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多額の費用がかかる軍隊の工廠システムは現代に必要とされているのか?

軍隊は武器などの需要を満たすために外部の事業者に頼るのではなく、独自の工廠(arsenal)を発達させてきました。工廠は軍隊が管理する多目的工場であり、消耗性の物品を製造するだけでなく、主要装備の研究開発も行ってきました。戦時へ移行すると工廠は産業動員の中心となり、民間企業に対して軍需品の製造法を指導する役割も担ってきました。

しかし、工廠という生産システムは冷戦以降縮小される傾向にあります。例えば1777年にアメリカ陸軍が設置したマサチューセッツ州のスプリングフィールド造兵廠は1968年に閉鎖に追い込まれました。この閉鎖はロバート・マクナマラ国防長官の判断によるものであり、彼が導入したプログラム予算の仕組みでは工廠にかかる予算がその便益に見合っていないと評価されています。

そもそも工廠が軍隊で維持されてきたのは、民間の企業で軍需を満たす能力がないとされてきたためでした。しかし、マクナマラの時代には民間の企業であっても軍需に対応可能と見なされる補給品のカテゴリーが増加したため、伝統的な工廠システムの必要性が抜本的に見直されるようになったのです。マクナマラの分析チームが出した見積では、スプリングフィールド造兵廠を含めた3か所の工廠の能力は民間企業で置き換え可能と見なされました。

これらの工廠の生産設備は第一次、第二次世界大戦の時代に導入されたものがほとんどであり、ひどく老朽化していたので、継続利用には大規模な設備投資が必要と見なされていましたが、それに見合った便益を見込むことは困難とされていました。(Shiman 1997: 71-2)。そのため、マクナマラは工廠の統廃合で複数の工廠を閉鎖しましたが、この決定を受けて立地自治体では反対運動が巻き起こり、国を相手取った訴訟が起きましたが、最終的には統廃合が決まっています(Ibid.: 72)。

1965年にアメリカがベトナム戦争に本格的に介入し、地上部隊を投入したことによって、この改革の成果が試されました。当初、アメリカ政府はこの戦争が2年程度で終わると見積もっていましたが、ベトナム戦争が長期化したことで弾薬の需要が予想より増加し、アメリカ陸軍は工廠の生産力を大幅に増強せざるを得なくなりました。この増産が可能だったのは、朝鮮戦争が終結した後も弾薬の増産に備えて生産設備を保守し続けてきたウォーターブリート工廠があったためでした(Ibid.: 74)。1965年の時点で25か所あった弾薬工場のうち稼働していたのは11か所でしたが、1968年までに24か所が再稼働していました(Ibid.)。ベトナム戦争は工廠システムの重要性を改めて示すことになったといえます。

ただ、老朽化した生産設備で増産を急いだため、新しい技術革新を取り入れることができなくなったという負の側面があったことも指摘されています。ミネソタ州に置かれたツイン・シティーズ陸軍弾薬工場の設備は小火器の弾薬を製造していましたが、その製造工程は朝鮮戦争以降、まったく改善されておらず、その生産実績は毎分100発が限界で、ベトナムにおける毎分6000発の弾薬需要を満たすにはまったく供給力が不十分でした。もし最新の設備を導入すれば毎分1200発を達成できる可能性があったと関係者は見積もっていました(Ibid.: 77)。したがって、工廠システムは突発的な軍需に対応する上で一定の利点がありつつも、やはり生産性という面では限界があると考えることが現代においては妥当だろうと思われます。

ちなみに、1970年代にアメリカ連邦議会が国防予算を急減させたとき、アメリカ陸軍はウォーターブリート工廠を存続させつつも、その生産性を向上させるために大規模な設備投資を行い、1990年までに生産性を27%改善させました(Ibid.)。この予算配分の根拠となったのは短期戦争の予想であり、所要の弾薬の生産能力を大きく下方修正することで正当化されていました。

つまり、アメリカは将来の戦争は短期間の激戦となるはずであり、すぐに終わるか、あるいは核兵器の使用にエスカレートして終わるという想定の上で兵站システムを再編してきました(Ibid.: 81)。長期戦の可能性を低く見積もることで、弾薬の大量生産能力の維持をあきらめたので、アメリカ軍は1990年代以降に大量の在庫に依存しない兵站支援のドクトリンを重視するようになっていくことになります。その影響は今日でも続いており、アメリカの兵站システムで長期にわたる大規模戦闘を想定した増産への備えが手薄になっています。

参考文献

Shiman, P. (1997). Forging the Sword: Defense Production during the Cold War. Military Bookshop. ISBN: 9781780394480

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