絵画とファッション「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」白いドレスの破壊力について。
突然ですが、「白いドレスを着た少女たちを庭で眺めていたい」という偏愛極まりない私の願望の元となった、美しい絵画をご紹介いたします。
ジョン・シンガー・サージェントの「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」です。描かれたのは1885年。ヴィクトリア時代です。
John Singer Sargent「Carnation,Lily,Lily,Rose」1885-6
「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」
ロンドンのテート・ブリテンで初めてこの絵を見たときの衝撃は忘れられません。
夏の少し薄暗くなった庭で白いドレスの少女が遊んでいます。白ユリとバラは咲き乱れ、少女たちの頰は手にした提灯に照れされて薔薇色に輝いています。
ハイウエストのシュミーズドレスは白いコットン、ふんわりパフスリーブ、袖口にはサテンのテープ、少女たちの華奢な首筋を引き立てる大きなラッフルレース…。ドレスのデザインからもヴィクトリア時代ならではの懐古的でロマンティックな特徴が見て取れます。
私は秘密の花園に迷い込んでしまったのでしょうか。薔薇と百合は香り高く咲き誇り、提灯はまるで目の前で灯りが灯っているかのよう。儚くて目眩がするほど美しく、私はぼうっとしてしばらくその場を動けませんでした。
それ以来、イギリスを訪れる際には必ずこの絵に会いに行きました。(2019年の渡英時には息子が同行していたため断念。今思えばそれが悔やまれます)
この絵は、テート・ブリテンでも大人気の「ラファエル前派」の絵画と同じ部屋、もしくはその近くにいつも展示されています。(写真は2017年訪問時のもの)
「オフィーリア」で超有名なミレイや、ロセッティが「ラファエル前派」の代表的な画家です。
オフィーリアはいつも大人気。しかしこの展示の仕方、贅沢すぎやしませんか。
Sir John Everett Millais,Bt 「Ophelia」1851-2
ラファエル前派とは。19世紀イギリスなのになぜラファエル?
ラファエル前派とは、19世紀イギリスでの「ラファエロ以前の初期ルネサンス絵画を理想とする画家たちの前衛的なムーブメント」で、自然を注意深く観察してありのままを自由に描くスタイルだそうです。ラファエロを理想としているので古典的でロマンティックでありながら、ちょっと昼ドラみたいな人間関係(モデルと画家の恋愛関係とか)のドロドロさも感じちゃう。(←個人の感想です)
ですから16世紀イタリアで活躍したあのラファエロとは直接の関係がないんですよね。時代も国も違う、イギリス独自のムーブメントだったわけです。イギリスなのに「ラファエル前派」だなんて、ちょっとややこしいですよね。
↑ラファエル前派展の図録。表紙はロセッティ。
16世紀のラファエロについては、おがたさわさんが素敵なストーリーを投稿されています。
絵画とファッション
個人的に私は絵画を「衣装」で観ているので、「衣装」が素晴らしいこの時代の絵画には、特にほれぼれと見入ってしまいます。ちなみに余談ですが、この繁栄の時代を統治したヴィクトリア女王が結婚式を挙げたのが1840年。これをきっかけに、女王が結婚式で着た純白のドレスが婚礼衣装として広まりました。現在の白いウェディングドレスの始まりの時代です。
こちらは1889年の作品で、結婚式を描いたものですが、この頃にはすでに白いウェディングドレスが浸透しているようです。
Stanhope Alexander Forbes「The Health of the Bride」1889
↑どことなく現代のスタイルに近い気がします。1980年ごろに流行ったドレスの感じに似ています。(なぜ私がその時代のスタイルに詳しいのかは後述します)
これなんて、べールを纏った花嫁みたいですよね。素敵〜。
Arthur Hacker「The Annunciation」1892
さらにこの時代、ヨーロッパでは「ジャポニズム」も大流行。着物の柄のようなドレスや日本風の小道具をラファエル前派の画家たちは数多く描いていますし、「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」にも提灯が出てきます。
James Abbott McNeill Whistler, Symphony in White, No. 2: The Little White Girl 1864
↑団扇に陶磁器にツツジ。これ見よがしな匂わせすぎジャポニム。そして白いドレス。タイトルも「リトル・ホワイト・ガール」
そんな影響もあるのか、繊細で儚げな風情が私たちを惹きつけるのか「ラファエル前派」は日本でも大人気です。実際私も森美術館に来た際に観に行きました。
かの有名なオフィーリアはありましたが、「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」は来ていませんでした。楽しみにしていたのに残念なような、少しホッとしたような気持ちになったのを覚えています。何しろ本当は内緒にしておきたい、私のとっておきの秘密の花園ですから。
それもそのはず、「カーネーション、リリー、リリー、ローズ」はどうも「ラファエル前派」ではなかったようなのです!
