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P4 変わるものと変わらないもの

それからどれくらいの沈黙が流れただろうか。

まるで一枚の静止画を眺めている時のように、世界の流れが止まったような気がした。


それは一瞬だったかもしれないし、永遠だったかもしれない。

思考は役に立たなかった。

視野はモノクロとなり、心臓の鼓動の脈動がひしひしと重圧を増していく


蛇に睨まれた蛙とは、おそらくこういう気分なのだろう。


「……おばちゃんら、どないしたん?」


シロクロの世界から私を現実に呼び戻したのは、聞きなれない声だった。

一定の低みと乾き、そして妙に空に響くその声は,
まるで新しい人種に遭遇したかのような、妙な感覚があった。


「どないしたん、そこの家になんかあるんか?」


凍りついたような空気が一瞬で広がる。


「…いいや……そのねぇ…」


無音の空間から一転し、ざわざわした雰囲気が漂い始めた。

どうやら彼女達からすれば、その声の主の登場は想定外だったらしい。


かすかな物音が聞こえ、その響きは少しずつ離れていく。


「実はここのお宅にね、ずっと家から出てこない男の子がおるんよ。」


どうやら彼女らは家の目の前の道路に移動し、声をかけてきた男性に会話を試みた様子だった。


距離が変われど、その甲高い声から会話のほとんどの内容を聞き取ることができた。


「もう一年ぐらい顔見てへんし、家からも気配すら感じないんよね。」


「ふーん、そんなやつがおるんか」

関心と無関心が入り混じったような相槌が聞こえる。


「昔はこのお宅も、普通の家やったんやけどねぇ。」


彼女達は不審がられないように慎重に言葉を選んでいる様子だった。


通りすがりのオオカミを、少しずつ群に引き込もうとしているのだ。

昔から人も動物も、その点において変わらない。


それが大自然のサバンナだろうが、理性と欲望がひしめく社会だろうが、弱いものは淘汰されていくのだ。


「ここのお宅のお母さんがおった頃は、なんの問題のないお宅やったんやけどねぇ。」



その会話は私の中の琴線に触れた。

悲しみ、怒り、憎しみ、みじめさ、不甲斐なさ、


眠らせようとしていたあらゆる感情を呼び戻していった。




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