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(2) 独立と言えば...灯台下暗し

ネットカンファレンス形式の会議を終えて、自室に戻る。G7,G20と言った経済下降集団の会合ではなく、地球環境の維持保全を目的とした新たな枠組みを立ち上げた。ベネズエラ、ブラジル、アルゼンチンの3国は、2040年からG20には参加しないと決めた。経済的に低迷を続ける「先進国の国々」の支援に奔走している暇は無いと意見が一致した。元々「出席しませんか?」と声が掛かったのが発端でしかなく、席上、南米3ヶ国に相応の発言権がある訳でもない。集まって話し合った内容は「声明」として述べられる程度に過ぎず、国際社会として何ら強制力の無い方針や上っ面の合意に過ぎない。貴重な時間を費やして集う意味の無い、無駄な時間でしか無かった。流石に日本はおいそれと抜ける訳にはいかないが、「One Earth」に徐々にシフトして、形骸化したG7の近年中の脱退、もしくは解散を視野に入れている。  
自室の椅子に座ると、越山は疲れを覚えた。
無性に甘味が食べたくなり、越山はチベットから届いたばかりのこの秋に収穫されたローヤルゼリーを思い出して、立ち上がった。瓶から匙で皿に小さく盛り付ける。仄かな酸味がまた良かった。女王蜂だけが食すというこの蜜を、人がくすねてしまうのだから蜂には堪ったものではないだろう。
南太平洋諸国に権益を求めた米英仏と同じかもしれない、と一人で笑ってしまう。
嘗ての列強国は核の実験場として太平洋を勝手に使い、周辺海域の住民達を被爆させ、健康被害を慢性的に被らせた。どこまでが実験だったのか、どこまでが意図的に行われたのか、今となっては分からない。ただ、3カ国を内偵した情報から、21世紀の折り返しの頃合いを狙って、米英仏の3カ国が核廃棄物の処分場を南太平洋諸国に置こうと協議し合っているのを把握してから、居ても立っても居られず、ベネズエラは動いた。一番立場的に厳しいのはフランスだろう。周辺のEU加盟国から、廃棄物施設を何処へ作るのか、原発の対テロ対策が生温いのではないか、と、陸続きの欧州ならではの突き上げを食らい続けている。英国も周辺の島ではなく、本島の南部に処分場を作れとアイルランドやスコットランドから言われている。古い原発の廃炉問題も重なり、安易に原発を増やしてきたツケがここへ来て伸し掛かる。そのツケを南太平洋に押し付けると言うのは、断じて容認できる話ではない。         

日本も政権交代をせず、電力会社を解体もせずに、代替エネルギーを推進していなければ、中国、フランスのように無意味で無駄な負債を今頃背負っていたかもしれない。
諸問題を放置し、憲法改正を第一の目的に掲げる政党のままでは、米軍の永住化と核兵器所有も容認され、なし崩し的に核廃棄物処理施設をどこかの地方の自治体に押し付けていたかもしれない。候補地は陸奥であり、北海道の過疎の町が名前に上がったのを思い起こす。結局、東京から離れた所に作りたがる。危険なものだと、東日本震災の原発事故で身に沁みては居たのだ。だから福島より離れた場所に置きたがった。万が一でも東京は被爆しないように・・。       