後からわかったことですが、この絵の作者、サージェントは実はアメリカ人。イタリアに生まれ、フランスで美術教育を受け、イギリスで活躍したとのこと。調べてみると実は「ラファエル前派」ではなく、その交友関係からも「印象派」と位置付けられているようです。テート・ブリテンではラファエル前派の絵画と同じ部屋、もしくは隣の部屋にあったので、私はてっきりラファエル前派のイギリス人画家だと思い込んでいました。作品の舞台はイギリスの南西部、ブロードウェイという町のお庭だそうです。
ここまで散々ラファエル前派のことを書いといていうのもなんですが、私は流派とかは、どうでもいいんです。(どうでもよかったんかい!)
この美しい絵がこの世に生まれ、時間と国を超えて巡り逢えたことが尊い。
なんといっても、薄暗い緑の庭での白いドレスの少女たちの破壊力ときたら。
白いドレスは最強です。
この絵に魅せられた女の数奇な運命
さて、この絵に魅せられた女(私)のその後について、少しお話ししてみたいと思います。
この絵を見て以来、私の中には「白いドレスを着た少女を庭で眺めていたい」という、美しくも恐ろしい願望が芽生えてしまったのです。
始めてその絵を見た当時、私は子供服のデザイナーをしていました。その絵にインスパイヤされて、すべてにそれぞれ白い花の名前をつけた白いドレスのブランドを企画しました。まだ子供もいなかった頃に、はじめて自分でも購入した商品でした。(数年後、娘に着せることができて感無量)
しかしそれだけでは飽き足らず、
「リリー・リリー・ローズ」という屋号で自分の作品を作ったり(ジョニー・デップの娘がリリー・ローズだったことを知りその後改名)、白いドレスだけでファッションショーをしたり、自宅の庭にはこの絵に描かれたようなピンクのバラを植え、そこでドレスコードが白の「薔薇会」を催したり。
どんだけ白いドレス好きやねん!
しかし私はやがて気づいてしまうのです。
「白いドレスを着た女の子を庭で眺めていたい」その偏愛的な願望を、いたって合法的に叶える素晴らしい方法があることに。
そう、
それは、ウェディングドレスを作ること。
そしてそのドレスを着た花嫁様を召使いとなってお世話をし、そっと見守ること。
さらにはそこがお庭や緑溢れる場所だったりしたら、それはもう、この上もないほどの幸せです。緑の庭に白いドレスは素晴らしく良く映えますものね…。あの絵画のように。
(1980年代のお母様のウェディングドレスをリメイク)
1枚の絵に描かれた秘密の花園へ誘われうっかり足を踏み入れたら、思いもよらない人生が待ち受けていた…。
時に絵画(美術)は、そんな運命的な出会いをもたらすこともあるようです。
#2020年秋の美術・芸術 に参加しております。
参考
・テート・ブリテン
・「ラファエル前派展」 英国ヴィクトリア朝絵画の夢 朝日新聞社
※本文中の絵画は、画家の没後70年(イギリスとアメリカの基準)が経過しており、パブリックドメインが成立しております。
※ 本文中の絵画の写真画像は、撮影可能な美術館において私本人が撮影したものです。
#2020年秋の美術・芸術 に参加しております。
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