をまとめると、冷戦終結後にアメリカが軍事的介入を繰り返した理由を説明するためには、国際政治上の要因と国内政治上の要因の両方を考慮しなければなりません。アメリカは一極構造の下でテロリストという不確かな脅威に晒されたことで攻撃的になりました。しかも、国内政治において武力攻撃を妨げる政治制度上の制約は緩和されており、国民は軍事的介入によって発生する死傷者に以前よりも気が付きにくくなっていることも重要です。

アメリカが政治的な成果に乏しい軍事的介入を繰り返すことは、国際情勢の安定化にとって深刻な問題です。アメリカ軍の兵力は有限であり、それをどの地域に配分すべきか、どのような目的のために使用すべきかを慎重に考慮することができなければ、どのような戦略も成り立たなくなるでしょう。著者はこれがアメリカだけの問題ではなく、アメリカと同盟関係にある国々にとっても関係があると指摘しています。重要性が低い任務のために限りある資源を浪費することは、アメリカ軍の即応態勢を弱体化することに繋がり、同盟国の負担が増すことになるためです。

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