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和歌山にて、人生最速10分で買った服で有吉佐和子文学賞の表彰式に出た話。

「あ! 明日の表彰式で着る服、家に置いてきた!」

レンタカーの車のなかでそう気づいたのは、和歌山市での表彰式を翌日に控えた夕方5時くらいのこと。場所は和歌山市から1時間半ほど離れた高野山の山のなかだ。

「ジャケットがシワになったらイヤだから最後に荷物に入れようと思って、入れるの忘れてきちゃった」

「ええ、嘘やろ、あかんやん」

車を運転しながら夫は答える。

そう、翌日は「有吉佐和子文学賞」の表彰式だった。和歌山市が主催している「第1回有吉佐和子文学賞」で佳作をいただき、表彰式のために和歌山に行くことになったのだった。


有吉佐和子(1931−1984)

有吉佐和子は和歌山市出身の作家だ。代表作に『紀ノ川』『恍惚の人』『青い壺』『非色』などがある。

最近、『青い壺』が話題となり再ブレイクした。

有吉佐和子文学賞とは

有吉佐和子文学賞とは、和歌山市出身の有吉佐和子にちなんで創設された文学賞のこと。「自身のことや世の中のこと、和歌山への想いなどについて、思ったまま、感じたままに表現する」エッセイを募集していた。

有吉佐和子記念館の開館を契機に、本市の偉人である有吉佐和子の顕彰に加え、文学について学ぶ機会を提供すること及び本市の文化的風土を醸成することを目的とし、令和5年12月に有吉佐和子文学賞を創設しました。自身のことや世の中のこと、和歌山への想いなどについて、思ったまま、感じたままに表現いただくことを目的としてエッセイの作品を募集したところ、全国各地から2,077作品(うち県外1,350作品)ものご応募をいただきました。

和歌山市プレスリリースより 

こちらの有吉佐和子文学賞で、「佳作」を受賞し、表彰式のために和歌山に呼んでいただいたのだ。せっかくだから前泊して和歌山を旅しようと思い、夫を誘った。

「和歌山に行くんだけど表彰式にはひとり同伴していいんだって。行く?」
「行く」
「せっかくだから1泊しちゃう?」
「する」

いつものことながら話が早い。

「前の日は和歌山で1日中図書館にいるか、高野山に行くかどっちがいい?」

「そんなんどう考えても高野山やろ」

「そっか、じつは図書館もおすすめなんだけど、高野山、なつかしいね」

高野山は、弘法大師空海が真言宗の寺院を開いた場所。わたしと夫はかつて同じ会社の同期で、高野山の宿坊で新入社員研修を受けたことがあったのだ。

ここだけのはなし、入社当時は「高野山で研修だなんてちょっとヤバい会社なのかも」と思っていたけど、どうやらバリバリの経営者ほど、山にこもって真理を追求したくなるものらしい。

30年ほど前のあの頃は、な〜んにも考えてなくて、研修で高野山とかヤバそうだし、なんで企画デザインの仕事するのに座禅組まなきゃいけないの? なんて思っていたけど、今考えたら、ものすごく貴重な体験をさせてもらっていたんだなと思う。

「あのときこんなこともあったよね」
「ああ、そんなこともあったよなあ」

なんて思い出話をしながら高野山を歩く。

というかその時から、なんだかんだ夫とずっといっしょにおるってすごいなと思う。共有できる思い出話のスパンが長い。30年て。

高野山名物やきもち

と言うわけで高野山に行って、その帰り道。東京スカイツリーと同じ高さの高野山から山道を下っていくとき、わたしは表彰式に着るジャケットを忘れてきたのに気がついたのだった。そのとき5時くらい。しかし、レンタカーを和歌山市駅の近くで7時までに返さないといけない。そこから和歌山市駅までは1時間半くらいかかる。

しかもよりによって、ジャケットなしでは成立しない服を選んできてしまった。ジャケットを着なかった場合、その下はスケスケ水玉模様の黒のブラウスだけになってしまう。ジャケットのインナーに着るからこそかわいいのであって、ジャケットなしのただのスケスケはキツい。

「どっかで買うしかないやろ」

「だよね」

すぐさま検索し、和歌山駅前のショッピングビルに狙いを定めた。ちなみに、「和歌山駅」と「和歌山市駅」は別の駅だ。

和歌山駅前のショッピングビルで服をパッと買って、ガソリンを満タンにして、和歌山市駅のレンタカー屋さんに車を返却する。緊張のミッションがスタートした。

高野山から和歌山市内は、まあまあ遠い。ショッピングビルのある和歌山駅に車を停めたらあと30分程度しかない。すぐさまちょうどいい感じのお店に狙いを定め、買いやすい価格の白いシャツに目をつけた。お店のお姉さんがすごくいい人で、色々おすすめしてくれて、着こなしの提案もしてくれる。おすすめ上手なのでトップスだけ買うつもりがパンツまで欲しくなる。パンツは持ってきていたけどもし持ってきたパンツに選んだシャツが合わなかったらそれこそ悲劇だ。迷っている時間はない。買っちゃえ。そうして人生最速の10分、いや、10分は盛り過ぎか。試着もさせてもらったのでトータル12分くらいで白いシャツと黒のパンツを購入した。