モリの元に議員として集まった20年前のあの日、各自がそれぞれの選択を誇って居た。意欲に満ち溢れた当選者達に掲げられたモリの一言が「当たり前の事を淡々とやろう」と、笑みを浮かべて口にした。両の肩に力が入っていた自分には、脱力するような発言だった。
しかし、彼は真っ先にイランへ、北朝鮮へ、ロシアへと怒涛の如く動き回り、単独で飛び出していく。行動全てが計算されており、緻密な分析が都度なされていた。あの偉業の数々が、彼には「当たり前の事」だったのかもしれないが、日本の流れを瞬時に変えた実績は伝説の様になり、国家の骨格が初めて整ったとして、終生語り継がれるだろう。与党は引き締まったものになり、議員一人一人がその気になった。
戦後の日本の負の歴史を総て精算して見せたのだから、議員は前だけを見て取り組む恩恵を得た。「先ずは自分が動く」人に任せずに、自ら突破していく姿勢を見て、モリのもとに議員達が結束していった…。
もし、彼がこのベネズエラを手掛けていなければ、北朝鮮を独立させて、自衛隊とは異なる軍隊を持たせるつもりでいたと言う。期せずしてベネズエラに携わり、 シナリオは大幅に書き換えられた。中南米諸国を束ね、アフリカを束ねつつある今、最終的なスケール感は増した。太平洋と大西洋の2つの大洋を支配し、事実上の世界覇者となった。誰のアイディアなのか知らないと、本人ははぐらかすが、サミア会長を手中に収めてAI、ITを独占してみせたのも見事だった。プルシアンブルー社を作らずに、デジタル庁のままで居たら、あのメンバーではマイナンバー制度をいつまでもイジリ続けて、そのうち組織解体していただろう。子供庁も同様だ。実態を何も知らずに、ただ予算を闇雲に投入すればいいと勘違いし続けたのも、日本の政治家と官僚には、真のプロが一人も居なかったからだ。所詮アマチュアの集まりに過ぎなかったからこそ、モリが縦横無尽に動き、見事なまでの人事配置を成し遂げていった。嘗ての付き合いから始まって、家族に至るまで、一人一人に仕事が割り振られた。「たまたまだ」と本人は謙遜しているが、本当の適材適所を見せつけられた越山たちは、信じていなかった。

・・・彼が作成した、この作戦もそうだ。もう、誰もベネズエラに逆らえなくなるのではないか、そんな大逸れた内容だった。                 ーーー                     2040年に開催されるエジプト自主五輪の前大会として、球技を中心にした大会が行われようとしていた。サッカー、バスケ、バレーに加えて、体操、新体操、卓球などの競技が、北アフリカの国々の体育館、競技場で行われる。競技自体は勿論なのだが、それよりも話題になったのは、各国の競技場へ向かう移動手段が斬新だった。空港輸送手段は当然として、地中海沿岸都市を経由するベネズエラ製の高速海上ホバークラフトと、サハラ砂漠の砂地を浮上して進むホバークラフトも取り入れられ、北アフリカの都市間を縱橫無尽に動き回っていた。核熱モジュールで浮遊するホバークラフトの護衛に、サブフライトシステムに乗ったモビルスーツが1ペア付いて回り、競技中の施設には目印となるモビルスーツが立ち尽くしていた。高層建造物が無い土地なので、確実に競技場や体育館の場所が分かる、と評判になる。  

スポーツ記者に限らず、マスコミが参集したのがアルジェリアだった。月面基地と同じとされる居住施設が、砂漠地に建設されていた。5階建てほどのスクエア状のチタン合金の中に、3階建ての集合住宅が建っている。このチタン合金の囲いをコロニーと呼び、内部は空調が効いて降り、灼熱の砂漠であっても快適だった。月面でもコロニー内に酸素と窒素が充満するという。水道は海水浄水によるもので、電気は太陽光発電とバッテリーから供給される。一つのコロニーに2LDK 30世帯が居住出来、このコロニーが10棟並んでいた。月面では1LDK 60戸の個室となり、1コロニーあたり60人が入居する。このコロニーが10式出来上がり、コロニー間は廊下で繋がれるという。地上との違いは月では水道が無く、ペットボトルの水が各部屋に支給される。トイレはバイオ式で、浴室は無い。お湯で体を拭く程度となる。当初は2週間おきの滞在となるので、地球帰還後までお預けとなる。
このコロニーを砂漠やシベリアにも作って、月面よりは優しい環境で生活が出来るのか検証していくというのだが、入居している人々は皆喜んでいた。何より、街での暮らしより遥かに快適だと賞賛していた。
ーーーー                       男は組織で生まれ、育った。母親は父は死んだと言うが、誰が父親なのか分からないと後に知る。自分は白い肌に青い眼をしているが、弟と妹はアフリカ系の肌の色をしていた。母親が夜になると何処かに連れられていくのを子供ながらに覚えている。
外の出来事を知らずに成長した。この矛盾に満ちた世界は破壊され、アッラーの教えによって導かれなければならないと教えを受けて育った。物心がつく頃に、殉教者に成る事、選ばれることが最大の喜びだと知った。子供達の憧れ、切なる願いでもあった。今年、遂に念願の殉教者に選ばれると、ありとあらゆる快楽を学んだ。天に召された世界を模した経験を、先んじて味あわせて貰った。我がイスラム国には預言者が居て、殉教者の向かう先の死後の世界を知っているのだと言う。男は母から離れ、弟妹もどこに居るのかわからない。男が殉教者に選ばれた事で、彼を産んだ事は母親の成果となり、殉教者の弟、妹として兄弟共々大事に扱われると言う。迷いも憂いも何一つ無いように見える。実際、男の眼は澄んでいた。白い肌と茶髪に青い瞳は、観光客を装うのに最適だった。2020年前後に欧州の若者たちが数多くISに関わった。それが是だと信じて、イラクやシリアへ渡った。彼の父親もそう言った者の片割れなのだろう。

