見出し画像

奇怪な事件の発端から徐々に立ち現れる巨大な闇。足掛け五年に及ぶ取材の全記録『煙鳥怪奇録 足を喰らう女』(煙鳥、高田公太、吉田悠軌)序文、試し読み!

奇怪な事件の発端から徐々に立ち現れる巨大な闇。足掛け五年に及ぶ取材の全記録、解禁!

あらすじ・内容


「私、足を食べるんです」
足が痛いとマッサージ店にやってきた客の奇妙な告白。
呪術師になるための修行だと言うが…
――「足を喰らう女」より

膨大な数の怪異を取材し、ネット配信でその恐怖を語り続ける男・煙鳥。
彼の取材録を二人の怪談作家が紐解き、再取材する異色の実話怪談集。
・足の痛みを訴えてマッサージ店に来た女性、呪術師になるために足を食べているからと言うのだが…「足を喰らう女」
・小学生時代繰り返し見ていた奇妙な夢。
 浴槽の蓋が内側から開いていくのを見ている夢なのだが、後年怖ろしい事実が…「見知らぬ風呂場」
・作業療法士が準備をしている間、突如待合室から消えた患者。
 見つかったのは立入禁止のとあるエリアで、しかも驚くべき証言が…「ここで待ってて」
・父と虫取りに入った山で何度も遭遇する母子の姿。すると父の様子がおかしくなり…「採集の夜」

他、全21話収録!
奇怪すぎる実話、その因縁の一部始終がいま明らかになる!

巻頭言 煙鳥

 怪談収集家の怪談語りを怪談作家がリライトする――この『煙鳥怪奇録』シリーズも今回で三冊目となりました。
 今回サブタイトルになった「足を喰らう女」は何年にも亘る体験者と僕、そしてとある女に纏わる実話怪談です。この怪談は一通のメールから始まりました。それはインターネットの怪談配信を通じてどんどん拡大していき、僕の代表作とも言えるものとなりました。
 また、他の怪談も思い出深いものばかりです。取材の最中に起きた僕自身の体験談も、吉田悠軌、高田公太の両名よって命を吹き込まれ、新たに怪談として形を成しました。音声から文章へ。本書で初めて僕の怪談を知った方は次に僕の動画配信による怪談語りをお楽しみいただき、怪談語りを既に御存じの方には本書によって新たな側面にスポットライトを当てられた怪談をお楽しみいただく。それぞれ魅力ある楽しみ方ができると思います。
 表紙デザインはシリーズ当初と変わらずイラストレーター、漫画家の綿貫芳子氏の手によって、独自の世界観を形にしていただきました。是非、読者の方には最後まで怪談の世界に浸りきり、日常を忘れる読書体験をしていただければと祈っております。

