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今の日本では「外交は票にならない」という決まり文句が時代遅れになっている

1990年代の初頭まで日本の国政選挙で外交と防衛が重要な争点になることはほとんどなく、「外交は票にならない」と言われてきました。しかし、最近では国政選挙で候補者の外交や防衛に関する立場に注目が集まることは少なくなく、かつての格言はもはや通用しなくなっています。フランシス・ローゼンブルースとマイケル・ティースの『日本政治の大転換(Japan Transformed)』(2010;邦訳2012)は、このような変化が生じた理由は選挙制度の変更によって説明が可能だと述べています。

1947年から1993年まで衆議院によって採用されていた中選挙区制(中選挙区・単記非移譲投票)は、選挙区ごとに平均して4つの議席を候補者が奪い合うという仕組みになっていました。この選挙制度では政党単位で票を分け合うことができないので、候補者単位での選挙競争が展開されていました。つまり、同じ政党に所属している候補者が、同じ選挙区の有権者の票を奪い合うことが少なくなかったのです。このような選挙制度では候補者一人ひとりが生き残るために、後援会を組織化し、有権者を囲い込んでおくことが重要です。政党単位の政策綱領の内容は選挙戦略において大きな重要性を持つことができません。

「各候補者が莫大な額の資金を投入したのは、個人的な支援ネットワークである後援会をつくり、育て上げるためだった。選挙時には後援会を動員して票を集めるのである。自民党の候補者が二人以上いる選挙区の自民党支持者は、彼の属する政治的「系列」の頂点に位置する自民党の代議士候補個人に背中を押されているような気持ちで、投票に行ったことだろう。もちろん、演説会や広告などといった一般的な選挙戦術も使われただろうが、それが決定的な効果を発揮するためには日本の選挙運動の期間は短すぎるのである」

(ローゼンブルース、ティール『日本政治の大転換』80頁)

ここで説明されている通り、中選挙区制の下では政治家が政策の実現を追求しても、それが再選という形で報われることが期待できません。再選を目指す政治家が地元への利益誘導に力を入れることが合理的であり、農林水産行政や国土開発行政に深く関与しようとしたことは政治的な生き残りをかけた戦略として理解できます。したがって、この政治制度の下で利益誘導にほとんど使えない外交や防衛の分野に労力を費やすことは、政治家にとって合理的なことではなかったのです。

1994年の政治改革で衆議院に小選挙区比例代表並立制が導入されると、政治家はまったく新しい環境の下で生き残ることを求められました。新しい選挙制度では有権者は選挙区ごとに一つの議席をめぐって争うことになり、有権者は候補者の中から一人だけを選んで票を投じ、同時に政党にも票を投じることが可能になりました。つまり、政党本位の投票行動が可能となったのです。この制度変更によって日本の国政選挙では候補者本位の競争から政党本位の競争へと移行することになり、政治家も以前よりも政党の政策的立場に強い関心を持てるようになったと考えられます。

「新しい小選挙区比例代表並立制では、有権者は同じ自民党に所属する代議士間の個人的な差異ではなく、政党間の差異に興味を持つようになった。小選挙区に関して言えば、一つの選挙区で最も得票数の多かった候補者が当選するわけで、そうなると最も魅力的な政策綱領を有権者に対して提示できる候補者が有利だということになる。比例代表制の議席に関して言えば、こちらはそもそも政党間の競争だ。
 つまり、小選挙区においても、比例代表区においても、自党の政策綱領が日本の安全と福祉全般を増進するうえで最も優れていると有権者を説得できた政党が最も有利になるのである。いまや対外政策に関する議論が選挙の際にクローズアップされるのは、当然のことなのだ」

(同上、234頁)

以上の議論は、ある程度の説得力を持っていますが、問題もありました。ローゼンブルースとティースの著作では、政治家が外交や防衛の分野にどれほどの注意を払っているのかを直接的な証拠によって明らかにできていないのです。この問題を解決する上で貢献したのがエイミー・カタリナックの『日本における選挙改革と国家安全保障(Electoral Reform and National Security in Japan)』(2016;邦訳なし)です。この著作では、小選挙区比例代表並立制の導入によって利益誘導では再選を目指すことが難しくなったことから、政治家はより幅広い有権者から支持を集めるために、外交、防衛といった安全保障の課題に取り組むようになったと論じ、その根拠として候補者が作成したマニフェストの内容分析の結果を示しています。

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