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【小説】 ショットスポット 【ショートショート】

 ナイス、シャッター。藪の中に身を這わせながらフェンスの奥へバズーカのようなレンズを向けていると、男の本能が震え出す。鬱蒼とした森の隅っこで、俺はまるでスナイパーにでもなった気分になっていた。そのおかげで、今日はこれで百二十二枚目の青春をシュートすることに成功した。

 汗を流す若者達を収める俺のような連中は、世間から牙を向けられてしまうことが多い。特に女子陸上をターゲットにする連中はそれこそ「性犯罪者」のレッテルを貼られがちだし、事実そういう輩が多いのは確かだ。
 そんな奴らと一線を画す為にこうして藪の中に身を潜めてはいるが、バレるのも時間の問題だろう。しかし、俺には例えバレたとしても絶対に追及を免れる自信がある。それは揺るぎない事実であり、そして、レンズを向けた先にあるのが青春ではなく、性春であることもまた事実なのだ。

 いつも通り枯草を掻き分け、俺だけのショットスポットに迷彩用のネットを張る。
 服装だって完璧な迷彩服に身を包んでいる。これなら遠目で見たら俺が何処にいるのか、兵士でもない限り分かりはしないだろう。
 そう思っていたが、想定よりも早く奴らは俺を嗅ぎ付けてやって来やがった。
 草を掻き分ける複数の足音が聞こえたと思い振り返ってみると、彼らはすぐ近くまで迫っていた。俺は彼らを無視し、シャッターを押し続けた。

「すいませんねー、ちょっと確認よろしいですか?」

 出た。やはり、そう来たか。俺は身体中についた葉を払い落しながら、ゆっくりと立ち上がった。制服姿の四人の屈強な男達が逃すまいと、つかず離れずの距離で俺を取り囲み始める。

「どうもー、警察ですけど。あの、お兄さんここで何してました?」
「撮影ですけど」
「撮影ってあれですよね? あのグラウンド?」
「え? まぁ、はい」
「悪いんだけど、一応写真の方を確認させてもらっていいですか? ご協力願えますか?」
「構いませんよ」

 俺は言われた通り奴らに協力する為にカメラを手渡した。四人が四人共カメラに群がると、ぶつぶつ何か囁き合いながら首を傾げ始める。それ、見た事か。

「あのぉ、陸上ですか?」
「えぇ、陸上です」
「えーっとぉ……これなら、もっとお近くで撮ってもらっても問題ないかと思うんですけどねぇ」
「いえ、スポーツジャーナリズムに反しますよ。彼らの神経に障るような真似はしたくないんです」
「はぁ……そういうもんなんですね……こんな藪の中で大変だ。いやいや、ご協力ありがとうございました! 本当、ご苦労様です」
「いえ、こちらこそ」

 思った通りだ。疑われるどころか労われてしまった。
 それもそうだ。俺のレンズが向いている先は女子陸上なんかじゃない。

 男子・砲丸投げ。それ一択以外、ありえない。 

 若い男がフレッシュな汗を流しながら、頑健な金属製の球をぶん投げる。嗚呼、なんてエキゾチックでエロティックなスポーツなのだろう。俺は時折、あの玉になって若い男達にぶん投げられたくてたまらない気分になってしまう。
 趣向として若い男が好きな訳ではない。枯れた男に抱かれる方が包容力も感じられるし、何よりテクニックの面が段違いだ。若い男は抱き心地も悪く、ついつい壊してしまうのではないかといつも気が気ではなくなってしまうのだ。

 しかし、そんな壊れそうな存在があんな無防備に、しかも凶暴な鉄の玉を投げている姿は、性のコントラストとしては最高峰に違いない。

 俺がわざわざ人気のないこんな場所をショットスポットに選んでいるのも、撮影中に興奮が抑え切れなくなるからだ。人前で精を放出しない自信がないからこそ、この藪の中でなら好きな時に好きなだけ放出が可能なのだ。一度の撮影は精々二時間が良い所ではあるものの、その間に毎度五回は放出している。
 家に帰って下着を脱げば垂れた矛先に枯草がくっ付いていることもあり、それを見ると近頃は妙な達成感まで覚えるようになっていた。