 ホバークラフトのチケットを購入する際に、ポーランドのパスポートを提示した。カイロの体育館で行われるブラジル・ポーランド戦のバレーボールの試合のチケットも提示する。何の問題もなかった。乗船チケットも手にした。後は、船の後方の自分の席で、起爆スイッチを押すだけだ。 世界が今までとは異なる方向に進みつつあり、宗教に対して懐疑的な見方がされるようになっていた。それもこれも、日本連合が宇宙圏へ進出し、様々なテクノロジーを生み続けているが故だ。イスラムの教えを熱狂的に信奉する人々からすれば、この五輪という西洋的なイベントを、イスラム教徒の国で開催する事自体が、文明に迎合する退廃的なものだった。殊、女性が肌を露わにする競技で満ち溢れていると宗教者達は目の敵にしていた。自爆テロという特異な手段で、イスラム社会をあるべき姿に導いてゆく。イスラム圏での五輪など、決して成功などさせはしない・・。

あの新型のホバークラフトは核燃料で稼働していると言う。乗船して港で爆発させれば、原爆相当の打撃を都市に負わせる事ができる。爆薬の入った鞄と自身の体内に埋め込んだ爆弾で乗船者を亡き者にしようと企んでいた。        

暫し、浮世を眺めようと港へ出る。雑踏を歩いていたら、その後の記憶が無くなってしまう。延髄に手刀を叩き込まれて気を失った男は、車に乗せられて運び去られた。この日、2人目の殺人未遂犯の拿捕となる。2人の男達は武装解除されると、自白剤を飲まされ、知っている限りの情報を中南米軍に齎した。自分達は選ばれた、特別な殉教者なのだと。                                
ーーーー                       ISの支配地域となっているイラク西部、シリア国境周辺に朝になるとビラがバラ撒かれていた。「アッラーはお怒りだ」と書かれて、2人の男の顔写真とこの2人が所持していたという爆破物の写真があった。「明日、この2人に作戦指示を命じた幹部達に、怒りの鉄槌が下されるだろう。アッラーの神判が何よりも尊重される。偽人どもは排他されるだろう」という内容だった。当然ながら、幹部達もビラを手にする。捕まってしまい、作戦が決行できなかったのは残念だが、痛くも痒くも無かった。殉教者は幾らでも変えが効く。第二弾の人選に当たるように指示を出した。   

その夜、爆音が鳴り響いた。5軒の家が跡形もなく無くなっていた。どの家もISの幹部たちの家で、家族と護衛共々、行方不明となった。ミサイル攻撃でもされたのかと現場検証をするが、火薬・爆薬痕は認められなかった。未明の事なので目撃者は居なかったが、イスラエルの人工衛星が落下する隕石を捉えていた。ハナレに居た従者達は被災を免れたが、屋敷に居た幹部達は霧散してしまった。IS,イスラム国はこの事件を契機に更なる衰退の一途を辿ってゆく。ISが崩壊すれば、地球の反社会的組織は事実上、壊滅する。今度は、中南米軍が残存部隊の制圧に乗り出してゆく。 

