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余計なことは考えるな、そして忘れろ。いま、目の前のことに意識を集中しろ。お前は次の道へ進むだろう。 「さとりをひらいた犬/ほんとうの自分に出会う物語」無料公開/第16話(無料公開最終話)

 【第16話】


 ゾバックは遠くを見つめ、話り始めた。


 「私は、ここよりはるか北の凍てつく大地にある、黒い森で生まれた。私が物心ついた頃、父も母も死んだ。戦いに敗れ、私の目の前で殺された。戦いに敗れたものは生き残れない。黒い森では自分や家族を守るために戦うか、戦わずに他者に隷属し、奴隷となって生きるのか、その2つの生き方しか存在しなかった。私の両親は奴隷になることを拒否し、戦って死んだ。運よく生き残った私は、必然的に強くならねばならなかった」
 ゾバックは懐かしそうに目を細めた。


 「私は生き残るために闘いに勝つ術を身につけた。そして、勝つためには何でもやった。そうしなければ生きられないからだ」


 そこまで言うと、視線を遠くに投げかけた。夜空には星たちが相変わらずきらめいていた。


 「そして、いつの間にか、私は黒い森で最強になっていた。私に逆らうものは誰も居なくなっていた。しかし、私はそれでも安心できなかった。なぜならば、いつ私よりも強い相手が出てきて私を打ち負かし、私の命を奪っていくかもしれない、と思っていたからだ」
 そう言うと、今度は僕の目をじっと見た。


 「そう、そのころの私は、いつも私自身の“恐怖”によって支配され、恐怖によって闘っていたのだよ」
 ゾバックは、少し自嘲気味にニヤリと笑った。


 「私はいつも自分が闘いに敗れ、相手に命を奪われる場面を想像した。そして、それが現実にならないように必死で生きていたのだ」
 ゾバックは少し悲しそうな目をして、夜空を見上げた。


 「私は周辺の森や平原、あるいは湖や山々に住んでいる強者たちとの闘いを求めた。全ての強者を倒し尽くせば、恐怖におののく私の心に平安が訪れると考えたのだ」


 「すべてを倒し尽くす…そんなこと…」


 「ふふふ、そして私は近隣の全ての強き者たちを倒し、そう、極北の大地から黒い森、オライオンの草原やアマナ平原、そしてここベレン山はもとより、北の谷を含む全ての存在の頂点に立っていた。今から十年以上前のことだ。もちろん、人間たちも私を倒そうとしたが、私の相手ではなかった。なぜなら、私は私自身の“恐怖”以外に恐れるものはなかったからだ。戦いにおいては“恐怖”を感じずに“無”になれる者が最強なのだ」


「北の谷には、コウザはいなかったのですか?」


「コウザ…。コウザは無益な戦いをしない。当時の私はコウザのことを臆病者呼ばわりしたが、そうではなく、私が未熟だったと今は知っている。私は北の谷を越えて西の森に向かった。当時、西の森には私と双璧と言われていた大熊『ベルゲン』が存在した。私は『ベルゲン』を討ち取るべく、西の森に行ったのだ」


 西の森…僕の時代には西の森は巨大な白馬『白帝』が治めていた場所だ。
「しかし、私が西の森に到着する直前、『ベルゲン』が討ち取られた、と伝え聞いた。正確には討ち取られたのではなく、闘いを放棄したということだったようだが…」
 そこまで話すと、ゾバックは視線を夜空から僕に合わせた。


「それでは『ベルゲン』を倒した者はいったい何者か? あのベルゲンを、私にとって最後の強敵と言われていたあの大熊に戦いを放棄させたほどの強者とは、いったい何者なのか? 私は“恐怖”した。『ベルゲン』を倒した者こそ、最後の強敵に違いない。はたして私は勝てるのだろうか? しかし、だからこそ私は自分の“恐怖”に打ち勝たねばならなかった。この強者に勝つことによって、真の安心を手に入れなければならなかったのだ。私は西の森に入った」


 そこまで聞いていた僕は、思わずゴクリとつばを飲み込んだ。


「私の“恐怖”による闘気がよほど強かったのだろう、西の森に入ると、すぐに小さな動物たちが私の気配を感じて騒ぎ、逃げ出し始めた。私はそんなことはおかまいなしだった。逆に私の存在を皆に知らせたほうが、これからの展開が速いと考えていた」
 確かにそうだ…僕はあのゾバックと出会ったときのことを思い起こした。


「しばらく歩くと私の視界に私と同じくらいの大きさの黒い大熊が現れた。『ベルゲン』だった」


 僕は想像した。静かな緑のあふれる森の中で向かい合う、二頭の巨大な大熊…。


「私はベルゲンに聞いた。


“お前は戦いに敗れたのか?”


