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8章 分断された社会の末路 (1) 稀有な血脈

目が覚めると、病室に息子夫婦の柳井太朗とヴェロニカが居た。12時間ほど寝ていたと部屋に入ってきた看護師から告げられる。今は、採血しながら意識が薄れていった記憶しかなかった。その血を提供した海斗の容態も安定していると聞くと、血液量が少なくなっている筈なのに、頬ににわかに高揚感を感じる。体のシステムが機能している実態を認識して、2重に嬉しくなる。
大事件に直面したベルギーの今の状況を簡単に説明し終えた太朗が、海斗の病室に居る鮎と異母弟達を呼びに立ち上がる。部屋に残ったヴェロニカから、ベルギー政府から新たな発表が何も発表されていない状況だと補足説明を受け、捜査が難航している様を想像する。
過去に例を見ない事件が起こったのだから仕方が無い。今は兎に角慎重に事を進めるしか術が無いのだろう。

モリがベルギーに到着した際、ブリュッセル市内は戒厳令下のように検問が各所に設けられており、武装した軍人が配備され、市内から出ようとする人々の車のトランクや室内をくまなく調べていた。     
生物兵器か、もしくは神経性のガスが繁華街で撒かれ、多数の被害者が出ていると政府関係者から知らされて驚いた。戦闘機の移動では下界のニュースをラジオで聞くことが出来ないので、浦島太郎状態になる可能性がある。それでも今回の事件には近年には無い衝撃を受けた。民間航空機でベルギーへやって来た人々は空港で待機を命じられ、市中への移動が出来なかった。
被害を受けた方々を収容するにも数が多いが為に、ブリュッセル市内の病院では足らずに、近郊都市の病院まで被害者を搬送しているという。
この無差別殺人の犯人がグループなのか、単独犯によるものなのかも、事件が発生した数時間後の時点では判明しておらず、パニック状態は依然として続いているという。

モリがカラカスの空軍基地を飛び立った時は、大量殺人を狙ったサリンを用いた凶行は伝えられておらず、刃物で11人が惨殺され、6名が瀕死の重体という情報しかなかった。ブリュッセルに到着してから想定もしていなかった展開に衝撃を受け、車中からの市内の慌ただしい人の動きに目を奪われていた。
戦争以外のテロ行為として、市中で生物兵器が使われた事件は、日本の地下鉄サリン事件以来と伝えられる。
46年前、モリが社会人になったばかりの年だったので鮮明に覚えている。勤務していた会社の同僚何人かが出社途中で被害にあい、暫く入院した。横浜から都内への通勤で、地下鉄を利用する必要が無かったから難を逃れたのだが、もし会社ではなく客先へ直行していたら、事件に巻き込まれていた可能性もある。      
そんな一般の人々を対象とした無差別テロが頻繁にある筈も無い。それだけの規模の事件が、EUの首都でもあるブリュッセルで起きた。犯行に及んだ組織の推定や犯行動機への憶測も含めて、デマや推論も含めて情報が錯綜しながら、ベルギー国内に留まらず、世界中で事件が報じられ、議論されていた。これだけの規模の事件なので欧州各国が警戒体制に入るのも無理はない。犯行声明のようなものはまだ出ていないようだが、欧州の主要都市の全てが、狙われている可能性を考慮する必要があった。               
刃物による殺傷事件と、何らかの化学物質による大量殺人との関連性も分からない。たまたま2つの事件が重なっただけなのか、2つの事件が同じ犯行グループによるものなのか、全くわからない。そうなるとパニック状態に政府も、警察も、市民も陥ってしまうのも理解できる。犯人を逃走させない為の手段としてブリュッセル市の各所に検問を設置して、仕事を終えて、飲食を楽しんでいた人々、残業で居残った社員達の全員が、取り調べ対象になってしまう。それだけ大勢に人々が居るだけに、犯人との違いを探すのも物理的に無理があるのではないか、犯人は、この状況も予測しての犯行なのだろう、安々と逃れる可能性が高いなどと思いながら、ベルギー政府が用意した車中から、混乱した市内の状況を見ていた。    