世界各国が驚いたのが、イラク政府、新シリア政府から治安維持を要請された中南米軍のIS残存部隊の掃討作戦だった。モビルスーツ4体と、ロボット120体が投入される。モビルスーツが岩を24時間投げ続けて、建物をゆっくりと破壊していく。立て籠もったISの兵士達は騒音と振動で、睡眠を取る暇さえないだろう。窓から外を眺める兵士には、使い捨ての竹製の弓矢が飛んで、負傷してゆく。顔は敢えて狙わない方針だという。兵士は防弾チョッキをしているので心臓を射抜かれる事はないが、主に腕や肩を射抜かれて、戦闘不能となってゆく。次第に疲弊困憊したIS兵の陣地に、盾と日本刀を持ったロボット達がヒトを凌駕する速度で突入してゆくと、IS兵士の手足を切り刻みながら、兵士を無力化し、陣を制圧してゆく。中南米軍の作戦将校は「実弾を使うまでもないと判断したのだが、実際その通りとなった」と淡々と説明する。画して、IS/イスラム国は組織としても、脱走兵を一人も生まずに拿捕してゆく。裁くのはイラクであり、独裁体制ではなくなったシリアだ。
また、捕縛後の実地見聞の結果、刀で切られたのは足や腕の腱や筋に当たる部位で、手足と首が切断されたケースは皆無だった。この凄腕っぷりから、「サムライロボット」と称されるようになる。ロボットが所有する日本刀と弓は、ベネズエラの自転車・ミニバイクメーカーで知られる、ネブラスカ社製のモノで、非売品だと言う。名刀、名弓のレベルまで昇華しており、全ての日本の工房が製作したものを上回るらしい。勝手に「マサムネ」と呼ばれるようになる。       

立て籠もった兵士達の弾薬が尽きるまで、モビルスーツが岩を投げ続け、そのまま消耗戦に持ち込む戦術は休む必要のないロボットだからこそ出来得る戦術で、対人兵器としては斬新な作戦だった。日本人の将校によると、「これは日本の戦国時代の城壁落としの基本形と言えます。こちらは兵糧等の物資や人的資源を投入する必要がないので、そのうちに勝利してしまいます」と微笑んだ。 最強のテロリスト集団と言われたISに対して弾薬を使わずに壊滅に追い込んだので世界中の武装勢力が白旗を揚げる。ベネズエラの櫻田首相、兼 国防相は「テロ無き世界の実現に向けて、大きな一歩となった」と、作戦内容を自賛した。

