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陸か空か

 発券機から座席票を取りだし、立ち去ろうとしたときに、背中を指でつつかれた。
 振り返ると、Nであった。
 思わぬ遭遇だ。
 しばらく、取り留めもない話をした。
「――出張?」
「ああ」
「どこ?」
「佐賀」
 Nは、驚いた顔で私を見た。
「新幹線で行くの?」
「新幹線だよ」
 前にNに会ったのは、半年くらい前だ。中野で、ある業界の展示会があって、彼女の会社も出展していたのだ。
「私は神戸まで」
「新幹――」
「いや、羽田から」
「――ふうん」
「飛行機に乗れば早いのに」
 飛行機が嫌いなんだから、仕様がないではないか。
 日中は、新鳥栖から在来線を使い、近辺で仕事をし、その日のうちに島根へ移る。客観的には大変な旅程かもしれないが、宙に浮くことがない一点を以て、すこぶる気楽な出張であった。
「ごめんなさい、引き留めて」
 謝る必要はなかった。
 時間はあるのだ。
「それじゃ」
 Nは、手洗いのほうへ去っていく。
 コマ送りのように、ぱ、ぱ、ぱ、ぱ、と。
 見えなくなった。
 ――まただ。
 こんなことが、たまにあるのだ。
 じきに、Nが手洗いから出てきた。
 まだ私がいるのを見つけると、Nは少し微笑み、近づいてきた。
 その一連の動きが、枚数の少ない、雑なパラパラ漫画のように、ぱ、ぱ、ぱ、ぱ、と早送りのように起こった。
 Nはもう、私の目の前に立っていた。
「大丈夫ですか」
「なにが」
「時間」
 たしかに、腕時計を見ると、出発まで数分というところだった。
 べつに間に合うけれども、自分の感覚よりも、時間はだいぶ押しているのであった。
 いつごろからだろう。
 飛行機嫌いに触れられると、決まって、触れた相手が、コマ送りで動くようになるのだ。
 相手が変わったのでは、ないかもしれない。
 私の感覚というか、動きが鈍麻するせいで、そう見えるだけなのかもしれない。
 だが、それでいいではないか。
 片道7時間かかるが――本でも読んで、ゆっくり行けばいいのだ。
 文字どおり、地に足をつけて進むのだ。
 地に足がつく――
 その幸せ。
 
 
 

 

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