MichitakeMatsui

ショートショートを書きます。

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主要著作目録

令和3年(30歳) 001 「二時の砂嵐」 002 「ふしぎな英和辞典」 003 「雨宿り」 004 「おめでとう」 005 「出張の朝」 006 「魔法陣」 007 「おめでとう」 008 「出張の朝」 009 「魔法陣」 010 「ダイヤを転がせ」 011 「検温」 012 「集中」 013 「峠の店」 014 「妻の買い物」 015 「アンドー先生」 016 「振り付け」 017 「退勤の列車」 018 「吠える男」 019 「道の駅」 020 「求愛」 021 「夜の

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      • 01. 胃転移の怪

        1、父親の胃の腑が? 「ゲーッ! ゲッ、ゲッ!」  1987年のことだ。  神奈川県相模原市に住む桜井信子さんは、夕食後、じきに、猛烈な胃のむかつきと膨満感に襲われた。 「ゲーッ!」  すぐに手洗いで嘔吐したが、悪いものを食べた覚えもない。普段は、母親が心配するほど少食の信子さんだから、食べ過ぎというのも有り得なかった。信子さんは、母親に背中をさすられながら二階の自室へのぼり、体を休めた。  翌朝、目が覚めると、体調はすっかり良くなっていた。  隣室から大きないびきが聞こえ

        • Y氏の新居

           Y氏は、にやりと笑い、下からぐい、とぼくを見上げた。 「変わり映えのしない部屋だろう?」 「そんなことはない。さっぱりしていて、ぼくは好きだ」  変わり映えするかと訊かれたら、たしかに変わり映えしないかも知れないけれども、感じのいい仕事部屋だった。  デスクの周りは、あくまでかっちりしているが、パーテーションを越えると、仮眠のためのソファと、オーディオ機器がある。雑誌のラックには、彼の仕事からは離れた、鉄道模型や、食玩の専門誌が飾ってある。窓際には、立派なドラセナの鉢植えが

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        主要著作目録

        マガジン

        • Ghost Zapper
          1本
        • 雑記(とりとめもないもの)
          14本
        • 「植物」自選小説集
          9本
        • ラジオ・ショートショートの時間
          32本
          ¥100
        • 真島先生の机
          12本
        • 「夏」自選小説集
          9本

        記事

          ここにテキストを入力

           それを初めて見たのは、国道沿いのラーメン屋だ。  のぼり旗が、駐車場にいくつも立ち並んでいる。どの旗にも、大きく縦書きで「新装開店」とある。  その下に、横書き二段組みで「ここにテキストを入力」と書いてあったのだ。 「ここにテキストを入力」――。  旗のテンプレートは、当然あるだろう。  おそらく、下部には店の名前とか、オープンの日付が入るのではあるまいか? それをテンプレートのまま納品した受注業者も抜けているし、発注したラーメン屋も、何を考えているのかわからない。こういう

          ここにテキストを入力

          春の出来事

           平日の、昼下がりだ。  公園に人はない。  人をもてなそうと精一杯花を咲かせたのに、人が来ないから張り合いがないといったような、春の円形広場であった。  広場の中心に据わった桜は、花が満開であった。  株元に、白い芝桜。  枝と枝の間に、青色。日光。ちらつき。  ここ数日は、黄砂の飛来も落ち着いている。空は澄んでいる。空気は乾いている。風はほとんどない。  たなびく煙のように、薄く、ながい鶯の声。  人はない。  私は思い出していた。  子どものころのことだ。  晩夏の、午

          彼らの存在

           それが幻視で、病いによるものだとすれば、私は子どものころからずっと病人ということになる。だが、そんはずはない。  最初に彼らを見たのは、小学校の、校門のそばであった。  中年の男女が、五、六人いる。  となれば、保護者と解するのが妥当だし、私もそう解して近付いていった。  うんうん、と何か話し合っているようであった。  それが、私が間近に来たとわかるや、目くばせをして、さっと身を引いたのだ。  私のことを話していたのだろうか。  だが、何を?  そもそも、この連中は誰なの

          通路の影

           片側4車線の大通りは、伊達ではない。横断するために、随分長く信号を待たねばならない。それが嫌なら、やや行った先の、地下通路を歩けばいい。  今朝もそうした。  地下へ降り立つ。  そこから8車線分続く、直線通路。  そのまん中へんに、人だかりができていた。五人か、六人。やり過ごそうと思ったが、話に夢中でよけるそぶりもない。足を止めざるを得なかった。  彼らは、壁を見ていた。  壁の――染みである。  染みといっても、1メートルくらいの長さだ。白色のコンクリート壁に、黒に近い

          く・ら・る・て (再放送)

