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18章 車椅子はもう免許皆伝です(3)

引っ越しの打診

あらかたスイデンの諸手続きが終わった頃、イチョウは、東京の娘・英子から、
「近くに移り住んでほしい」
と求められた。
英子も、幾度とない東京都と石川県の往復に草臥果くたびれはてていた。

イチョウは、4階食堂のテーブルメイトに、娘からの提案を披瀝ひれきした。3人の反応は、
「お子がおいでで、その子が、そばに住んでほしい、と言う。こんな幸せな事はありません」
と同じ言葉を揃って口にした。

イチョウは、長年交流している地域の書道仲間にも東京行きの話を伝えた。彼らもまた異口同音、テーブルメイトと全く同じ言葉を発して賛成した。更に、書道の仲間からは、
「東京からお手本を郵送してください」
との提案があり、書道の関係は途切れなく続く事になった。

片口施設長に東京移転の話を伝えると、
「淋しくなります……」と、言った。

ほどなくして英子から、東京の老人ホームの資料がドカーンと送られて来た。それは、ダンボール箱にぎっしりと詰まっていてイチョウを驚かせた。英子は、施設の主要な特色を拾い出し一覧表を作り、資料に1つ1つ付箋を付けていた。英子は、自宅に近い老人ホームを、何か所か見学していた。そして、イチョウに決心を促して来た。イチョウが
「『暁荘あかつきそうホーム」が良さそうだ」
と告げると、英子はすぐ動き、
「仮押さえして、1ヶ月分の前家賃を支払う事に話を進めた」
と知らせて来た。モクレン館からの退去は、1ヶ月前に知らせる決まりである。モクレン館への通告をそれに合わせて、転居の段取りをする。

東京の暁荘あかつきそうホームの月の費用は、とりわけ家賃が高くモクレン館よりも割高。それを知ったイチョウは、
「このままモクレン館に住んで、しかるべき時期に成年後見人制度を利用したい。葬式だけあなたに頼みます」と英子に提案した。イチョウの思いはハッキリしている。
(この地で培って来た諸々の人々との交流を絶ちたくない)

しかし、英子はキッパリと拒絶した。
暁荘あかつきそうホームは、家族が財産管理を受け持ち基本的に入居者は現金が不要。現金が要る時はホームの立て替えができる。現在、モクレン館でイチョウは、金銭の管理を全て自分で出来ている。年金振り込みをしているヤッター銀行を中心に、暮らしの費用の出し入れを全て把握し管理していた。外歩きの機会が減った今でも、宅配を利用し自宅と変わらない豊かな暮らしを維持し何不自由ない。
「家族に依存しない主体性のある暮らしが今、出来ている。営々えいえい苦労して積み上げた財産、自分の好きなように暮らしたい。葬式代だけ残ればいいじゃない」
と言うのがイチョウの本心であった。英子は、頑としてイチョウの提案を認めなかった。


→(小説)笈の花かご #49
18章 車椅子はもう免許皆伝です(4) へ続く






(小説)笈の花かご #48 18章 車椅子はもう免許皆伝です(3)
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2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静  Tajima Shizuka
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