試し読み

「採集の夜」高田公太

 優飛は浴槽に浸かりながら、スポンジで足を洗う父の背中を見ていた。
 大きな背中と引き締まった筋肉が醸し出す力強さは、さながらミヤマクワガタのようだ。
 父は尊敬と畏怖、憧れが滲むその眼差しを知ってか知らずか、ふと優飛に顔を向けて微笑んだ。
「今日は虫取りだからな。頑張って起きてるんだぞ」
 優飛はわざと大袈裟に目を見開いてから、父に微笑み返した。
 今晩もカブトムシとクワガタが狙いだ。
 いつだって、かっこいい大きな甲虫が一番だ。
 まだぼくは子供だからいつも布団に入る時間に眠くなっちゃうけど、虫取りのために今晩も我慢するんだ。すっかり身体が温まった優飛は既に睡魔が近付いていることを感じていたが、頬を何度か叩いて自分を奮い立たせた。
「今晩もカブトムシがいると良いわね」
 母がコップに注いでくれた麦茶を飲みながら、優飛は少しだけ漬物の匂いが漂う台所の椅子に座りながら、これから始まる冒険に胸を躍らせた。
「ママ、ぼくはミヤマクワガタを狙ってるんだよ」
「あら、そうなのね。ママは昆虫に詳しくないのよ。どんなクワガタなの?」
「かっこいいんだよ。ハサミに角みたいなのが生えてるんだ。凄く強そうな見た目をしてるんだよ。黄金色をしてて……とにかく、かっこいいんだ」
「そうなのね。採れると良いわねえ。ママも見てみたいわ」
 虫取りはいつもお決まりの山で行われた。山までは父が運転する車で向かい、優飛は途中のコンビニで買ったアイスを車中で食べるのが大好きだった。
 籠と虫取り網を二セット持っていく。
 父は虫取りが始まるといつも本気になり、親子はまるで勝負をしているかのように互いの籠の様子を見せ合うのが常だった。
「パパも小さな頃、爺ちゃんと虫取りに行ったもんだ。あの頃も楽しかったけど、今も楽しい。あの山にはもう百回以上は入ってるだろうな。あの山のことなら何でも知ってるよ」
 事実、父は樹液がよく出る木がある場所を幾つも知っていた。
 父の後ろを付いていくと、魔法で呼び出されたように大きな虫が現れることがしばしばあり、優飛も木の場所を覚えようと躍起になってはみたものの、林道を逸れるポイントを掴むのはとても難しく思えた。
 車が山に入ると程なくしていつも父が駐車する路肩に到着する。
 父は大きな、優飛は小さな懐中電灯を持ち、それぞれの虫取りセットを紐で肩から提げつつガードレールを跨いだ。
 山中は緩やかな傾斜こそあるものの、人が歩くに適した広めの獣道がそこかしこに通っていて、子供の足でも往来に全く困難はなかった。
 何度来ても、山は優飛を興奮させた。
 ここには、ごつい甲冑を纏ったお宝がたくさんある。
 今晩はどんな昆虫が待っているのだろう。
 懐中電灯の光を右へ左へ当てながら歩き、優飛は次々と父が誘っていく木から木へと訪れた。
 その晩は大きな羽虫と小さなカブトムシが豊作だった。
 だが、目当てのミヤマクワガタはまだ見つかっていない。
 家にいると纏わり付くような湿気に苦しめられるが、山の中はひんやりとしている。
 森の静けさも心地が良く、優飛は永遠に父と虫取りができたら、どれほど楽しいだろうかと想像した。
 山の奥へ歩を進めると、ふと優飛の目に二つの人影が飛び込んできた。
 電灯を向けると、優飛と同じ歳頃と思わしき野球帽を被った少年と、その母らしき黄色いエプロンを着けた女性が木々の間に立っていた。
 過去にも何度か虫取りをする親子ペアを山中で見かけたことがあった。父と少年。母と少年。母と少女。父と兄妹、兄弟という組み合わせにも遭遇したことがある。
 父が言うには、この山はよく虫が取れることで有名なのだそうだ。
 今日のライバルはこの親子なんだな。
 この親子より先に大きな甲虫を見つけなければ。
 立ち止まって何処かの木の様子をじっと窺う親子を尻目に、優飛は父の背中を追った。
「あの木だ」
 父が振り返り、人差し指を進行方向に振った。
 行く先には途中が二股に分かれた太い幹を持つ樹木が立っていた。
 近付くと、なるほど大量の樹液が幹から滴っている。
 優飛はそこから黒光りする一体のコクワガタを手で剥がし、虫籠に入れた。
 捕まえた甲虫は希少度もサイズもミヤマクワガタには程遠いが、それでも十分に満足できる美しさがあった。
「うん。やっと良いのが見つかったじゃないか」
「そうだね」
「諦めないで足を使うのが大事なんだ。でも、怪我をしないよう気を抜いちゃダメだぞ。もう少し探すつもりだけど、お前は疲れてないか?」
「大丈夫。もっとパパと探したい」
 虫籠の蓋がしっかり閉まっていることを確認して、優飛はまた父の先導に従おうとした。
 すると、前方にあの親子の姿を見つけた。
 いつの間に追い越されたのだろうか。先を行かれると困るというのに。
 優飛は仄かな敵対心を抱きつつ、改めて親子の様子を見た。
 親子は相変わらずただ立って、何処かの木を確かめているようだった。
 尤も、二人は山に慣れていないのか懐中電灯の類を持ってきておらず、それどころか籠も網も所持していない。ひょっとすると、山の虫をただ見物するためだけに、思いつきで山に入っただけなのかもしれない。
 そう思うと、山に似つかわしくない母のエプロン姿も頷ける。
