MichitakeMatsui

ショートショートを書きます。

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主要著作目録

令和3年(30歳) 001 「二時の砂嵐」 002 「ふしぎな英和辞典」 003 「雨宿り」 004 「おめでとう」 005 「出張の朝」 006 「魔法陣」 007 「おめでとう」 008 …

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トー・トー・トー・ツツツ

 MFICUの家族待機室からは、病院に林立する棟が見渡せた。  かなり上階にいるために、どの棟をも、見下ろすような視界である。深夜だから、外来棟や外科病棟は、総…

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上京の途

 新幹線の、車内である。  いよいよ、妻が産気づいたのだ。  夜が明けるのを待ち、早い時間の新幹線で、東京の大学病院へ向かうのだ。  グリーン車である。  普通車両…

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日常的光景

 それは、良かれ悪しかれ、きわめて日常的な光景といわねばならない。  中央線の駅を出て、駅前広場のロータリーへ歩いて行くと、写真入りのプラカードを提げた女性が立…

MichitakeMatsui
10日前
1

命の名前

 銀行は、混みあっていた。  開店してじきに入ったけれども、一時間は待ってくれと言われた。ネットではできない、煩雑な、書類の手続きなのだ。  彼は、ソファに尻をし…

MichitakeMatsui
11日前
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陸か空か

 発券機から座席票を取りだし、立ち去ろうとしたときに、背中を指でつつかれた。  振り返ると、Nであった。  思わぬ遭遇だ。  しばらく、取り留めもない話をした。 「…

MichitakeMatsui
12日前
1

NAVIGATOR ROBOT

 驚いた。  こんな中古品があるだなんて。  ナビゲーター・ロボットだ。  それも、長期休暇の専用機で、一時期、爆発的に流行ったヒューマノイドである。  ナビゲータ…

MichitakeMatsui
13日前
2

残高不足

「残高不足のようです」  運転手が、私を呼びとめた。  ICカードの残高が足りなかったのだ。 「あれ?」 「ええと、こちらに紙幣を投入されて、もう一度、ここへかざし…

MichitakeMatsui
13日前
3

貸しコンテナ

 バス停と目と鼻の先に、貸しコンテナの店がある。  店というか、かなり広い、砂利敷きの土地に、直方体のコンテナが20も30も並んでいるのだ。  管理人とか、管理棟…

MichitakeMatsui
2週間前
4

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MichitakeMatsui
3週間前

01. 胃転移の怪

1、父親の胃の腑が? 「ゲーッ! ゲッ、ゲッ!」  1987年のことだ。  神奈川県相模原市に住む桜井信子さんは、夕食後、じきに、猛烈な胃のむかつきと膨満感に襲われた…

MichitakeMatsui
3週間前
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Y氏の新居

 Y氏は、にやりと笑い、下からぐい、とぼくを見上げた。 「変わり映えのしない部屋だろう?」 「そんなことはない。さっぱりしていて、ぼくは好きだ」  変わり映えする…

MichitakeMatsui
1か月前
3

ここにテキストを入力

 それを初めて見たのは、国道沿いのラーメン屋だ。  のぼり旗が、駐車場にいくつも立ち並んでいる。どの旗にも、大きく縦書きで「新装開店」とある。  その下に、横書き…

MichitakeMatsui
1か月前
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春の出来事

 平日の、昼下がりだ。  公園に人はない。  人をもてなそうと精一杯花を咲かせたのに、人が来ないから張り合いがないといったような、春の円形広場であった。  広場の…

MichitakeMatsui
1か月前
3

彼らの存在

 それが幻視で、病いによるものだとすれば、私は子どものころからずっと病人ということになる。だが、そんはずはない。  最初に彼らを見たのは、小学校の、校門のそばで…

MichitakeMatsui
1か月前
2

通路の影

 片側4車線の大通りは、伊達ではない。横断するために、随分長く信号を待たねばならない。それが嫌なら、やや行った先の、地下通路を歩けばいい。  今朝もそうした。  …