すると、ベルゲンは


“そうだ”
と言う。そして


“ついてこい”

 
と言った。私はさらに聞いた。


“私が何をしに来たか、分かるだろうな”と。


ベルゲン
“分かっている。来れば分かる”と答えた」


しばらく歩くと、私の前に、白銀に輝く馬が現れたのだ」


 ゾバックは視線を夜空に向けたまま、目を細めた。


 『白帝』? 


 いや、十年前だとすると、その父親かもしれない。もしくは祖父か?


 「私は、この私とほぼ同じほどの大きさと攻撃力を持つ大熊が、この白馬に敗れるとは到底思えなかった。しかし、私はこの白く輝く白馬と目を合わせたとき、全てを悟った、いや、知ったのだ」


 ゾバックは視線を落とし、落ち葉と枯れ枝を敷き詰めた床をじっと見つめた。近くで虫たちがりーりーと気持ちよさそうに鳴いている。ゾバックが黙ると虫たちの鳴き声がいっそう大きくなるような気がした。しばらくの沈黙の後、ゾバックは静かに言った。


 「私は、敗れた」


 「敗れた…負けたのですか?」


 「ふふふ。そうだ。私は、生涯、初めて、敗北した」


 しかし言葉とはうらはらに、ゾバックの表情は安らぎとやさしさに満ちていた。


 「そうして、やっと…やっと…私は“恐怖”から解放されたのだ」


 そうか…


 だから、赤い魔獣は消えたんだ。


 『赤い魔獣』が突然消えてしまったことは、猟犬たちの間でも七不思議のひとつになっていた。
 ゾバックは自らの“恐怖”から解放され、戦う理由がなくなったのだ。だから『赤い魔獣』伝説も消えたんだ。


 ゾバックは、僕を慈しむように見た。


 「目の前に展開する状況で不安や恐怖を感じたとき、思い出すがよい。それは現実ではなく、己のこころが創り出した幻想だということを。そして、ほんとうの自由を得たいのであれば、幻想を見抜くことだ。決して幻想につかまり、幻想の奴隷になってはならない」


 「はい」


 「“恐怖”や“不安”と対決し、乗り越える力は“勇気”だけではない。もう一つ、大きな力がある」


 「もう一つの力?」


 「そうだ。もう一つの力、それはとてつもなく大きな力だ。いま、私がお前にこれを話してもかまわないが、私の『魂の声』は“まだ早い”と言っている。ものごとには順番がある。だからやめておこう。いずれ、お前にも分かる時がくるだろう」


 「…」


 「私の話を聞いて“知識”として理解しても、意味はないのだ。“身体”と“エゴ”と“魂”の三つで理解することが大切なのだ。それには相応の“体験”が必要だ。お前にはまだその“体験”がない。我々は体験を通り抜けることで理解する存在なのだ。ゆえに、私からここで聞いたことは知識となってしまう。知識は必要ない。知識は無駄だ。知識など体験の邪魔者以外の何ものでもない」


 「…」


 「お前が『魂の声』によって導かれ、ハイランドへ向かうのであれば、いずれはそれ相応の体験をすることになるだろう。物事には順序というものがある。それは自然にやってくる。その流れを受け入れ、流れに身を任せるがよい」


 「はい」


 「だがこの言葉もまた知識でしかない。余計なことは考えるな、そして忘れろ。いま、目の前のことに意識を集中しろ。私がお前に伝えられることはそういうことでしかない。そしてそれはもう伝えた。お前は次の道へ進むだろう」


 次の道…


 「アマナ平原に行け。そこにチカルという街がある。そこに行けば分かる」


 「アマナ平原のチカル…ですね」


 「お前自身の『魂の声』を信頼することだ」
 「はい」


 「ジョンよ。腹が減っただろう。お前の後ろの木の穴にイモや木の実が入っている。好きなだけ食べるがいい。私もいただこう。今日は私も気分がいい」
 ゾバックは立ち上

がり、ジョンの後ろにある木の穴に歩いていってイモや木の実をドサッと広げた。


「ありがとうございます」


 その晩、ゾバックからたくさんの冒険談を聞いた。それはとても奇想天外で、実に面白く、忘れられない夜になった。


(無料公開・終わり)


16話に渡って無料公開にお付き合いいただき、ありがとうございました。

アマナ平原に向かったジョンは、意外な相手に出会います。

そこでまた、新たな気づきの冒険が始まります。

ジョンの「ほんとうの自分」ほんとうの自由」に出会う旅は、この先も続きます。

預言者クーヨ、女神シャーレーンやその仲間たち、そして賢者レドルク…様々な出会いと冒険を経て、ついにハイランドへ…。

そのときジョンは一体何を体験し、何を知り、何を理解するのでしょう?

この先の「ジョンの物語」は、こちらからお楽しみくださいね。

SBクリエイティブさんより、2021年12月12日発売予定です。

僕の肺癌ステージ4からの生還体験記も、よろしければ。



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