ダッシュで車に戻る。来るときに通った道が閉店になってシャッターが閉まっていて焦る。ええ、きた道がわかんないと帰れないよ! 初めての街の駅地下百貨店ほどわかりにくいものはない。半ばパニックになりながらようやく駅地下ダンジョンを脱出して車に戻る。

つぎは和歌山市駅に戻るまでにガソリンスタンドを探して満タンにしないといけない。いや〜、初めて来る街でガソスタ探すのって、焦っているときは無理だね。

ようやく見つけて、ナビを開始。

「交差点を左折します」ナビが言う。

「ここ、左折だって」

とわたしも言う。

「わかった、左折な」

そして夫は、

「左折な」と復唱しながら、右折したのだった。


うえええええええええ〜?!!!
助手席にいるわたしにはなすすべもなく、車はゆっくりと右に旋回した。
スローモーションで。

そうだった。夫は左右盲だった。

左右盲とは
とっさに左右がわからなくなること。左右識別困難という。

彼はとっさに右と左がわからないのだ。

呆然。

何もこんなときに左右盲発動せんでも、と思ったけれど、もとはといえば服を忘れてきたわたしが悪いのだから何も言えない。結局、レンタカー屋さんから電話があって、ガソリン代を支払えばガソスタに行かなくてもよくなった。そのガソリン代はわたしが負担することにした。

くしくも左折ではなく右折したことによって、レンタカー屋さんはかえって近くなり、絶対に遅延すると思っていたけど、奇跡的にピッタリ時間内に車を返却することができた。

夫の左右盲はときどき奇跡を起こす。

そうしてその夜は無事、和歌山市駅前の「カンデオホテル」に泊まり、食事をして、翌日の表彰式にそなえることができたのだ。

紀の川をのぞむ窓辺のソファが最高

和歌山市民図書館に泊まる?

カンデオホテルに宿泊したのは、表彰式が開催される「有吉佐和子記念館」にほど近いこともあったし、いちばんは、「和歌山市民図書館」に近いこと! 近いというかもはや同じ駅ビル内にある。

カンデオホテルと和歌山市民図書館

そして、ここがめちゃくちゃいい図書館なのだ。

1階がスタバと蔦屋書店 2階〜4階が図書館

蔦屋書店とスタバが併設されている図書館なんだけど、和歌山県出身の作家・有吉佐和子に関する資料を集めた「有吉佐和子文庫」というスペースや、移民の多い県ということもあって「移民資料室」もある。和歌山ならではの個性もしっかり出ている図書館だ。

何より、子ども、学生、研究者、あらゆる世代の人びとが、気軽に本に親しめる環境が整っているのがうらやましい。

子どもスペース

福井県もそうだったけど、文学賞を主催している自治体って、教育に力を入れていて、図書館もすばらしい。

絵本コーナー

じつは今回「有吉佐和子文学賞」に応募したエッセイが、数年前にわたしが偶然この和歌山市民図書館に行くことになり、たまたま有吉佐和子の「非色」に出会ったときのことを書いたものだったのだ。

有吉佐和子の小説「非色」は、海を渡って「移民」として異国の地で暮らす日本人女性のことを書いた作品だ。異国の地で差別にあいながらも、ユーモアと冷静さで生き抜く主人公に魅了された。

以下、わたしのエッセイより抜粋。

 そのきっかけとなったのが、「有吉佐和子文庫」と呼ばれる部屋だった。ここでは有吉佐和子の作品や、作品にまつわる本が紹介されていた。その時は、移民に関する書籍がテーマだった。ここでたまたま知った、海を渡った移民たちの人生に、わたしは強く惹きつけられた。なぜだかわからないけれど、胸がドキドキした。有吉佐和子の『非色』を借り、夢中になって読んだ。異国の地で差別にあいながらも、ユーモアと冷静さで生き抜く主人公に魅了された。調べれば調べるほど移民たちに興味がわき、その後もわたしは何度も「移民資料室」に足を運ぶこととなった。

「和歌山にて、星を繋ぐ。」

そしてこのたびの旅でも、夜も朝も、そして表彰式が終わったあとも図書館に足を運んだ。これはもはや「図書館に泊まった」と言っても過言ではないかもしれない。憧れの「図書館に泊まる」に、かなり近しい体験ができる場所なのだ。