家族よりも先行して 海斗が収容されている病院に到着したモリは、医師から海斗の容態を聞きながら採血同意のサインを交わし、1リットルの採血に挑んだ。一刻も早く、海斗に輸血する必要がある。採血が進むにつれ、次第に意識が遠のいてゆく。1.5リットルを越えるとヒトの体は生命の維持が出来なくなるという医師の話を思い出しながら、こういう事かとぼんやりした脳内思考の中で、納得していたように思う。意識を失うのと同時に、滾々と眠り続ける。自身の血肉を提供する経験は、アユムに軟骨を提供して以来となった。

モリの病院到着から1時間程遅れて、海斗の母親の金森鮎と、異母弟に当たる6人が病院に到着し、早速モリと同じように採血を始める。今度は6人なので採血量は一人あたり約0.5リットル、父親の半分の採血量だが、海斗が失った血量を補うには十分だった。残った半分以上の血液は、病院の貴重なストックとなる。

モリ家の血液は少々複雑な種別となる。長男の太朗と長女のアユミだけがRhプラスで、他の子達はRhマイナスのB型の父親の血を継いでいる。海洋生物学者の鮎の助言を元に、家族間で血液のセーフティネットを構築したのが始まりだが、今回初めて家族間で活用された。家系に、幸乃、越山、櫻田の3人の医師が加わると、各自の生活圏に応じて、事故が発生した際の手順が纏められ、整えられたガイダンスに従って、サポートに廻る家族が動いてゆく。今回、ベルギーに一番近い場所に居たのが父親で、日本にたまたま集結していた6兄弟が駆けつければ、事足りると事前に判断されていた。
血液の世界ではマイノリティに属する為に、子供たちは同じクラブチームと欧州に兄弟が集い、小さな子供達は学校を共にして共同生活を行うようになる。万が一の際には、兄弟間で血液を融通し合う思惑は伏せられているので、端から見れば「仲が良い」とか、「同族でツルミ過ぎ」と思われても仕方がない。公にする必要もないので触れないでいるが、生活上のリスクを密かに抱えている。母親の鮎は、自分達の到着の1時間前にモリが採血し、海斗に輸血したと聞き、戦闘機ZEROで大西洋から北海上空の宇宙圏を最高速で横断したのだろうと、モリの寝顔を見ながら涙ぐむ。父上の血液が最も効果的な輸血となったと医師から告げられれば、マニュアル通りの対応とは言え、自然と涙がこぼれた。
海斗の容態も次第に安定し、呼吸も脈拍も正常な状態に戻りつつある。後は、目を覚ませば安泰なのだが、まだ完全に安心できる状況ではない。    

「鋭利なナイフを振り回す暴漢が、移民エリアで殺傷事件を起こした」日本への第一報の段階では、正体不明の化学物質による大量殺戮事件については、まだ伏せられていた。   
殺傷事件の現場近くにいた海斗が、ところ構わずに斬り掛かっている暴漢を止めようと挑み、剣で腹を刺されながらも相手の足を祓って薙ぎ倒し、暴漢の頭部をサッカーボールのように蹴り飛ばして首の骨を折り、絶命させた・・と病院に居た刑事からの報告を受けて、鮎も兄弟達も絶句する。

