秋山好古、フランス留学時代の珍エピソード

「日本騎兵の父」と呼ばれる秋山好古（あきやまよしふる）。
彼が若い頃に下宿した佐久間邸の場所を以前探ったが、
今回はフランス留学時代の逸話をいくつか紹介しよう。
酒好きで風呂嫌い、医者嫌いの好古が起こした事件とは。

土産物を失くしました

弟の真之が学校へ行く際、玄関でぐずぐずと下駄の切れた鼻緒を直していると、「そんな暇があれば裸足で行け！」と怒鳴りつけたという秋山好古。

贅沢を嫌い、無欲で謹厳な軍人のイメージの強い彼ですが、明治20年（1887）、29歳の陸軍大尉の時に留学したフランスでは、いくつか興味深いエピソードを残しています。

明治22年（1889）1月、 日本から山県有朋（やまがたありとも）陸軍中将がフランスを訪れました。滞在先のパリのホテルに好古が挨拶に出向くと、山県はリオンにいるフランス陸軍高官に、日本の土産物を渡す使いを頼みます。

品物を預かり汽車でパリを発った好古は、食卓に付くワインに陶然としたのか、車中で居眠りを始めました。

ふと目が覚めると土産物がない。好古はすぐに山県のもとへ引き返します。

「もう帰ったか。馬鹿に早いな」
「いえ閣下、誠に相済まぬことを致しました」
「どうしたというのだ」
「お預かりした土産物を汽車の中で失くしました」

山県はしばらく絶句した後に言います。
「秋山、お前は子供みたいな奴じゃの」

しかし、車内で置き引きにあったことを公にすれば、日本軍人の恥だけでなく、フランスにも失礼になるという好古の考えを山県も理解し、深くとがめもせず、再びリオンに送り出したといいます。

無類の酒好きだった好古の、酒の上での失敗談ということになるでしょうか。

大の風呂嫌いで医者嫌い

彫りが深く、目の大きな好古は、陸軍大学校教官のメッケルから欧州人に間違われるほどの西洋的な顔立ちでした。その好男子ぶりに、おそらくフランス女性も放ってはおかなかったでしょう。

が、当の好古は風采などお構いなしで、大の風呂嫌いでもありました。それと関わりがあるのか、留学中、熱病に罹（かか）ってしまいます。

40度の高熱が下がりません。おそらく腸チフスのような病気だったと思われます。

ところが大の医者嫌いでもあった好古は、診察を受けず、ふらふらになりながら日々食堂に姿を見せました。そして自力で治してしまうのです。

しかし病のためか頭髪がことごとく抜け落ち、32歳にして見事な禿頭（とくとう）となってしまいました（後で髪はまた生えたそうです）。この場合、我慢強さを誉めるべきなのかどうか・・・。

フランスで出会った二人の古武士

フランス留学中、好古は、乃木希典（のぎまれすけ）と親交を深めています。

「俺と乃木大将は、どこか似ているよ」
好古は副官に向かって、常々そう語っていたといわれます。

上司に向かっても「そうかね」と敬語を使わずに言ってしまうほど無骨な好古ですが、10歳上の乃木に対しては、ほとんど親愛の情を隠しませんでした。

乃木少将（当時）は軍事視察の目的で渡仏しており、好古が新聞記者との通訳を務めていました。この時、乃木は記者たちに向かって、

「自己を犠牲にして人を助ける武士道は、人道の観点からも社会主義より上である」

と述べ、その毅然とした態度に好古は感服したのです。

また乃木は、自宅よりも厩舎の方が立派だったといわれるほど馬を大切にしましたが、騎兵の第一人者である好古は、そんなところにも親しみを覚えたのでしょう。

明治38年（1905）、日露戦争の関ヶ原とも呼ばれる奉天会戦時、好古率いる秋山支隊（騎兵第一旅団基幹）は乃木の第三軍に属し、行く手を照らすように満洲の野を駆けていました。

進撃の途中、好古の支隊はヨーロッパから到着したロシア軍のビルゲル中将の支隊（コサック騎兵）と遭遇し、3倍の兵力の敵を打ち破ります。

もしビルゲル支隊が無傷のまま奉天西方に向かっていたならば、乃木の第三軍は大変な苦境に陥っていたはずでした。乃木は秋山支隊の奮戦に感謝し、個人感状を与えています。

奉天会戦に勝利した後のある日のこと、乃木は好古のもとを訪れました。

「さすがの秋山も、戦地でスッポンを食ったことはなかろう」

乃木はそう言うと、自ら料理して振る舞い、二人で夜半まで語り合ったといいます。

好古と乃木。古武士然とした二人が飽くことなく語らう姿は、あたかも一幅の絵を見るかのようであり、「まるで歴史的な場面に立ち会っているかのようだった」と、側にいた者たちによって長く語り継がれたといいます。

この当時の日本人の多くには、サムライの心がまだしっかりと生きていたのかもしれないと想像します。

参考文献：秋山好古伝記刊行会『秋山好古』（マツノ書店）　他

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