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19章 モクレン館のマジックショー(5)

いよいよ東京へ

朝食のお別れの歌

正月休みが過ぎた。英子は、引越の前日から、石川県にやって来て、
モクレン館の近くのホテルに泊り、引越しに備えた。

荷造りの日、英子は、早朝からモクレン館に来て、引っ越しの荷造り作業を見守った。荷物は手際よく室内から運び出されて、昼前にはイチョウの部屋は空っぽになった。モクレン館の備品であるベッド一式とイチョウのリュックと旅行カバンがポツンと残った。イチョウは、モクレン館の借り椅子にラジオと目覚ましを乗せた。それはモクレン館に置いて行くつもり。
引っ越しトラックのあかつき荘ホーム着に合わせて、イチョウと英子も、明日の昼までに東京の暁荘ホームに着きたかった。明日のモクレン館出発は朝9時。英子は、母の感染予防のため健康的な朝食を摂る事にこだわり、イチョウは、当日の朝食をモクレン館の食堂で摂るしかなかった。
思い出と感染予防で距離を保てる北陸新幹線のグランクラスを選択。
「車中で飲食はしない方がいい」
とまでイチョウは英子に言われてしまった。
イチョウはいささか不満。
(2時間ものの新幹線の旅、車中の飲食ほど楽しい事ない……)
英子は、新型コロナウイルスの感染を警戒し慎重になっていた。

引っ越し当日の朝、


イチョウ、モクレン館で最後の朝食。いつもなら、7時30分だが、イチョウは、いつもより早く4階食堂に出向いた。すると稲場職員も少し早く食堂に姿を見せた。思いつきで、イチョウは、『湯島に白梅』の2番の歌詞をもじって替え歌にし食堂のホワイトボードに書いた。それを「別れの歌」として最後に皆で唄ってお別れしたかった。気の利く稲場職員は横ですばやく書き写しコピーをテーブルに置いた。4階食堂にいつもの顔ぶれが集まった後で、イチョウは唄った。


♫ 忘れられよか わすらりょか
  モクレンやかたの 縁結び
  楽し集いも 今朝けさ限り
  皆様 元気で さようなら




モクレン館、最後のお見送り

ありがとう、モクレン館

見送りは、片口施設長、岩出ケアマネ、稲場職員の3人。
なぜか、拭井ぬぐい職員は、風除の手前までわざわざ来てくれた。
「エプロンの事、ありがとう」
と言った。
拭井職員は、最近、モクレン館に就職したばかりの女性介護職。配膳の際のエプロンの着用が今ひとつ上手くない。背中の紐がバッテンになっていないため肩紐がずり落ちる。見かねてイチョウが、
「他の職員のやり方を見たらば」
といつものお節介を焼いた。ただそれだけ。

大きな介護タクシーが着いて、イチョウは、車椅子ごと介護タクシーのシートへ乗せられ運ばれた。
各位は、玄関の外に出て、タクシーが駐車場を出て、駅へ向かう幹線道路に達するまで、手を振って見送った。
イチョウは、
「ありがとう」
と呟いて仰臥位ぎょうがいのまま、小さく手を振った。
テーブルメイト3人は、見送りに間に合わなかった。



次は終章。東京の暁荘ホームで暮らすイチョウ。
新しいトバリが開く。



→(小説)笈の花かご #57
終章 てんでバラバラ へ続く






(小説)笈の花かご #56 19章 モクレン館のマジックショー(5)
をお読みいただきましてありがとうございました。
2023年10月21日#1 連載開始
著:田嶋 静  Tajima Shizuka
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