本を読みながらコーヒーが飲める席もある
カンデオホテルと和歌山市民図書館
ホテルから紀の川が見える
ミニチュアみたいな可愛い電車 ミニチュア写真風に加工してみた

いよいよ有吉佐和子記念館へ

表彰式の行われる有吉佐和子記念館に向かった。

有吉佐和子記念館

有吉佐和子記念館は、有吉佐和子がかつて創作活動を行った東京都杉並区の自宅を移し、復元した施設である。作品の原稿や貴重な資料が展示してある。

有吉佐和子記念館  https://ariyoshi-sawako.jp/

なみだ涙の表彰式

表彰式は、二階の茶室で行なわれた。なんと和歌山市長から賞状をいただくということに。来賓には、有吉佐和子のお嬢様の有吉玉青氏もお見えになられていた。

賞状を授与されたあと、最優秀賞に選ばれた日沼よしみさんの『手紙』が朗読された。

日沼さんの『手紙』は、中学三年生から文通を続けた末に結婚した病床の夫との、心のふれあいを描いたとても素敵な作品。

18年もの間の闘病、おしゃべりができなくなってしまった夫との心の交流。

最愛の夫に向けたラブレターのような文章に、心を打たれる。これはヤバい、と思ってしばらく涙をこらえていたけれど、もしもわたしだったら? と思うと、涙がこらえきれなくなってしまった。

さすがに30年近くも夫といっしょにいると、いつもめちゃくちゃ仲がいいってわけじゃないけど、ことあるごとにいっぱい話をするし、思い出もいっぱいある。「あの時はこうだったね、ああだったね」と言い合えたり、なんでも話せる。

いっしょに行く? というとおもしろがってついてきてくれるし、服を忘れたっていっても怒らないし、わたしを責めたりしない。信じられないほどの左右盲だけど、ときどき奇跡も起こしてくれる。家事よりも仕事が何倍も好きなわたしのことをわかってくれるし、文章を書くわたしのこともおもしろがって応援してくれる。

そんなあたりまえにいっしょにいる人と、ある日話せなくなってしまったら、どうしたらいいんだろう。日沼さんのようにわたし、がんばれるのだろうか。

そう思ったら涙が次から次へと溢れてきて止まらなくなった。

そんな肩を震わせて号泣しているわたしのうしろ姿を、夫は何枚も写真におさめてくれていた。でもなんでうしろ姿やねん。

はじめてnoterさんに出会う!

表彰式が終わったあと、ひとりの受賞者さんに声をかけられる。なんと同じ佳作を受賞した人気noterのミーミーさんだ。

じつは、受賞者が発表されたあとで、ミーミーさんがわたしの記事にコメントをくださっていたのだ。「もしかして受賞されたのはnoteのタケチヒロミさんですか?」と。

名前もそうだけど、タイトルでもしかしてわたしかも。と思ってくださったようだ。

わたしのエッセイのタイトルは『和歌山にて、星を繋ぐ。』

そうか、タイトルにもわたしっぽさが出ているのか。そういえばわたしはよく、「繋ぐ」とか、「糸」という言葉が入っている漢字やことばを使ってしまいがち。それでわかってくださったのって、うれしいな。

なんと、第2回文藝春秋noteのエッセイコンテストでもミーミーさんと同じ優秀賞を受賞していて、それで覚えてくださっていたようだ。

いま見直したら、文藝春秋のエッセイコンテストのタイトルにも「繋ぐ」って入ってた! わたしの仕事も切って繋ぐ仕事だし、どんだけ繋ぎたいんだわたしは。

つながるといえば、わたし、リアルでつながっていてnoteでも交流がある人とは別として、はじめてnoteだけでつながったnoterさんにお会いしたのだった。なんかちょっとはずかしいけどうれしい。昔からの知り合いみたいで、こそばゆくて、楽しい。

ミーミーさんの作品もすごく楽しかった。情景や表情が目に浮かぶようなイキイキと愉快な作品だった。やっぱりうまいよなあと思う。みんな文章おもしろいよねえ。

そして、みなさんの素晴らしい作品を読んで、さすが、作家の名前を冠した文学賞だけあってみんなめちゃくちゃ文章うまいし、すごいなあと思ったのだった。

ひとりの審査員の方が、「これからも書き続けてください」とおっしゃってくださった。書くことは、大変だけど、たのしい。想像もできなかった出会いもある。

書き続けよう、と思った。

▼ミーミーさんのnote  とっても素敵な図書室のエッセイ

白いシャツがまるで…

表彰式では和歌山市の方がとてもやさしくて、写真をいっぱい撮ってくださった。

帰宅後、夫が撮ってくれた写真や市役所の方が撮ってくださったたくさんの写真を見返してみてびっくりした。

わたしの白いシャツ、めっちゃ浮いてるやん! みなさんダークなスーツやワンピースでこられていたので、ひとりだけ真新しい白いシャツのわたしがやけに浮いて見えるのだ。(じっさい新しいし)

しかも、デザイン的にブワッとしたシャツなので、かなり膨張して見える。いや、じっさいにね、最近ちょっとふっくらしてきたのは自覚はしているのだけど、白だから余計にぼんわりして見える。これじゃベイマックスじゃん。

夫が撮ったわたしのうしろ姿も、まるでベイマックスだ。ベイマックスが、肩を震わせて泣いている。

「ちょっと!! わたし白やからめっちゃまるく見えるやん」

「…いや、それはもともと…、イヤまあ、そうやな、白は」

「え〜! 焦って白が膨張色だったってこと忘れてた! なんで言ってくれんかったん?」


「だって時間なかったし」


教訓:表彰式に着て行く服は、10分で選んではいけない。


紀の川

最後までお読みいただいて、ありがとうございました!



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