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〝いわくつきの道具”にまつわる絶品怪談集!『お道具怪談』山で熊をやりすごす最恐の道具とは…「山菜採り」試し読み

人の怨みを吸い、呪具と化した物たちの怪!!


あらすじ・内容

生活と仕事の相棒、道具に纏わる恐怖怪談集。
パワハラで辞職した社員が遺した愛用の文具。ねこばばして持ち帰った上司を襲う惨劇の音…「笑うホッチキス」
亡き姑自慢の古漬けに使われていた漬物石。嫁が石に触ると焼けるように熱く…「つけてくる石」
神棚に祀られた鉋とその下の不気味な脂染み。かつて罪人の拷問に使用された物だというが…「滲む脂」
先輩大工が遺した道具箱。細工された隠し底に入っていた物は女の髪束と書き置き…「二人ハ夫婦」
祖父の道具箱に封印された曰くつきの古い鑿。他人が触れば祟られ、職人生命を断たれるというが…「鑿」
古民家宿から無理を言って譲り受けた孫の手。宿の主人から大事に使えと言われたが…「孫の手」
先祖代々受け継がれてきた砥石の台。最高の切れ味に仕上がる秘密はその材質に…「研ぐということ」
病床の父から怪異な物が見たくなったら使えと渡されたブリキ片。バケツの部品らしいのだが…「バケツに棲むもの」
他、いわくつきの物怪40話!

編著者コメント 

どうも。ここ最近はレザークラフト(型紙)作家も兼ねている加藤一です。
レザークラフトというのは特別な道具はそれほど必要なくて、針、糸、ハサミにカッターナイフ、何なら材料の革すら百均で揃えられるところから、初めてのインドア趣味に向いています。が、究め始めると沼が待っているのはどこの世界も同じで、レザークラフト専用の道具もだんだん充実してきました。
本作はそういった「道具」「用具」などに全振りした怪談集となっています。
人が人である限り、自分の手指の延長線上にある様々な道具、ツールとの付き合いが途切れることはないんですが、それだけに愛着や執着めいたものが籠もりやすいものなのかもしれません。
実は、著者各位に企画をお願いした当初〈刃物などに偏るかもなあ〉とは思っていました。やはりというか何というか、大工道具や工具、刃物に属するもののお話は若干あったものの、文房具やら治具やら樽やら指貫やら、およそありとあらゆる「道具」「古道具」が集まり、たまさか古道具屋のような有様になりました。
そんな訳で、「概ね新品でない、誰かの愛着と執着がこびりついたモノ」のお話ばかりとなりました。御自身が長年集めてきた「愛するお道具」を見直す機会も兼ねて、是非どうぞ。 (編著者・加藤一)

