死霊、怨霊、生霊、あやかし…得体の知れぬ怪異の中から「不吉なもの」を中心に収録した現代の百鬼夜行!『現代雨月物語 式神異談』(籠三蔵)著者コメント、試し読み!
有象無象の魑魅魍魎が跋扈する、
百鬼夜行のような「現実」がここにある。
人知を超えた怪、神とあやかしが対峙する戦慄の実話異談!
あらすじ・内容
「屍肉を貪る黒い異形がこちらを睨んだ…」
ーー「野狗子」より
死霊、怨霊、生霊、あやかし…
得体の知れぬ怪異の中から「不吉なもの」を中心に収録した実話異談集。
・福島の港町に出る黒い四つ足の化け物。
巡回中に石を投げつけた自衛官はとり憑かれ、命をつけ狙われ始める…「野狗子」
・病棟に出るうさぎの靴下を握った女の子。
遊ぼうと声をかけられた入院患者が次々と亡くなり…「うさぎの靴下」
・秩父三峯神社の昇殿祈祷で脳裏に浮かんだ白い仔狼。
ご眷属拝借では家に帰るまで振り返ってはならない決まりだが、後をついてくる気配に振り返ると…「戦う力」
・怪談イベントで心霊スポットの映像を目にした夜に見た悪夢。
目覚めると黒焦げの男と烏帽子に狩衣姿の男性が部屋にいて…「狩衣」
ほか、現代の百鬼夜行全28話!
著者コメント
試し読み
「怪談ライブの夜」
こちらも再び、筆者自身の体験である。
今から十数年前の夏、実話怪談をポツポツと執筆し始めた辺りのこと。
執筆者同士のオフ会から知己を得て、当時の私は知り合った怪談執筆者の方々の怪談会やトークライブが開催されると、よく足を運んでいた。
とはいえ、私のこれまでの著作に目を通されている読者の方なら御承知かと思うのだが、同時にこの手の話には、結構な確率で「痛い目」に遭っている。
そんな目に遭わないようにと、この当時は様々な防御法を取っていたが、そのひとつに「怪談会の帰りには、いつも通っている道を使わないで、回り道をして帰る」というものがあった。所謂、陰陽道でいう「方違」の応用のようなものだ。
怪談会の場が迫真過ぎて色々なものが集まってしまい、そのひとつが自分に付いてきてしまったら?
そんな不安を覚えるような場面が実話怪談系では、幾らでも登場してくる。
伝染系の強い怪談、障りのある怪談から身を護る為に神棚を勧請しはしたが、まだ日も浅かったので、思い付く限りの手段は講じておこうと考えていたのだ。
この日の怪談会は、当時吉祥寺にあった怪談居酒屋(現在は廃業)で毎週土曜日に開催されていた「怪談ライブ」であった。
現在、怪談界では実力・人気共に五本の指に数えられる、怪談作家のYさんがリーダーを務めている怪談サークル主催のライブであり、未発表の怪談の生語りや心霊写真、現地レポートなども交えて、なかなか見応えのあるもので、執筆以外には目もくれていなかった当時の私は「こんな世界もあるんだ」とひどく感心したものである。
さて、その日のライブのメインの出し物がどんなものだったのかは、流石に忘れてしまった。ただ、その夜も、ライブ終了後の異様な興奮と余韻が残り、私はしこたま酔いながらも、主催者のYさんやIさんらと実話怪談について、熱く意見を交わし合った記憶が残っている。
この居酒屋のあった吉祥寺は、私の自宅から、JRと私鉄を乗り継いで、一時間半程掛かる。すっかり話に夢中になっていた私は、私鉄の終電乗り継ぎの時間が迫っていることを知り、YさんやIさんに頭を下げると、慌てて会場の居酒屋を後にした。
普段であれば酒盛りの場といえども、時間に余裕を持って早めに引き上げるのだが、恐らくその時期は、趣味を同じくする人達との新しい関係が楽しかったのであろう。私鉄の乗り継ぎ時間には間に合ったが、しっかり最終電車となってしまい、降車駅の階段を下りている頃、時刻は既に午前一時を回っていた。
改札を抜けると、そこは既に寝静まった駅前通りであり、一緒に降りた乗客らの姿も直ぐに見えなくなってしまった。そしてそこまで来て気が付いたのだが、この頃の私は先に申した通り、怪談会や怪談ライブに参加した後は、最寄りの出口とは反対側の出口から降りて、その近くにある神社の鳥居を潜ってから自宅に戻るようにしていた。