          ※この作品は、23年春に有料配信したものです。  毎週金曜日にお届けする、ラジオ・ショートショートの時間。出演は、高森朝生と、久住江利子。 「く・ら・る・て」 (カンカン、カン……。遠くから、遮断機の警報音。ガタゴト、ガタゴト、ガタゴト……。次第に遠ざかる) 「――12時電でしょ、あれ」 「うん」 「終電か――」 「うん……」 「さむ」  手塚は、はあ、と息を吐いた。  白い息が、澄んだ夜気に溶けていく。  午前0時。  高台から、眠りに落ちた町が見下ろせた。  町は、

          く・ら・る・て (再放送)

          雑記0331

           自分の新卒時代を振り返ると、その愚かさは、いまさら言うまでもない。  だが、それ以上に、羨望の感が強い。  あれだけ体力がある時代は、この先、もうこないからだ。いま、若いときの体力があったらと思うことが、最近は増えてきた。過去を振り返ると恥ずかしくなるというより、淋しくなるというのが本当だ。  この仕事は、もちろんたのしいものだ。  自分の本が3万部売れましたとか、2000部しか売れませんでしたとかいった、わかりやすい結果が出るところ。知らない土地の、知らない人が、自分の

          こもりうた詩集

           こどもにきかせるための、子守唄です。  すべてはこどものスヤスヤのために。  できたら、都度更新します。   なのはなやけた  なのはなやけたの  なのはなやけた  やけたなのはな  なのはなやけた  なのはなやけたら  あのこもやけた  やけたなのはな  あのこもきえた まろびのせかい  せかいぢゅう どこだって  まろびあり だらくあり  みんなわになり だめになろう  まろびのせかい  ララ…… ム……  ねむれ よるのひなにんぎょう  よふけにしょうじ

          こもりうた詩集

          返却

          ラジオ・ショートショートの時間。 「返却」 (呼び鈴の音。ドアを開ける音) 「――どなた?」 「村田です。内履きを返しに来ました」  男にも、小さな白い靴にも、見覚えはなかった。 (バッグのファスナーを開ける音) 「お受け取りください。盗んだものです。あなたから」  彼は言った。 「昔――あなたは、数ヶ月だけ、Mという小学校にいました。ぼくは、そのときのクラスメイトです。あなたを好きになったぼくは、あなたの気を引くために、内履きを盗んだのです。――では、これで」 「あ――」

          テレファイター

          「ひらけ! キンポッポーズ!」  子ども向け番組の始まりである。  娘は嬌声を上げ、テレビの前へ走っていった。 「ほんとにキンポッポーズ好きね」  妻が言った。 「キンポッポーズの放送時間に間に合うために、朝ごはんもダラダラ食べなくなったのよ」 「ふうん」  テレビの画面には、タヌキと、毛糸玉にギョロ目を付したような化け物が写っていた。 「ジャガラモガラ!」  毛糸の化け物がわめいた。  娘は手を叩いて喜び、 「オケケモケケ!」  と叫んだ。意味がわからない。 「これ、あんぬ

          テレファイター

          旅の本屋

           古い城下町である。  弟の良明が城郭を見たいと言うので、良子は引率を引き受け、短い旅行をたのしんだのだった。  日が暮れだした。  あとは、電車を乗り継ぎ、帰るだけ。  その前に。  良子は、今日が、購読している雑誌の刊行日であることに気がついた。こちらで買って、車内で読みながら帰ればいい。それだけの時間はあるのだ。  どこかに本屋はないかしら。  本屋。  ――あった。  駅前通りから折れた細道の先に、いかにも古風な店構えの本屋があったのだ。  すぐに済むからと良明を外で

          ポインセチア

          「もうじきクリスマスだというのに、ポインセチアの葉がちっとも赤くならないのよ」  窓際に置かれた鉢を横目に、妻が言った。 「ポインセチア?」 「そう。このポインセチア」  それは去年のクリスマスに、教会の子ども会が配った鉢植えだった。 「ああ、これか」 「どうして葉の色が変わらないのかしら」 「短日処理をしていないからだよ」  ぼくは、多少の植物の知識をはたらかせ、言った。 「去年は、生産者が短日処理をしたから、クリスマスの日には葉が赤かったんだ。けど、自然の日照では、葉が赤

          ポインセチア

          百日蟹

           よう子は、窓際に鉢を置き、土の上にぱらぱらと種を蒔いた。  百日蟹の種である。  種を蒔いて、一週間ほどで発芽し、そこから三ヶ月ほどで蟹になる。だから百日蟹というらしい。  百日蟹の種は、もとは紀一郎という同級生のものだった。  紀一郎が通っていた学習塾では、百日蟹の話が噂になっており、どこかの大学から漏れだしたものだとか、漁師が養殖用に蟹の生殖器から作り出したものだとか、いろんな説が飛び交っていた。  いずれにせよ、見た目には、コスモスやダリヤのような、平べったく、細長い