1話試し読み

山菜採り

 安藤さんは春先になると、山菜を採りに付近の山へ出かける。
 どの山のどの辺に行けば何が採れるのかは、先祖代々受け継がれてきた。
「最近はね、不慣れな人も結構山に入ってくる。で、山菜採りに夢中になっている内に方向を見失い、遭難する人が結構いるんだわ」
 彼に言わせると、こういう人々は非常に迷惑だという。
 まず、山菜を根こそぎ採っていく行動。
 そうすることで、翌年以降、その場所からは目当ての山菜が完全に消え失せてしまうらしい。
 次に、斜面での山菜採りに慣れていないのに、自分は大丈夫と思い込み、急斜面でも登っていく人。
 大抵は足を滑らせ、滑落する。
 安藤さんの目の前に落ちてきた人もいて、タイミングが悪ければ大怪我を負う可能性もあった。
「大体が山菜を入れる袋や籠だけを用意して、草を掻き分けて進むからそういうことになるんですよ」
 安藤さんは小さめの鉈を腰に携帯している。
 笹薮や小枝などは鉈で払いながら進むので、足場の状態を常に確認しながら前に進むことができる。
 必要以上に草木を荒らすことはないが、彼の通ったルートは細い獣道みたいになるので、帰宅の際の目印にもなるという訳だ。
「まあ、慣れない人が鉈を振り回すのも危ないですし、適当な大きさっていうのも人それぞれですからねぇ」
 彼が使用している鉈は、代々受け継がれてきた代物である。
 当然、定期的に手入れは必要だが、最近の軽量の鉈を使わずに愛用するのには訳がある。
「信じられないかもしれませんが、音がなるんですよ」
 高齢により山菜採りを引退した父親から譲り受けるときに聞かされた話だ。
『熊が近くにいるときは、鉈が震えてキーンという耳鳴りのような音がする。そういうときは大人しく周囲を確認しろ。熊との距離があるなら声を出して自分がいることを知らせろ。もし至近距離なら息を殺してやり過ごせ。ただ、気付かれたときはいつでも反撃できるように、鉈は身構えておけ』
 実際に安藤さんはその音を聞いたことが何度かある。
「鉈の震えは携帯のバイブレーションより細かい感じの振動で、例の音の大きさは耳の近くを蚊が飛んでいるような感じです。まあ、蚊よりは高い金属音ですが」
 父親の教えに従い、周囲を窺うと視認できる場所に羆がいた。
 これまでに遭遇したのはどれも一頭で移動していた。
「子連れはヤバいんですよ。子を守ろうとする本能が働くので、結構な距離があっても突進してきますから。自分はラッキーなんですよ」
 これも山菜採りには必要な要素だと安藤さんは言う。
「で、まあ、これも不思議な話ではあるんですが、父親には聞かされていなかった音というのもありまして……」
 ある日の午前中、安藤さんはいつもより一つ先の山の中にいた。
「確かこの辺にわらびがあったはずなんだが……」
 目の前には小さな清水が流れ、いつもならその付近にはわらびが生い茂っていた。
 もう少し上流だったか、と移動する。
 そのとき、腰ベルトに装着していた鉈袋が動いた。
 自分の身体を叩くように、脈動している。
 安藤さんが歩くのをやめても、鉈袋の動きは止まらない。
 歩行によるものではないことがはっきりと分かった。
『キュ――――ン』
 チューニングを合わせるような機械音の後に、読経の声が聞こえてきた。
 その声はどんどんと大きくなり、安藤さんの脳内でハウリングを起こす。
(何? 何だっての、これ?)
 動揺している安藤さんの視界が、何故かスーッと一方へ向いた。
 そこには赤茶色の骨のような物が見える。
(まさか!)
 そこに駆けつけた安藤さんの眼前には、少し肉片の付いた骨が転がっていた。
 きつくはないが、腐臭も感じる。
(これ、人の腕?)
 周囲を見渡すと、彼方此方の骨とズタボロになった衣類の欠片が地面に点在していた。
「ええ、人間でした。山で行方不明になる人って結構多いんです。遭難して獣に襲われたのか、死後、食い散らかされたのかは分かりませんが……」
 遺骸を発見し、動揺しながらも山を下りる途中で、鉈の振動も読経も収まっていることに気付いた。
 その足で地元の警察に駆け込み、再度、現場確認に向かうこととなる。
「後日、三年前に行方不明になっていた人だと判明しました」
 その連絡を受けた夜、就寝していた安藤さんは突然目が覚める。
 視界にはぼんやりと発光した小父さんが立っていた。
 異常な光景だが、特に恐怖心などは覚えなかったという。
『ありがとう。これで家族の元へ帰れます』
 その一言だけを言い残すと、小父さんは姿を消した。
 安藤さんは何とも言えない感情に駆られ、暫く涙が止まらなかった。

「その人の骨、全部が見つかった訳じゃないんですよ」
 恐らく動物が移動させてしまったのだろう。
 何処かに埋められている可能性もある。
「死んで幽霊になったのなら、家族のところにはすぐに行けそうなのに、帰れなかったってことが……。お墓に入るにしても、身体の全てじゃないのなら、何か辛いんじゃないかと思ってしまって……」
 その後も安藤さんは山菜採りの名目で、遺骨の発見現場にしばしば出向いている。
 見つからなかった骨が少しでも見つかれば、という気持ちが足を運ばせているようだ。
「でも、周辺ではもう読経も聞こえないし、鉈も震えないんです。これってやっぱり、骨はその辺にはないということなんでしょうか? それとも、一部でも家族の元に戻ったので、そういう効果が生まれないってことなんでしょうか?」
 残念ながら、その問いには誰も答えられそうにはない。

―了―

★編著者紹介

加藤一 Hajime Kato

1967年静岡県生まれ。老舗怪談シリーズ『「超」怖い話』四代目編著者。また新人発掘を目的とした怪談コンテスト「超-1」を企画主宰、そこから生まれた新レーベル「恐怖箱」シリーズの箱詰め職人(編者)としても活躍中。近著に『「弔」怖い話 六文銭の店』、主な既著に『「弩」怖い話ベストセレクション 薄葬』、「「忌」怖い話」「「超」怖い話」「「極」怖い話」の各シリーズ(竹書房)、『怪異伝説ダレカラキイタ』シリーズ(あかね書房)など。

★共著者紹介

神沼三平太 
つくね乱蔵
内藤 駆
服部義史
久田樹生
橘 百花
雨宮淳司
松本エムザ
渡部正和
高田公太
しのはら史絵
ねこや堂
松岡真事
雨森れに
ホームタウン
鬼志 仁
三雲 央

好評既刊

〈テーマアンソロジーシリーズ〉

音楽に纏わる怖い話「聞コエル怪談」
神と妖の怖い話「妖怪談 現代実話異録」
呪物に纏わる怖い話「呪物怪談」

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