MichitakeMatsui
1か月前
3
主要著作目録

主要著作目録

令和3年(30歳)
001 「二時の砂嵐」
002 「ふしぎな英和辞典」
003 「雨宿り」
004 「おめでとう」
005 「出張の朝」
006 「魔法陣」
007 「おめでとう」
008 「出張の朝」
009 「魔法陣」
010 「ダイヤを転がせ」
011 「検温」
012 「集中」
013 「峠の店」
014 「妻の買い物」
015 「アンドー先生」
016 「振り付け」
017 「退勤の列

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トー・トー・トー・ツツツ

トー・トー・トー・ツツツ

 MFICUの家族待機室からは、病院に林立する棟が見渡せた。
 かなり上階にいるために、どの棟をも、見下ろすような視界である。深夜だから、外来棟や外科病棟は、総じて暗い。その中に、僅かに、変光星がよろめいた光りを放つように、常灯している窓があった。ナースステーションらしかった。
 窓の外を眺めるほか、することがなかった。
 漫画を読んだり、仕事の原稿を書いたり、くだらない俳句を作ったりしたけれども

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上京の途

上京の途

 新幹線の、車内である。
 いよいよ、妻が産気づいたのだ。
 夜が明けるのを待ち、早い時間の新幹線で、東京の大学病院へ向かうのだ。
 グリーン車である。
 普通車両に、ろくな空席がなかったのだ。
 人と人の間に、もぐりこむような席しか残っていなかった。どうせそわそわするから、人に迷惑をかけるより、多少高くても、大人しく孤立していよう、と考えたのである。
 片側、一つだけの座席。
 その最後列に、私

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日常的光景

日常的光景

 それは、良かれ悪しかれ、きわめて日常的な光景といわねばならない。
 中央線の駅を出て、駅前広場のロータリーへ歩いて行くと、写真入りのプラカードを提げた女性が立っている。保護猫、保護犬のための募金活動である。寄付金は、避妊手術とか、ワクチンとか、食糧のために遣うのである。
 田舎ではあまり見ないけれども、都内なら、どこの駅でも見掛ける光景だ。近くに不動産屋の青年がいて、右往左往、通行人に営業をかけ

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命の名前

命の名前

 銀行は、混みあっていた。
 開店してじきに入ったけれども、一時間は待ってくれと言われた。ネットではできない、煩雑な、書類の手続きなのだ。
 彼は、ソファに尻をしずめた。
 ラックにあった、個人年金や教育ローンのパンフレットを斜め読みした。おもしろくもなかった。本も、家に置いてきてしまった。
 長い九州出張が、昨日終わった。
 疲れている。
 体は重たい。
 このまま、居眠りしてもいいのだが――

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陸か空か

陸か空か

 発券機から座席票を取りだし、立ち去ろうとしたときに、背中を指でつつかれた。
 振り返ると、Nであった。
 思わぬ遭遇だ。
 しばらく、取り留めもない話をした。
「――出張?」
「ああ」
「どこ?」
「佐賀」
 Nは、驚いた顔で私を見た。
「新幹線で行くの?」
「新幹線だよ」
 前にNに会ったのは、半年くらい前だ。中野で、ある業界の展示会があって、彼女の会社も出展していたのだ。
「私は神戸まで」

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NAVIGATOR ROBOT

NAVIGATOR ROBOT

 驚いた。
 こんな中古品があるだなんて。
 ナビゲーター・ロボットだ。
 それも、長期休暇の専用機で、一時期、爆発的に流行ったヒューマノイドである。
 ナビゲーター・ロボットは、交通渋滞の状況、天気予報、人出の数などをリアルタイムに分析した上で、オーナーに、どこへ行け、なにを食べろ、なにを見ろなどとナビゲートしてくれる、一種のツアコンなのだ。
 ゴールデン・ウィークなら、10日も休みがある。その

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残高不足

残高不足

「残高不足のようです」
 運転手が、私を呼びとめた。
 ICカードの残高が足りなかったのだ。
「あれ?」
「ええと、こちらに紙幣を投入されて、もう一度、ここへかざしてください」
 残高不足?
 まだ、少しは残っていたはずだが――
 いや。
 急げ。
 私は、他の客の迷惑にならぬよう、紙幣を投入口におしこみ、カードをポートへかざす。
「はい、結構です」
「どうも――」
 まばらに、空席があった。
 

