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(小説)#15 「Re, Life 〜青大将の空の旅」

第3章 わたると志津子の暮らし④

訣別けつべつ

北村 わたるの葬儀は、名古屋市内の葬儀場で行われた。退職して間もないこともあり、たくさんの銀行関係の人々が弔問に訪れた。
総ての式が終了した時、修造とフクが志津子を呼んだ。
「今後のことだけど…… 」
口を開いたのはフクである。
「志津子さん、四十九日と一周忌は、大阪の家でしましょうネ」
(航は北村の家には帰らないはず…… )
「北村家のお墓に入れます」
志津子は、少し驚いた。
北村の家には帰らないけれど入るお墓はある、ということか。
わたるは、北村家の正当な相続人です」とフクはきっぱり。
北村製パン店の二代目は修造である。
わたるは、修造とフクの長男であるが家業は継がなかった。北村製パン店の三代目は、明が継ぐことになる、ということだ。

わたるの一周忌が済んだ。
志津子は、ボンヤリとしていた。
(納骨を済ませたら、名古屋でひとり暮らしになるになるか…… )など思っていると、
「志津子さん、後でお話があります」と、フクに声をかけられた。
居間にいくと修造も並んで座っている。
「志津子さん、これまで数々お世話になりました」
2人揃って頭を下げるではないか。
( 何かの間違いはないのか。でも以前にもこんなことがあったよな…… 。そう、航の名古屋転勤の時だ。今度は、いったい何でしょう…… )
「前にも申し上げましたが、志津子さんは、自由になさっていいと思います」
フクの言葉に修造も深く頷いている。
「航の遺言書です。あなた宛です。私達もわたるからの遺書を貰いました」
封書が差し出された。中身は、志津子が北村の家から完全に解き放たれることを希望する、と言う内容であった。
「完全にとは何事でしょう」
わたるの以後の年忌法要は、私たちでします。それから、私たちが、介護が必要になっても志津子さんは、心配する必要はありません」
(どういうこと?…… )
「志津子さん、わたると離婚しなさい」と修造。
「ムムム、」と、わけのわからない声がでる。
「ここに弁護士の用意した書類があります。手続きは、任せたらいいのです」
修造とフクの表情は、穏やかで平素と変わらない。
続いて財産分与についても縷々るる話があった。
が、志津子は、ほとんど聞いていなかった。
北村の家から離縁されるのではなく、志津子が離婚の手続きを取り、それに伴う財産分予をするということがボンヤリと分かった。

中川弁護士事務所に出向いて懇切丁寧な説明を受けた。
「北村 わたるさんとご両親の志津子さんに対する感謝と慰労、あなたのこれからを思う深い配慮に満ちた対応です」と、弁護士は言った。
離別は、“死後離婚”という制度であった。
今後、北村の家の法要、介護など一切のかかわりから解放される、赤の他人になる手続きであった。旧姓に戻ってもいいし、そのまま北村姓を続けてもいい、と弁護士は言った。
志津子は、迷わず北村姓を選んだ。唯一の自己決定となった。

志津子には、北村の家族の許に帰るという考えはなかった。
しかし、今後、どうするかも決めかねていた。
転勤で北村の家を出てから長い年月がたっている。
北村の家に戻っておいで、という人はいなかった。
何より、亡くなった夫が、北村の家からの決別を望んでいた。
子供に恵まれなかった志津子を、ひとり残していくことを案じたわたるの結論が死後離婚である。
名古屋での暮らしは長い。
大阪の北村製パン店に戻る理由はない。
戻ったところで、やがて老いていくだけの身である。
わたるという存在がなくなると志津子は、北村の家でポツンと1人、他人となる。
年をとり、程なく厄介者以外の何者でもない状態になる。
志津子は、役立たずになった自分の姿がぼんやり見えてきた。役立たずになっても北村の家の人々は大切にしてくれるに違いない。
が、淋しい、掛人かかりうど(居候)である。
志津子は、そんな自分をはっきりイヤだと思った。

わたるは、志津子が椿の里で暮らすことを提案していた。
そこは、父祖の地であり、モミ母さんのお里である。志津子の思い出の詰まった懐かしい古里だ、とわたるは考えていた。
長崎市内の稲田の家は、止夫とめお父さんとモミ母さんが逝った後、弟の英生が世帯主となって祭祀一切を引受けている。小さな子達も多い。
そこに志津子の居場所はない。
北村の家よりもっと居心地が悪い。いっときは、姉上と大事にされても、居候の姉様は、すぐに邪魔者になる。“女三界に家なし”である。

夫に置いていかれて、後、どう生きるか。自分のことは自分で決定する。
今、志津子が対峙していることはこれである。
わたるとの暮らしが長い名古屋の地か、思い出の父祖の地へ行くか。
椿の里は、知り人のいない土地ではない。
とみ爺クマ婆さんのいた処、モミ母さんが生れ育った処、志津子が子供の頃、3年間住んだ懐かしい古里である。



(    #16 終章 ① へ続く。お楽しみに。)



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