 虫を取らないということは、ライバルにもならないじゃないか。きっとああやって静かに山を見て回るだけなのだ。
「どうした。先に行くぞ」
 優飛はその強い語調にはっとし、既に十歩ほど前に歩みを進めていた父の背中をまた追った。無制限に山にいられる訳ではないので、足を止めていられない。
「……もっと、もっと良い木があるからな。行くぞ」
「うん。あの親子、何なんだろうね」
 父は、その言葉に反応せずどんどん先へ進んでいき、二人の距離はなかなか縮まらなかった。
「パパ、ちょっと待って……」
 優飛はふと心配になり弱音を吐いた。すると父はちょうど横にあった木に抱きつき、揺さぶり始めた。
「この木だよ。この木に虫がたくさんいるんだ」
 薄ら笑いを浮かべて、木を揺する父の向こうにまたあの親子の姿があった。
 あの親子がこれほど速く動いたパパとぼくを追い越せる訳がない。
 また母と少年は暗がりの中でただ立つばかりだった。
「パパ、ほら。人がいるんだ。あの親子だよ。なんだか、変だよ」
 父はその言葉をまるで無視して、抱きついた木を見上げている。
「パパ。変だよ。あの親子、だって……さっきからいつもぼくらの前に……」
「え? 何を言ってるんだ? 誰もいないだろう」
 ひたすら振動を与えられる木からは、まだ虫が現れる様子はない。
「いるよ。これで会ったのは三回目だよ」
「気のせいだろうよ。ほら、虫が落ちてくるからな。見てろ……」
「え……でも」
 と戸惑いを向けた瞬間、木の上からバラバラと大きな何かが数個、落ちてきた。
「ほら! 探せ!」
 わぁっ、と思わず歓声を上げつつ優飛は木の下に懐中電灯を当てた。
「パパ! ミヤマクワガタだ!」
「良かったなぁ、夜更かしして」
「うん! パパ、ありがとう!」
 優飛は丁寧にミヤマクワガタを掴み、籠に仕舞い込んだ。
 父は満足げにその様子を見ていた。
 あとは家に戻って、寝るだけだ。ママがもしまだ起きているのなら、ミヤマクワガタを見せてあげよう。夏休みの思い出がまた一つできた。
 じんわりと胸に満ちていく幸福を感じつつ、優飛は籠から視線を上げた。
「うわっ」
 眼前に親子が立っていた。
 優飛は驚愕のあまり声を上げたきり、ぴくりとも反応できずにいた。
 すると親子は動きを揃えて片腕を上げ、二人で同じ方向を指差した。
 親子は何かを教えようとしているらしい。森の中に何処かに何かがあるのだろうか。
 優飛は促されたほうへゆっくりと顔を向けようとした。
「おおい! こっちにもう一匹落ちてるぞ!」
「えっ! 本当に!」
 父の嬉しい言葉に反応し、優飛はまた地面を探した。
「ほらほら、さっきここに大きいのがいたんだぞ」
「どこどこ?」
 二つの懐中電灯が地面を照らしたが、何処にも父が発見した甲虫の姿は見つからない。
 折角父が自分に手柄を与えるために教えてくれたのだから、何としても見つけたい。
「うん。あっちのほうかな。でも、うん……」
 悔しさで目頭が熱くなるのを感じ始めた頃、父は「そろそろ帰ろうか」と言った。
 帰路の車中、助手席に座る優飛はミヤマクワガタが入った籠を何度も何度も確認した。
「優飛、良かったなあ。お目当てのものを捕まえられたじゃないか」
「うん。嬉しい。でも、あの親子は何だったんだろう。パパも見たよね?」
「いやあ……パパは知らないなあ」
「でも、ぼくは見たんだよ。パパに見えない訳がな……」
「うるさいな!」
 また父の口調が強くなった。今日のパパは時々、こうなる。
 自分は悪いことを何かしているのだろうか。父が怒るのは、決まって我が子が良くない行いをしたときだけのはずだった。
「え。でも……」
「わかってるよ!」
「……わかってる?」
「野球帽と黄色いエプロンした二人だろ!」
 優飛はほとんど怒号とも呼べる父の言葉の続きを黙って聞いていた。
 なぜだか、これ以上父に何かを伝えようとすると、この全てが悪い夢で、折角捕まえたミヤマクワガタがいなくなってしまう気がしたのだ。
「あの親子はパパが子供の頃からいるんだ。あの背格好、あの服装でずっといるんだ。いいか、山の中でいるはずがない人を見ても、気付いたふりをしちゃだめなんだ。そいつらが何かを指差したろ。その方向には人が絶対見ちゃいけない何かがあるんだ、だからお父さんは、優飛がそっちを見ないように、お前を呼び寄せたんだ」
 父は段々と冷静さを取り戻していき、終いにはさながら優飛に許しを乞おうとしているようだった。
「だから、気にしなくていい。何もいなかったんだ。でも、いたって教えた。パパは嘘をついたんだよ。お前のためにな。……爺ちゃんと同じことをお前にすると思わなかったけ
どな。パパも小さい頃、爺ちゃんに嘘をつかれたんだ。パパも見ちゃいそうになったんだよ。あいつらは見せようとするんだ」
「あの人達は何を見せようとするの?」
「優飛、あいつらは人じゃない。もうその話はやめよう。いいか? またあいつらに出会っても、気付かないふりをしろ。その約束を守れたら、また虫取りに連れていってあげるからな」
「……うん。分かった」
 ミヤマクワガタにはあの親子が見えていたのかな。
 優飛は籠を抱きしめたまま、いつしか眠ってしまった。

