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注目の初単著、怪の狩人が紡ぐ血腥い実話奇譚!『忌狩怪談 闇路』紹介&試し読み

街と山とを股に掛け、とびきり危険な怪を獲る――
怪談狩人が捌く禁忌の腸!

あらすじ・内容

普段は街で働き、時折山に入って猟をする。
ある日は人と会話し、また別のある日は獣の呼吸を聞く。
そして、そのどちらからも怪を蒐集する……異色の女流・若本衣織が放つ生々しき実話怪談集。
●貧しい一家が外食をする晩、家に恐ろしいモノがやってくる…「寝ずの晩」
●自宅の玄関に忌中札を貼る奇妙な夢。夢は意外な結末に繋がって…「忌中札」
●物理的には何ら問題がないのに、ひどい傾きを感じる新築の家。
古地図を紐解くと忌まわしいマークが…「傾く家」
●猿猟を専門とする父とその息子が受けた凄絶な呪いの顚末…「飛び石」
●船に獣を乗せてはいけない漁師の掟。
禁を破った時に聞こえてきた奇妙なお囃子と宝船の姿…「捌」
他、生き血滴る21話収録!

著者コメント

闇路とは――。
光が差さない暗闇の道であり、心惑い分別のつかない懊悩の状態であり、死出の旅路を指します。一歩踏み出したら後戻りできない、一方通行な悪意。そんな不条理な怪異を蒐集してまとめたものが本書『忌狩怪談 闇路』です。
本書は概ね二つのパートに分かれており、前半は都市の怪談を、後半は村落の怪談を取り上げています。それらを怖いもの好きな読者の皆様方と、手を取り合って歩んでいきたいと思います。路上では、様々な「怖いこと」が起きるかもしれません。車が突っ込んできたり、道に散らばっているガラス片を踏んでしまったり、頭上から鉄骨が降ってきたと思えば、その先にある電柱の陰にはナイフを持った誰かが待ち構えている。本書には、そのような不条理なお話が多く待ち受けています。
ネオンが瞬く都会から離れ、郊外へ、村落へ、山へ、そして海へ。
どうか最後まで手を離すことなく、共に歩み続けていただければ幸いです。

試し読み

「既視感」

 狩猟をされている、中井さんという方から伺った話だ。
 その夜、中井さんはくくり罠の空弾きを直すため、仕事から帰った後に山へと入っていた。
 夜目が利かないので、普段は日が傾いてから山に入ることはない。しかし、猟期も終盤に近付いていたため、中井さんは一匹でも多くの猟果が欲しかった。
 夕刻といっても、山の中はすっかり暗くなっていた。手元が辛うじて見えるくらいだ。このままでは帰りは真っ暗な中を歩くことになる。
 急がなくては。
 背を丸めて、大慌てで罠を掛け直す。まさにそのときだった。
 背後から強烈な視線を感じ、ぞくりと鳥肌が立った。思わず振り返ると、中井さんの五メートルほど後方に、六十代半ばくらいの登山服姿の男性が立って、ぼんやりとこちらを見ていた。
 まるで木から生えたキノコのように、半身だけをニュッと突き出している。
 ギョッとして飛び上がりかけたが、同時にその男性の顔に既視感を覚えた。
 男性がいる場所は既に闇に沈んでいて、よく見えない。だが、見えない一方で何処か見覚えがある。恐怖心よりも、その引っ掛かりが中井さんをその場に留めた。
 そのとき、不意に男性が口を開いた。何かを言っている。
 耳を澄ましても、まるでテレビの砂嵐のようにザーザーと妙な音が聞こえるだけで、喋っている内容が分からない。
 一見すると異様な光景ではあるものの、そのときはまだ、中井さんは人工声帯を使用している登山客だろうと思っていた。たまたま自身の友人がそうであったため、寧ろその声に親近感を覚えていた。
「何言っているか分かんねぇよ。こっち来てくれ」
 中井さんの声掛けに対し、男性は相変わらず半身だけの状態で、それでも必死な形相で何かを訴えかけてくる。その声は依然として、ザーザーとノイズのようにしか聞こえてこない。
 ここにきて、漸く中井さんも気味が悪くなってきた。
 何か言いたいことがあるならば、そんな覗き見のような格好ではなく、こちらへ来れば良い。まるで、自分を傍まで呼び付けているみたいじゃないか。
 殆ど睨み合いのような状況が五分ほど続いたところで、中井さんは奇妙な変化に気が付いた。今まで殆どノイズのようだった声が、少しずつ明瞭になり始めたのだ。
「ここから先に行けないんだ」
「ずっと下りられずにいるんだよ」
「あんた、聞こえているんだろ。助けてくれ!」
 まさか、遭難者か。
 それならば必死な様子なのにも合点がいく。辺りは闇に沈みつつある。もし怪我でもしていれば、麓まで下ろすのにも難儀だろう。
「ちょっと待ってろ。今、そっちに行くから」
 そう言って立ち上がり、懐中電灯を男性のほうに向けた。しかし何かが変だ。懐中電灯を照らしながら近付く。違和感を覚えて、立ち止まった。
 色がない。懐中電灯の光で照らされた男性は、まるで新聞紙から抜け出してきたみたいに、服も皮膚も、全て白黒だった。
 背を向けて走り出した。背後からは男性の助けを呼ぶ声が聞こえていたが、距離が開くに従い、またザーザーとノイズのような音へと変わっていった。
 大慌てで山を駆け下りた後でも、中井さんは生きた心地がしなかった。
 怖い。怖い。怖い。自分自身が見たものが、何なのか分からなかった。
 どうにか人心地着きたくて、開いたばかりの行きつけの居酒屋へと駆け込んだ。
 焼酎を出してもらい、一気に煽る。そこで漸く、身体が震えてきた。しかし、あの男性は誰だったのか。初めて見たときに覚えた既視感の正体が掴めない。
 そのまま小一時間ほど呑んでいた中井さんは、尿意を覚えて席を立った。用を足し、手洗い場の壁を見た瞬間、小さく悲鳴が漏れた。
 もう十年以上貼られている行方不明になった登山者の写真。最早色が抜けて白黒になった写真の主こそが、あの男性だったのだ。

「あのとき、夕闇がこっちとあっちの境界を曖昧にしちゃったせいで、偶然チャンネルが合っちゃったんだろうな」
 以降、中井さんが暮れ時の山に近付くことはなくなったという。

著者紹介

若本衣織 Iori Wakamoto

第2回『幽』怪談実話コンテストで「蜃気楼賞」に入選。近年は様々な怪談会に顔を出しながら、自身が集めた怪談語りを行っている。趣味は廃墟巡り。主な共著に、神沼三平太とのふたり怪談『実話怪談 玄室』(竹書房)、『趣魅怪談』(彩図社)、『怪談実話コンテスト傑作選2 人影』『怪談実話NEXT』 (MF文庫ダ・ヴィンチ)がある。

好評既刊

「実話怪談 玄室」


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