 変態だと言われればその通りだと答える他ないが、止めろと言われる筋合いは一切ない。俺は彼らの青春をカメラに収め、それを持ち帰り、そうして一週間の間に何度も自家発電を繰り返しているに過ぎない小市民だ。
 誰に迷惑を掛けている訳でも俺は、性を見守ることが出来る良心的な変態と言えるだろう。
 俺は来週も、再来週も、変わらず藪の中に身を潜めて息を呑む。
 何故なら、スナイパーだからだ。

 春になって新たな生徒が入って来て砲丸投げも心機一転のムードが漂っているようである。
 俺は相変わらず藪の中で彼らを収めていたが、彼らの成長ぶりにたまらずひと擦りしたくて堪らなくなり、ズボンのチャックに手を掛ける。
 二年生になった葛城君。君の上腕二頭筋はまるでスパルタ戦士のように隆起し、青春という薄暗く輝かしい殻を今にも突き破らんと脈動している。

 君に投げられる砲丸はさぞ幸せだろう。こんなことを言うのはご法度と分かってはいるが、稀に君に投げられたいと願う自分を抑えられなくなる。先週手紙を書いてしまったが、思い直して捨てることにしたんだ。それをしてしまったら、俺はいよいよ自分が止められなくなりそうだから。駆け出した途端に腓腹筋が微かに震え、そうしてから膨らみを増すことを君は知っているだろうか? 少なくとも、俺は知っている。君は自分の後姿の美しさに、いい加減気付いた方が身の為だ。君に踏まれる地面も、君に着られるウェアも、履かれる下着も、全てが幸せ者だ。そう、君は誘惑のハーメルンだ。 
 関するモノたちを悉く幸せへと誘い、自分のものにしてしまう。なのに、君の肌に流れるその汗は、俺の舌へと流れることなく、無駄に大地に落とされてしまう。なんて、悲しい現実なのだろうか。せめて、一度だけで良い。君の側で、君の汗の匂いを嗅げたなら。俺は生まれて初めて人前で「死んでも良い」と言えるだろう。

 ズボンの奥からゆっくりといきり立った物を取り出した瞬間だった。迷彩用のネットが勢いよく外され、物を握ったままの姿の俺は太陽の下に晒された。 
 警察か。そう思ったが、足音もなく近付いて来た奴らは連中ではなかった。
 ふと顔を上げると、薄汚い恰好をした髭だらけの男達が俺を取り囲んでにやにやと下卑た笑みを浮かべていた。

「あんちゃんよぉ、藪の中でモノ引っ張り出して、ずいぶんな好きモンだねぇ」
「おい、一緒に楽しもうぜ。シゲさん、足頼むわ」
「おう! 俺ぁよ、もうビンビンよ! あんちゃん、今日はしこたま種付けしてやっからな!」

 彼らが何者なのか考える間もなく俺は衣服を剥がされ、据えた臭いを辺りに撒き散らす男達にむしゃぶりつかれ始めた。首を舐められた途端、獣のような唾液の匂いが鼻をつき、思わず吐きそうになる。

「おう、これどうやって使うんだ!? あんちゃん、撮ってやっから! ピース、ピースすんだよぉ!」
「貸してみろ、ほら! おうおう! ほら、やっぱ好きモンじゃねーかよ! 男ばっかり撮ってやがらぁ。あんちゃん、感心するくらいのド変態野郎だな。新しい写真、俺が撮ってやるよ。ケツ向けろこらぁ!」

 これは現実なのだろうか? 俺が見守っていた性はこちらに気付く様子さえ見せず、彼らによって壊されて行く。下卑た笑い声と据えた臭いがやがて粘液に混じって行き、あとはもう犬臭い息の匂いだけが身体にも、この場所にも、残されて行く。

「ほら、こっち向けよ。興奮してんだろ? おい」
「あんちゃん、ケツの匂い嗅がせろよ」
「もっと腰振るんだよ! トーシローじゃねぇんだろ、この野郎」

 雄達の小汚い声の奥、フェンスを越えた遥か遠くの方から殻の中に閉じ込められたままの嬌声や、いつか壊れてしまうことさえ知らない無垢な掛け声が聞こえて来る。俺は彼らが閉じ込められている殻の中に入れてくれることを願いながら、しかし、それが決して叶えられない望みだと知りながら、声を押し殺しながら痛みに耐えていた。

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