ーーー                     シリア、イラク国境地帯でISの掃討作戦が行われながらも、北アフリカの自主五輪のプレ大会は粛々と進んでゆく。このパッケージが中南米諸国から提供されると知って、決まっていなかった2052年の五輪に、ASEANが立候補する。自主五輪を主催する委員会は、ASEANの立候補を歓迎し、承認した。IOCを組織として撤廃し、欧米カラーを取り除いてコスト安の五輪が開幕出来る。特定の国と都市で立候補する必要が無いのも、地域を繋ぐ交通網も合わせて提供でき、警備体制もロボットと支援用のITシステム一式が支給されるので、コストを掛ける必要がない、といい事づくしだった。地中海対岸の、北アフリカでのスポーツイベントの成功を受けて「来年の五輪本番で、欧米の時代は幕を閉じるかもしれない」と囁かれるようになる。プレ大会とは言え、それだけ充実した内容だった。資金は中南米諸国・・実際はベネズエラが全額負担し、スタジアム建設と交通インフラを整備する。建設も乗り物も中南米諸国の企業が行う。競技のチケット収益は開催国と支援国に黒字として手にして、格安の放映権料で投資を回収する・・そんな内訳となっていた。  
ーーー
また、英仏のエコノミストが書いた記事が、まことしやかに広がってゆく。先ず、英仏では軍に入ろうとする若者が居なくなるだろう、と。これまでは移民の子達が入隊する傾向だったが、戦う相手がロボットでは割に合わないとヒトは悟ってしまった。また、英仏で底辺の仕事に就くよりも、アフリカや中東へ戻ったほうが給料が良いと、故郷への回帰が始まっていた。これまで移民依存にしていた軍人やゴミ回収、運転手などの担い手が減少してゆくだろうと、予想している記事だった。現在のサービスレベルを維持するためには、給料を上げざるを得なくなり、あらゆる物価が上昇してゆく。ただでさえインフレ傾向が強い中で、更なる値上げとなる。人口減少による税収入も下落し、日本で嘗て導入していた消費税に類するモノが、一方的に税率を上げてゆく。英仏が困窮する一方で、イタリア、スペイン、北欧は日本連合のサービスレベルにある為、税収も安く抑えられ、物価も安いアンバランスな状況が同じEU内でも生じ兼ねない。是等の近未来予測記事を受けて、日本連合と組んでいる国を見習うべきだ。既存政党では、日本もベネズエラも相手にしてくれないだろうと言う論調が体制を占めてゆく。選挙前なのに、どエラい状態になっていた。英仏の日本寄りの社会党の提言が、自ずと拡がってゆく。「原発停止、水素かアンモニア火力発電への変更と、核兵器の廃棄」を各社会党が掲げる。これを推し進めなければ、日本連合は相談にも乗ってくれないだろうと。しかし、ベネズエラは冷淡だった。捉えたISの残党でイギリスとフランスのパスポートを持つ人々を強制送還し、コレ以上の手間を掛けないで欲しいと、英仏と絶縁体制を敷いた。              
アメリカでも同様で、軍人志望の若者が皆無となり、まだ若い軍人は辞めてゆく傾向が続いた。メキシコやプエルトリコ、コロンビアと言った親米的だった国に移住して、中南米企業や中南米軍に入隊する人が増えてゆく。給与も良いし、パイロットか船乗りになれば、宇宙へ行けるかもしれないと考えたようだ。人手が必要な米軍は、急遽給与を上げて、軍人の引き止めに掛かる。その費用の負担は税金に伸し掛かってゆく。若者だけでなく中米、南米、北欧等の国へ向かう人々が多くなり、一部の都市では、サービス事業者が人が集まらずに倒産し、ゴミ回収が出来ない事態が生じてゆく。「ベネズエラに頼んで、ロボットを導入すべきだ」「日本に頭を下げろ」という国民の声が強くなる。
しかし、日本連合は嘗ての宗主国にも冷淡だった。「あなた方はG7の代表でしょう?我々は、途上国を支援するので手一杯なのです」と、突き放してしまう。ベネズエラは、ブラジルとアルゼンチンと共に、今後G20には参加しない。「我々は「先進国」の援助はしない」と言い出した。接点すら断ち切ってしまおうと言わんばかりの報道官の言い方だった。最初は対岸の火事と客観的に見ていた中国も次第に笑っていられなくなる。「先進国には支援の手を差し伸べない。自助努力で頑張って下さい」という発言に、胸を抉られていた。       ーーーー                       12月の国民投票で南太平洋のニューカレドニアはフランスからの独立を決めた。数日後、ソロモン諸島が、中国との安全保障協定を破棄する。ニューカレドニアとソロモン諸島は中南米諸国連合ではなく、ASEANの準加盟国となった。フィリピンに駐在する中南米軍との間で安保協定を結び、新たな一歩を踏み出した。
今後、ASEANのブレーンとも言える日本と台湾の意向が関与してゆく事になる。南太平洋諸国を東西で割って、東をベネズエラが、西を日本と台湾が支えてゆく分担体制を取った。      

逃げ出すかのようにフランス軍と中国軍が去ってゆくと、中南米軍の太平洋艦隊が入港し、バヌアツ共和国と合わせて南太平洋方面部隊の新司令官に着任したサムイ中将が、驚愕の発表を行う。ソロモン諸島の海底には巨大なマンガン鉱が、ニューカレドニアの沖合にはバヌアツ同様にボーキサイトの鉱脈が見つかったと。資源規模と掘削方法、販売などにつき両国政府に検討頂きたいと司令官は述べた。追われた格好となったフランスと中国は立場が無くなる。何の為に長期に渡って駐留していたのですか?という話だ。   
マンガンとボーキサイトがASEANに運ばれ、オーストラリアや北朝鮮の鉄鉱石や銅がASEANに運ばれるようになると、ASEANの経済規模が一層拡大してゆく。実際は火星や月で採掘したものだが、ニューカレドニアとソロモン諸島の資源収入に繋がってゆく。その収益で日用品、食料を購入すればあっという間に脱赤字、黒字経営に転じてゆく。ゆくゆくはASEANの加盟国になるだろう。フィリピンやカンボジア等のASEAN内でも下位にいた国々からすると、「格下」が出来るのは気分が良かったらしい。これが少々騒動の原因となるとは、日本もベネズエラも正直想定していなかった。