 

―了―

◎著者紹介

煙鳥 Encho (編著・怪談提供)

怪談収集家、怪談作家、珍スポッター。「怪談と技術の融合」のストリームサークル「オカのじ」の代表取り締まられ役。広報とソーシャルダメージ引き受け(矢面)担当。収集した怪談を語る事を中心とした放送をニコ生、ツイキャス等にて配信中。 怪談収集、考察、珍スポットの探訪をしてます。VR技術を使った新しい怪談会も推進中。2022年、自身の名を冠した初の怪談集『煙鳥怪奇録 机と海』、第二弾『煙鳥怪奇録 忌集落』を吉田悠軌、高田公太の共著で発表。その他共著に『恐怖箱 心霊外科』『恐怖箱 怨霊不動産』『恐怖箱 亡霊交差点』(以上、竹書房)がある。

高田公太 Kota Takada(共著)

青森県弘前市出身、在住。O型。実話怪談「恐怖箱」シリーズの執筆メンバーで、元・新聞記者。主な著作に『恐怖箱 青森乃怪』『恐怖箱 怪談恐山』、編著者として自身が企画立案した『実話奇彩 怪談散華』、その他共著に『奥羽怪談』『青森怪談 弘前乃怪』『東北巡霊 怪の細道』、加藤一、神沼三平太、ねこや堂との共著で100話の怪を綴る「恐怖箱 百式」シリーズ(以上、竹書房)などがある。2021~22年にかけて、Webで初の創作長編小説「愚狂人レポート」を連載した(https://note.com/kotatakada1978/)。

吉田悠軌 Yuki Yoshida(共著)

怪談サークルとうもろこしの会会長。怪談の収集・語りとオカルト全般を研究。著書に『新宿怪談』(竹書房)『現代怪談考』(晶文社)、『オカルト探偵ヨシダの実話怪談』シリーズ(岩崎書店)、『一生忘れない怖い話の語り方』(KADOKAWA)、「恐怖実話」シリーズ『怪の遺恨』『怪の残滓』『怪の残響』『怪の残像』『怪の手形』『怪の足跡』(以上、竹書房)、『怖いうわさ ぼくらの都市伝説』シリーズ(教育画劇)、『うわさの怪談』(三笠書房)、『日めくり怪談』(集英社)、『禁足地巡礼』(扶桑社)、共著に『実話怪談 牛首村』『実話怪談 犬鳴村』『怪談四十九夜 鬼気』『瞬殺怪談 鬼幽』(以上、竹書房)など。月刊ムーで連載中。オカルトスポット探訪雑誌『怪処』発行。文筆業を中心にTV映画出演、イベント、ポッドキャストなどで活動。

好評既刊

みんなにも読んでほしいですか?

オススメした記事はフォロワーのタイムラインに表示されます!