NAVIGATOR ROBOT
驚いた。
こんな中古品があるだなんて。
ナビゲーター・ロボットだ。
それも、長期休暇の専用機で、一時期、爆発的に流行ったヒューマノイドである。
ナビゲーター・ロボットは、交通渋滞の状況、天気予報、人出の数などをリアルタイムに分析した上で、オーナーに、どこへ行け、なにを食べろ、なにを見ろなどとナビゲートしてくれる、一種のツアコンなのだ。
ゴールデン・ウィークなら、10日も休みがある。その10日は、最大限、有意義に過ごさねばならない。普段行かれないところへ行き、見られないものを見、食べられないものを食べるには、渋滞にはまったり、行列に並んだり、いらいらしたりして、あだに時間をロスしてはいけない。
国民が、休暇においても異様にあくせくしていた時代、じつは寝て過ごすのが得策だと薄々わかっていながら、競い合ってレジャーを過ごしていた本末転倒、自己矛盾の時代に咲いた、あだばなのような商品であった。
当時聞いた話だが、家で寝ていると、怒るそうだ。
さあ、出かけましょう。
休暇ですよ、休暇なんですよと急かすらしい。
あなたが寝ている間、誰々さんは、どこそこへ出掛けていますよ。
は。
それがどうしたですって?
いいのですか?
誰々さんは、見聞を広めています。
新体験を重ねています。
それが、よもや大ヒット商品のアイデアにつながるとも限りませんし、リフレッシュした誰々さんに、あなたは差をつけられるかもしれません。出世競争に敗れてもよいのですか? 寝ていて意味があるものですか?
休暇です、休暇なんですよと、そんな調子なのだそうだ。
このロボットは、若い女性であった。
たしか、一番人気だったはずだ。
ほかに、若い男性、中年男性、お婆さんなどいろいろあったはずだが、これだけ精巧なヒューマノイドだから、単純に、旅のコンパニオンとしての需要もあったらしい。
当時、買えば相当な額がしたが、値札を見ると、驚くほど安かった。気まぐれで買って、飽きて捨ててしまったとしても、全然惜しくない価格なのだ。
ちょうど、来週からゴールデンウィークだし――
よし。
暇つぶしに、買おう。
買ってみよう。
ぼくは、ナビゲーター・ロボットを自宅に連れ帰った。
今年のゴールデンウィークは、いつもとはちがうゴールデンウィークになりそうだ。
問 このあと、「ぼく」に起こった出来事はなんだと思いますか。あなたの考えに最も近いものを、一つだけ選んでください。
① ナビゲーター・ロボットのおかげで、ノンストレスで、穴場をたくさん巡ることができた。買ってよかった。ありがとう、ナビゲーター・ロボット! 秋のシルバーウィークもよろしく。スーパー・リフレッシュ!
② ナビゲーター・ロボットは、中古だけあり、ところどころヘマをした。潰れた廃遊園地に案内されたり、新道があるのに旧道に案内されたり、ピーカンなのに台風が来るなどと口走り、ぼくを困らせた。たまに良い感じの観光地へ来たと思うと、古い型式を連れ歩いていることを笑われた。ぼくは気にしないが、ヒューマノイドとはいえ、彼女が不憫であった。
③そんな機能があることを知らなかったが、ヒューマノイドのくせに、年をとっているのであった。いえ、家にいましょう、出歩かないのが一番ですなどと言い、旅行の提案など、なにもしてくれない。わざわざ世間の人たちに合わせて、一番混むときに出歩くほどばかなことはないなどと言い、挙句、自分は家にいるから、勝手に好きなところへ行ったらどうだとのたまう始末。来月の廃品回収で、引き取ってもらうつもりだ。
④5月1日に高熱を出し、6日まで伏せっていた。7日、這うように会社に出勤した。ナビゲーター・ロボットはナース・ロボットではないから、看病は一切してくれなかった。終わってみれば、意気込んでこんなロボットを買って、ばかみたい。痰がまだ少し出るのと、夜になると咳がでる。
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