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貸しコンテナ

貸しコンテナ

 バス停と目と鼻の先に、貸しコンテナの店がある。
 店というか、かなり広い、砂利敷きの土地に、直方体のコンテナが20も30も並んでいるのだ。
 管理人とか、管理棟というものはない。
 中には、ふたつのコンテナがふたつ、平積みになったものもある。
 梯子を使って上るのか。しかし、それでは重たい物を出し入れできないのではあるまいか。
 夏のプラタナスがつくる、広大な日陰の下に、バス停はあった。
 私は

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01. 胃転移の怪

01. 胃転移の怪

1、父親の胃の腑が?

「ゲーッ! ゲッ、ゲッ!」
 1987年のことだ。
 神奈川県相模原市に住む桜井信子さんは、夕食後、じきに、猛烈な胃のむかつきと膨満感に襲われた。
「ゲーッ!」
 すぐに手洗いで嘔吐したが、悪いものを食べた覚えもない。普段は、母親が心配するほど少食の信子さんだから、食べ過ぎというのも有り得なかった。信子さんは、母親に背中をさすられながら二階の自室へのぼり、体を休めた。
 翌

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Y氏の新居

Y氏の新居

 Y氏は、にやりと笑い、下からぐい、とぼくを見上げた。
「変わり映えのしない部屋だろう?」
「そんなことはない。さっぱりしていて、ぼくは好きだ」
 変わり映えするかと訊かれたら、たしかに変わり映えしないかも知れないけれども、感じのいい仕事部屋だった。
 デスクの周りは、あくまでかっちりしているが、パーテーションを越えると、仮眠のためのソファと、オーディオ機器がある。雑誌のラックには、彼の仕事からは

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ここにテキストを入力

ここにテキストを入力

 それを初めて見たのは、国道沿いのラーメン屋だ。
 のぼり旗が、駐車場にいくつも立ち並んでいる。どの旗にも、大きく縦書きで「新装開店」とある。
 その下に、横書き二段組みで「ここにテキストを入力」と書いてあったのだ。
「ここにテキストを入力」――。
 旗のテンプレートは、当然あるだろう。
 おそらく、下部には店の名前とか、オープンの日付が入るのではあるまいか? それをテンプレートのまま納品した受注

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春の出来事

春の出来事

 平日の、昼下がりだ。
 公園に人はない。
 人をもてなそうと精一杯花を咲かせたのに、人が来ないから張り合いがないといったような、春の円形広場であった。
 広場の中心に据わった桜は、花が満開であった。
 株元に、白い芝桜。
 枝と枝の間に、青色。日光。ちらつき。
 ここ数日は、黄砂の飛来も落ち着いている。空は澄んでいる。空気は乾いている。風はほとんどない。
 たなびく煙のように、薄く、ながい鶯の声

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彼らの存在

彼らの存在

 それが幻視で、病いによるものだとすれば、私は子どものころからずっと病人ということになる。だが、そんはずはない。

 最初に彼らを見たのは、小学校の、校門のそばであった。
 中年の男女が、五、六人いる。
 となれば、保護者と解するのが妥当だし、私もそう解して近付いていった。
 うんうん、と何か話し合っているようであった。
 それが、私が間近に来たとわかるや、目くばせをして、さっと身を引いたのだ。

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通路の影

通路の影

 片側4車線の大通りは、伊達ではない。横断するために、随分長く信号を待たねばならない。それが嫌なら、やや行った先の、地下通路を歩けばいい。
 今朝もそうした。
 地下へ降り立つ。
 そこから8車線分続く、直線通路。
 そのまん中へんに、人だかりができていた。五人か、六人。やり過ごそうと思ったが、話に夢中でよけるそぶりもない。足を止めざるを得なかった。
 彼らは、壁を見ていた。
 壁の――染みである

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