警察で事情聴取されていると言う、一緒に食事していたクラブチームの同僚に荷物を預けて、単身で現場に向かっていったという。銃声のような音はしなかったが、女性の悲鳴や絶叫が相も変わらず続くので、同僚も現場に駆けつけると、海斗が刃物を持った暴漢と交戦している真っ最中だった。相手は大きなナイフのような刃物を両手に持ち、手練た攻撃を海斗に繰り出していたという。同僚は加勢しようと2人に走り寄り、暴漢の意識を分断する事に成功する。その隙を突くべく、海斗がドリブル時のようにフェイントを掛けながら、相手の懐に入ると、ジャブを放つと見せかけて腰を落とし、暴漢の足を蹴り払い、暴漢を押し倒した。暴漢が倒れ込む際に、暴漢にタックルして自分の体重を掛けて、倒れ込む相手の衝撃を破壊力のあるものにしようとしたのだが、暴漢も倒れながらも一本のナイフを海斗の腹に突き刺した。刺された海斗は絶叫しながら立ち上がると、右足を大きくスウェーバックして、相手の頭を足の甲で蹴り上げるように振り抜いた。暴漢の首がおかしな方向に傾いたので、同僚は「死んだ」と確信したという。蹲って腹を抑えている海斗の元に駆け寄りながら、「誰か、救急車を呼んでくれ!」と周囲に叫びながら、腹からナイフを抜き取って、まだキレイだと思った自分のハンカチを腹の傷口に押し込んだ。ハンカチが直ぐに血で染まるので、周囲に集まってきた見物客に、タオルと縄かロープを要求した。 通りが飲食店街だったのも幸いし、必要なものが揃うと止血していった。このクラブチームの同僚の応急処置が功を奏した。スカウト担当者といえども、サッカー経験者だ。様々な怪我に泣かされ、選手から退いた経歴と、若い頃のオーストリア軍での衛生兵としての経験が役に立った。   
欧州でも兵役が残っている国は今でも幾つかある。鮎は同僚に感謝する。海斗一人ではおそらく対処できなかっただろうと。        ー                        犯人の遺体が警察に運ばれ、検死解剖される前から異常が確認されていた。指の指紋が消されており、奥歯の中に忍ばされていた青酸カリと思しき成分が口内から漏れ出ていた。  
犯人が所持していた、殺傷に使われた大型のアーミーナイフは年代モノで、グリップは犯人の手にフィットするように削られたコルクで型どられていた。コルクは汗と血をを吸収して、ドス黒く変色していた。     「おそらく軍歴有り。しかも特殊任務に就いていた可能性が高い」と誰もが想像した。    
搬送シートで遺体を包みながら、首が180度回転して舌が伸び切って出ているので、嘔吐がこみ上げてくる。「頭を蹴り殺されたガイシャを見たのは、初めてだ」と先輩職員が笑いながら言うので、後輩はゾッとしながらファスナーを締める。男の眼が見開いたままだったので、検死官が再びファスナーを開けたときに、ゾッとするのではないかと思ったが、躊躇わずに締め切った。

指紋の無い人物の特定は素早いものだったが、期待外れの結果となる。9日前にポーランドのパスポートで入国した事が判明した「ミカエル・スミルノフ」とされる人物を、ポーランドに照会したのだが、想定したとおりパスポート番号にも、名前にも該当者情報は無く、偽造パスポートだった。                ーーー
             
ブリュッセルの事件は世界中でトップニュースの扱いとなる。2つの事件の相関関係を既にベルギー政府は押さえていたが、当初は公表を避けた。犯行組織や目的が特定できないのと犯行声明を待っていた。把握している情報を開示するタイミングでは無く、ベルギー側が混乱に陥っているように犯人に思わせる目的もあった。犯人の優越感を煽って、余計な行動に出る事も狙っていた。

サリンが撒かれた店内のカメラが映した映像では、路上でナイフを振り回した犯人が、パブや飲食店に入り、カウンター席に座ると中型のリュックを自分の足元に置いて、ビールとスナックを頼んでいた。犯人は全てを飲み干さずにリュックからプラ容器を取り出すと、床に転がしてから財布を出して料金を払って、店から出ていった。容器から漏れ出たサリンが揮発し始めると、店内の客が嘔吐し、もがき苦しみ始める惨状が店内を映した映像から判明していた。 犯人は店舗から店舗を移動し、5軒の店で同じように振る舞うと、今度はナイフを取り出して、大立ち回りを始めた。・・この映像は今はメディアに渡すわけにはいかない、人が苦しむさまを映し、死者まで出ている。加工修正するにしても、あまりにもショッキングな内容だ。            