通貨安により、食品価格の高騰に悩まされていた中国は、ベトナムやフィリピンから海産物や農作物を購入していた。北朝鮮産の食品の洗練さと鮮度まで望めないにせよ、ASEAN産は若干劣るので国内の民の舌を欺くには丁度良かった。しかし、ASEAN経済が成長してゆくと本物志向が強くなり、日本や北朝鮮産と遜色が無くなってゆく。人々の収入も上がり、暮らし向きが改善してゆくと軽いインフレ傾向となる。安くなる一方の中国元との通貨レートも悪化してゆく。2030年代までは中国に逆らうことの出来無かった人々が、中国を軽んじた行動を取り始める。これが、細かな諍いを生んでゆく。
仲が拗れると、正規に物資の調達をするのが馬鹿らしいと考えたのか、嘗てのように中国漁船が遠洋に繰り出し、出掛けたついでにベトナムやフィリピン海域で漁をするようになってゆく。 この種のトラブル対応数が増えてゆくと、中南米軍に中国漁船を威嚇して欲しいというお門違いの要請が届くようになる。

最悪だったのは、台湾と中国の漁船通しの衝突だった。双方の海上保安庁が出動する騒ぎとなった。2020年代までは、台湾と国交を結んでいる国は僅かだったが、2030年代になると中国との国交を破棄して、台湾へ切り替える国が増えていた。その影響もあったのか、台湾も中国に対して強気に出るようになっていた。それもこれも、日本連合の傘下に居るという安心と、中南米軍の圧倒的なまでの強さの庇護下に居たからだと言われる。台湾政府は発言は控えるが、台湾の人々は独立を掲げるようになる。ニューカレドニア独立とソロモン諸島からの中国軍の撤退は、人々に「可能性」を気づかせてしまった。        
ーーー                     事実上の独立国の位置づけだが、国連の加盟国でないことや、日本以外の先進国との国交が無いという現実は、是正したいと考えるのが普通だ。台湾総督は日本政府に独立支援を打診するようになってゆく。あの手この手が日台間で練られたのだが、あろうことか台湾の議員がマスコミに協議内容をリークしてしまう。
報道を知った中国は穏やかでは無い。仕方が無いと梁振英外相が「一つの中国」の原則論を掲げて、日本にも抗議する。日本は中国とのこれまでの合意を無にするのか?と。立場上仕方が無いと思いながら、杜 里子外相、モリ・ホタル官房長官も、「あの記事は憶測に過ぎません。事実ではありません」と煙幕を張った。

しかし、政治で茶番劇をしても、漁師同士や貿易交渉時には各所でイザコザが生じやすくなっていたのも事実だ。年末になって中国の海上保安庁の船籍が、フィリピン漁船に発砲してしまう。これが双方が領海だと主張する海域で起きた。台湾とベトナムの漁師達も熱くなって、海の上でトラブルが絶えない状況になってゆく。

 里子外相は休日返上で、双方の仲裁に動いてゆく。領海問題をいつまでも放置している訳には行かなくなってきた。外務省や農林水産省の腰が重いのを悟った里子は、日本政府の次期顧問を兼務するモリに相談を始める。
「どうしましょ、先生?」と。
その表情は「ねぇ、何とかしてよ」と言っているようだ。そもそも、内閣の他の面々は動かないのだろうか? 来年の大統領任期が始まるまで、フィリピンで寛ごうとしていたモリは、仕方がないと渋々と東京へ向かう。それも、自家用のホバークラフトに羽根を付けて、飛行させた。東京湾に入港すると、非核三原則に引っ掛かるので、中南米軍の航空機・輸送機の核熱モジュール機の着陸が認められている唯一の空港、旧横田基地、西東京国際空港へ向かう。ホバークラフトがマッハ2で飛ぶのだから、すれ違った航空機は啞然としていただろう。空気抵抗や、騒音はそれなりだったが、ジェット機の2.5倍の速度なのでスービック湾から、1時間半で到着する。自家用機は50人乗りだが、兵器として配備されるのは100人乗りだ。侍ロボットを満載して、海だろうが山だろうが、自在に送り込む事が可能になった。

(つづく) 


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