祓い屋、呪い師は実在する。「箱」に纏わる奇怪な恐怖実話『実話怪談 封印匣』著者コメント・試し読み
祓い屋、呪い師……視える人たちの生きる壮絶な世界。
箱に纏わる奇怪な恐怖実話!
内容・あらすじ
仔盗匣。
「これ何て読むと?」
「ことりばこって読むとたい」
――「もう一つの、匣」より
寡作ながら強烈な「引き」を持つ著者の待望の初単著。
組が所有する物件の地下に隠された「処理部屋」。誰もいないそこから赤子の声が…「業報」
漁村の稲荷神社で失踪した少女。発見された時に握りしめていたサイコロのような箱は…「最初の箱」
蟲毒を扱う呪い師の血を引く一族。本家に祀られた厳重な封を施された小箱の正体は…「もう一つの、匣」
煉瓦造りの正方形の家の真ん中に作られた謎の空洞。そこに納められた恐るべき呪い人形…「咒いの家」
友人の家の密室に安置された黒い漆塗りの箱。中には恐ろしいものが…「箱――次は」
職場の先輩の家で見せられた「うがみさまの箱」。代々選ばれた女性が中に入るというのだが…「うがみさま」
病気の少年と少女の姿を模して作った一対の球体関節人形。少年の死後、異変が…「初戀」
ほか、血と地の因縁がつなぐ空恐ろしき実話を収録。
著者コメント
試し読み1話
最初の箱
五歳の頃であったと思う。当時、紗和は人や動物等の霊とは全く違う「人ならざるもの」をよく見ていた。
雨と一緒に空から降ってくる、手足の生えた透明なキノコ。
楽しそうにお喋りして笑う、頭部が花の女の人達。
一升瓶の頭を持つ着物を着た男。
神社の古木には紙垂で顔を隠した老人がいて、空には身をうねらせて悠々と泳ぐ龍の姿があった。
今思えば、自然霊と言われる類のものだったのだろう。幼かった紗和には、それらと「人間」との区別が付かなかった。
紗和の母はそういった資質を全く持っていなかった。そのためか、幽霊ではないおかしなモノのことを、そこに当たり前に「在る」ものとして口にする娘を持て余した。
加えてこの頃の紗和は夜驚症も酷かった。昼は訳の分からないモノの話をし、夜は絶叫して飛び起き泣き叫ぶ娘の様に次第に追い詰められた母は、ノイローゼに陥った。
それを見かねたのか、紗和を母方の伯父のところに預けるよう言ったのは祖母だった。
「目ぇはくれてやれ。お前はまだ音がある」
出発前、紗和に祖母はそう言った。いや、「音」だったのか「喉」だったのか。その辺は少し判然としないが、何分にも五歳の幼児の記憶だ。ただ、さっぱり意味は分からなかったが、とにかくそう言われて送り出されたのを覚えている。
伯父の家は背後に山を従えた海辺の小さな漁師町で、遊び場らしい遊び場もな
かった。
なので紗和はよく一人で稲荷を祀る近くの神社に行った。そこには浅葱色の着物を着た青年がいて、いつも紗和の遊び相手になってくれたからだ。
その日、いつものように神社へ遊びに行くと、青年の姿が見えない。珍しいこともあるものだ。いつ来てもここにいたのに。
青年を探して視線を転じた先、境内の真ん中から「何か」が出てくるのが見えた。
瞬間、目に映る全ての色が反転した。銀塩写真のネガフィルムのような色彩はただ不気味で、ひたすらに恐ろしかった。
目の前を悠然と通り過ぎる行列。異様に大きかったり細かったりする頭の者どもが、畳でできた簡素な乗り物を担いでいる。その上には紙か布で顔を隠した人が乗っていた。
鳴り響く太鼓。しゃん、しゃん、と振り鳴らされる鈴の音。りんりん、ちんちん、と目を凝らしても姿形の分からないものが何か楽器を鳴らしている。得体の知れない恐怖に身動ぎもできなかった。
「あれに連れて行かれるより」
――私といるほうがいい。ね?
いつの間にか紗和の後ろに青年が立っていた。目の前の異形がただ怖くて、青年の言葉に何度も頷いた。
「私と一緒においで」
多分そんなふうなことを言われたと思う。その刹那、祖母の言葉が頭を過った。
『目ぇはくれてやれ。お前はまだ音がある』
「目なら! 目ならあげる!」
何度もそう言い募った。
肩を掴まれ、揺さぶられる感触で紗和は我に返った。伯父が酷く狼狽した様子で顔を覗き込んでいた。
体感にして数時間とも数十分とも思われたあの出来事が、実際はもっと時間が経っていたのだと知らされた。三日間、紗和は行方知れずだったのだ。
このとき紗和をこちら側に連れ戻すために尽力してくれたのは、伯父が住む集落の呪い師の老女で、これ以降紗和とは長い付き合いとなる。
そうして戻ってきた紗和の手の中には、一センチ四方のサイコロのようなものが握り締められていた。竹のような素材でできたそれは、振るとカラコロと僅かな音がして中が空洞であろうことが窺えた。
――これは箱だ。そう直感した。
生還した紗和は伯父の家から自宅へ帰された。箱は帰宅してすぐ祖母に取り上げられた。寡黙ではあるけれどいつもは優しい祖母が、そのときばかりは酷く怖い顔をしていたのが鮮明に記憶に残った。
「お前は神社に行ってはいけない。そこで誰に何を言われても約束をしてはいけない」
しつこいくらいに祖母にそう言い含められ、塩と米、小豆の入った手作りの御守りを渡された。高校に上がる頃になくしてしまったが、祖母はその数年前には亡くなっていたため、それからは自ら見様見真似で作っている。
目を奉じたからだろうか、あれからあの青年に直接逢ったことはない。ただそれは紗和の目には触れないというだけで、周囲には時折目撃されているらしい。
「あの青い着物を着た人、さぁちゃんのお兄ちゃん?」
「あの人彼氏? 今時着物ってなくね?」
「お前、浮気してるだろ。何だあいつ。着物なんか着て俺のこと睨みやがって」
小学校で、中学時代、高校生になってからも、当時の友人や彼氏に度々そう言われた。
「昼間お電話したとき、御主人にもお話ししたのですが」
「御主人、凄くイケメンですね。いつも着物で、御職業が何か着物に関わることですか?」
不在時に掛かってきたセールスの電話にも対応している節さえある。コンビニでは顔見知りの店員に声を掛けられた。
身に危険が迫ると夢に現れて忠告してくれたり、対処してくれたりするので、護ってくれてはいるのだろう。
ただ、強請られる対価にちょっと困ることがたまにあるけれど。
―了―
著者紹介
ねこや堂 Nekoya-do
九州在住。実話怪談著者発掘企画「超-1」を経て恐怖箱シリーズ参戦。
現在、お猫様の下僕をしつつ細々と怪談蒐集中。B型。
主な共著に「恐怖箱 百物語」シリーズ、『追悼奇譚 禊萩』、「現代実話異録」シリーズなど。