ところがこの日は、乗り継ぎに慌てていたせいか、何と自宅に近い側に降りてしまったのだ。そこから先の神社までは片道二百メートル程離れており、ここを往復してから自宅に戻ると三十分程時間を食う。翌日は日曜であったものの、時刻は午前二時を回ってしまうだろうし、事故にあったのではと家内に心配されかねない。束の間迷ったが、この時は真っ直ぐ家に帰ることにした。
酒が回り過ぎていて気が緩んでいたせいもあったのだろう。縁起を担ぐ私にしては珍しい選択ではあったが、とにかくその晩は、まっしぐらに家に向かってしまったのだ。玄関のドアを開いて「ただいま」と声を掛けると家内はまだ起きていて、深夜ドラマを見ていた。
時刻は一時半を回った位。
そのまま風呂に直行し、家内のテレビに少々お付き合いをして、就寝したのは午前二時半辺りだったと思う。
夜中に「ううー」という唸り声で目が覚めた。
薄明りの中で壁の時計が目に入る。
午前三時半。ベッドに入ってから、まだ一時間程しか経っていない。
慌てて電気を点け、ふと脇を見ると、隣に寝ている家内が「ううー、ううー!」と呻き声を上げ、胸の辺りを掻き毟りながら苦悶の表情を浮かべている。
一瞬、頭が真っ白になってから、今晩が怪談ライブ帰りで、しかも「方違」を行わず帰宅したことを思い出し、私は戦慄した。
家内は余り怪談に興味を持たないし、障りそのものを信じている方でもない。しかも寝付きが良く、一度寝たら爆睡のタイプで、こんな風に苦悶の表情を上げて呻いているところなど見たこともない。当然ながら芝居は有り得ない。
ライブから真っ直ぐ戻った晩に限って、それが起きてしまったという事実が私の心を慄かせた。
ひょっとしたら只の悪夢に魘されているだけかもしれないと、そのまま二十秒程凝視していたが、収まる気配は全くなく、途方に暮れた私は思い切った平手打ちを、家内の右頬にかますこととなった。
バチーン!
目を白黒させながら上体を起こした家内は開口一番、
「……怖い夢を見てた……」
その夢の内容というのが、只事ではなかった。
――そこは、私達の住む自室マンションの玄関前だそうなのだが、そこには赤黒い肉の塊のような赤ん坊がいて、そいつは我が家の玄関ドアにめり込み、部屋の中に侵入しようと試みている。
だが、何故かそれは思うに任せず、ドアの真ん前で必死に藻掻いている――
そんな場面を、第三者視点で見ている夢で、そのあまりの気味悪さ、悍ましさに怖くなって声を張り上げていたそうなのだ。
(やっちまった……)
思わず私は心の中で呟いた。
実は、我が家の玄関ドアの内側には、勧請した神棚の神社の御札が貼り付けてある。いつか私の気が緩んで、こういうことをしでかしてしまうかもしれないと、保険のつもりで貼っておいたものだが、まさかこんなに早く出番が来てしまうとは。
そして、今回こそは霊現象否定派の家内といえども「あなたが怪談なんてやってるから、こんな変なのが現れた!」と罵倒されるのを覚悟した。
何しろ家内はYさんの怪談ライブに行ったことを知っているのだから、肉の赤ん坊が現れた原因は私にしてみれば明白なのである。会場から付いてきたモノに違いないと。さすがに今回は「怪談関係一切禁止!」と釘を刺されるだろうと私は肩を竦めた。
ところが。
「……ああ怖かった。じゃお休みね」
家内は、そのままタオルケットを掛けて寝てしまったのである。
信じていないということは、ある意味、何よりの魔除けなのかもしれない。
翌日、玄関を開けてみたが、ライブ先から付いてきたと思われる肉玉の残滓はどこにもなく、家内にも話題にされなかったので、私は現在もこうして無事に、怪談異談の類を綴っている。
果たして、付いてきたモノが、人に仇為す存在であったかは定かではないのだが、その日から、私が玄関のガードを二重三重に強化したのは言う迄もない。
―了―
◎著者紹介
籠 三蔵 Sanzo Kago
埼玉県生まれの東京都育ち。山野を歩き、闇の狭間を覗く、流浪の怪談屋。尾道てのひら怪談大賞受賞。主な著書に『方違異談 現代雨月物語』『現代雨月物語 物忌異談』『現代雨月物語 身固異談』、共著に『高崎怪談会 東国百鬼譚』(ともに竹書房)がある。