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現代日本の政治を学ぶための基本文献を6冊だけピックアップしてみた

現代日本の政治体制を分析する研究者たちは、民主的な政治システムの下で自由民主党(自民党)が長期にわたって政権を維持した方法を明らかにするため、さまざまな調査研究を行ってきました。そのアプローチは合理的選択理論に依拠するものから、歴史的制度論に依拠するものまでさまざまであり、研究のテーマも政治制度に注目するものから政治過程に注目するものまで多岐にわたります。

この記事では、Oxford Bibliography(英語)という研究者向けの文献紹介を行っているウェブサイトの記事「日本の政治(Politics of Japan)」に依拠しながら、日本政治の研究で基本とされる文献を6冊だけ紹介してみたいと思います。単に紹介するだけでなく、私の個人的な所感も加えています。

1 研究者向けの概説書

まず、日本政治の研究領域を手広く扱った概説書としては、2011年に出版された『日本政治のラウトリッジ・ハンドブック(The Routledge Handbook of Japanese Politics)』があり、政党、市民社会、政治経済など、国内政治のトピックを基本とした章立てになっていますが、国際関係を扱う記事も盛り込まれています。

日本人の研究者も数多く寄稿していますが、英語である上に内容がやや専門的であるため、学部生の入門書としてはあまり適切ではないかもしれません。大学院生として研究に取り組むならば、一度目を通しておいた方がよいと思います。

Gaunder, Alisa, ed. The Routledge Handbook of Japanese Politics. London: Routledge, 2011.

2 日本の政治史

日本の政治についての全般的な知識を得たいならば、もう少しコンパクトに政治史を論じた文献で学んだ方がよいでしょう。ハーバード大学で歴史学を研究していた教授エドウィン・ライシャワーの著作『ライシャワーの日本史(Japan: The Story of a Nation)』は江戸時代から始まり、明治、大正、昭和と経て、1980年代までの政治史をカバーしており、日本と世界との関連にも目配せしています。1986年に翻訳され、2001年に文庫で読むことができるようになっている一冊です。

Reischauer, Edwin O. Japan: The Story of a Nation. 4th ed. New York: McGraw-Hill, 1990.(國弘正雄訳『ライシャワーの日本史』講談社、2001年)

3 戦後の政治史

ライシャワーは日本の政治史を包括的に論じましたが、アンドルー・ゴードンが編んだ『歴史としての戦後日本(Postwar Japan as history)』は戦後の政治史に注目した論集であり、アメリカで日本政治を専門にする研究者が寄稿しています。

研究者によって異なる視点が示されているので、その内容を要約することは難しいのですが、1945年から1993年にわたって日本の政治が変化していく歴史的過程を、経済成長、国家と社会の関係、女性問題などの具体的なテーマから探求します。手頃な価格ではありませんが、上下二巻の訳書も出ているので入手はそれほど難しくないと思います。

Gordon, Andrew, ed. Postwar Japan as History. Berkeley: University of California Press, 1993.(中村政則訳『歴史としての戦後日本』上下巻、みすず書房、2002年)

4 鉄のトライアングル

升味準之輔は日本政治の研究で数多くの業績を残した政治学者です。1955年に日本民主党と自由党が合流して誕生した自民党が、国会で過半数の議席を確保し、野党の日本社会党(社会党)の行動を抑え込む体制を「55年体制」と名づけたことや、現代日本の権力構造を自民党、官僚、大企業の三者の関係で構成される「鉄のトライアングル」と特徴づけたことが有名です。

1980年代に鉄のトライアングルが解体されていったことも論じています。「鉄のトライアングル」に関しては『現代政治』(1985)で詳しく述べられています。これは英語に翻訳されたため、海外の研究者にも知られている業績です。原著では1950年から1980年代までの政治史を扱っています。実はこの英訳の最終章には原著になかった部分があり、1993年の自民党支配の終わりに関する議論が展開されています。

升味準之助『現代政治』上下巻、東京大学出版会、1985年(Masumi, Junnosuke. Contemporary Politics in Japan. Translated by Lonny E. Carlile. Berkeley: University of California Press, 1995)

5 1994年の政治改革の影響

より最近の研究文献としては、1994年の政治改革に取り組んだものが重要です。今の日本の政治を考える上で1994年の改革を避けて通ることは不可能です。『日本における民主的改革(Democratic Reform in Japan)』(2008)は新しい選挙制度(現在の小選挙区比例代表並立制)の導入や、官邸の権限の強化などが、日本の民主化に寄与しているかどうかを総合的に評価した論集であり、非常に本格的な内容です。

選挙制度の改革後も衆議院の30%、自民党議員の40%が世襲議員で構成されていることが指摘されているなど、改革の効果に限界があったことは確かです。しかし、政策の決定において政治家の官僚への依存が減少した影響が確認されるなど、改革で意図した効果が表れていることが報告されています。現代日本の政治情勢を理解する上で重要な研究業績として位置づけることができますが、訳書もないので研究者向けの文献ということになります。

6 変化する自民党の戦略

一般向けの文献で最近の日本の政治を理解するために役立つ著作としては、フランシス・ローゼンブルースとマイケル・ティースの共著『日本政治の大転換(Japan Transformed)』(2010;訳書2012)を提案します。これは1994年の選挙制度の改革が日本政治の構図を大きく変えたことを論じるだけでなく、その影響がさまざまな経済政策に及んだと主張している著作です。

ローゼンブルースとティースの見解によれば、政治改革の影響で自民党議員は従来まで重要な支持基盤だった大企業と地方農家に利益を誘導する経済政策だけでは政権を維持できなくなっていることに気が付きました。その結果として、都市部にいる一般消費者から支持を引き出すための経済政策を重視するように政治行動を変化させています。個人的な意見としては、この著作で展開された議論を細かく見ていくと、選挙改革の影響が少し誇張されているようにも思われます。ただ、全体として見れば、現代の日本政治を理解したい人にとって有益な見取り図を与えてくれる著作ではないかと思います。

まとめ

今の日本の政治に何かしらの不満を感じている方は多くいると思いますが、なぜこのような状況が起きているのかを説明できる人は少なく、政治学の研究成果を踏まえて説明できる人はさらに少ないと思います。ここで紹介した文献は学界において評価された文献の一部に過ぎませんが、これらを読んでおけば、メディアに登場する研究者や評論家の発言がどのような研究に依拠しているのかを判断するときの基準になると思います。

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