海斗が犯人を殺傷したので、本人から情報を得るのは出来なかったが、指紋も無く、腔内には青酸カリが検出されたので、何れにせよ本人から事情聴取するのは難しかっただろう。 ただ、サリンを持っていたのでISのような、イスラム原理主義者の組織の犯行の路線を想像し、暫く犯行声明を待った。殺傷犯とサリンを蒔いた犯人が敢えて別として、「複数犯の犯行の可能性がある」と煙幕を張った。               
日が明けると、市民がSNSに投稿していたので、殺傷犯は死亡したと発表する。サッカー選手のモリ・カイトが犯人に刺されながらも、犯人を転倒させて、頭を蹴り上げる映像が幾つも拡散していた。         本人は出血多量の重症で、意識不明状態になっていると警察が発表すると、マスコミは父親のベネズエラ大統領が事件が発生して1時間足らずでブリュッセルに到着し、しかも戦闘機で単身乗り込み、その1時間後に、日本から母親のモリ・ホタル官房長官と兄弟達が到着したと報じられた。輸血の顛末は伏せられていたが、モリ家の近親者として手厚い医療処置が施されて居るのだろうと、誰もが想像した。             
ーーー                  

太朗とヴェロニカに支えられながら、SNSの中でヒーローに転じた、息子の病室に向かう。 呼吸器を付けられた海斗の寝顔を見て、期せずして滂沱する。何故、犯人に立ち向かったのか、何故、警官が駆け付ける前に事を起こしたのか。そう思いながら、息子の頬を撫でて、頼むから起きてくれ、と祈る。顔を撫で続けていたら、ある考えが浮かんできた。
「親の肩書がこの子を押し出したのかもしれない。両親が共に世界でも著名な政治家となり、息子として何らかのプレッシャーを背負い続けており、責任感のようなものが彼の足を押し出したのかもしれない」と。
犯人の動きを見て、対応できる自信がフト浮かんだのかもしれない。「イケる!やってやろうじゃないか!」と例の調子で判断して、ドリブルしているかのようにフェイントを掛けて、犯人の意表を突いて見せて、相手の隙を窺いながら、倒すイメージが湧き上がったのかもしれない・・。  

「無茶しやがって・・」と、モリは泣きながら口にしていた。              

そこへ、タヒチに居た筈の歩と、身知らぬ女性が入ってくる。女性が真っ先に海斗に泣きながら縋り付いて行ったので、歩の顔を見ると、ゆっくり頷く。彼女なのだろうと理解する。どことなくヴェロニカに似ているような気がしていたら、隣に居た太朗がヴィーの姪っ子なのだと教えてくれる。「そこ」は兄弟なんだなと理解する。
泣きじゃくる彼女を見て、鮎がオロオロしているのが面白かった。          

ドラマは、その先のフィナーレへと一気に場面を変えてゆく。             
「こいつは何だ?嘘だろう?」モリは目を見開き、若い2人の一挙一動を見守った。海斗の左手がゆっくりと動くと、彼女がその手を取って「カイト!」と3度続けて叫んだ。
海斗がうっすらと目を開けて、酸素マスク越しに微笑むと、部屋に居る全員の目に涙が溢れた。・・息子は、海斗は、生還した・・。  

事件発生から、ブリュッセル市と周辺市に外出禁止令を出していたベルギーの混乱は続いていた。犯行自体は単独犯の可能性が高まりつつも、背後の支援組織の存在は意識せざるを得なかった。それ以上に、満員だった5つの店舗でサリンの被害にあった人々の中から死者が少しづつ増えていく。被害者を収容した病院は、戦時下の様相だった。        
事件が起きた店には、防護服とマスク姿の科学班が入り、現場検証を行う。犯人が所有し、廃棄した品々を回収し、分析をしてゆく。     
ベルギー国外からの人物の可能性が次第に高くなると、犯人の写真と偽造パスポート、そして、指紋を失った手と、身体的特徴がインターポールに送られ、人物照会が始まっていた。     

モリ・カイトが意識を取り戻したという報は、唯一の明るい材料で、犯人と交戦した際の話を聴取に行こうと色めき立つ。同じクラブの同僚がカイトが足をはらって犯人を横転させた際に、「Damn! (畜生)」と耳にしていた。咄嗟の反応時の発言なので、欧州人では無く、英語圏の人物の可能性がある。カイトが犯人と何かしらの会話をしていたら、と願っていた。      
ーーー                     モリのベネズエラ帰国が決まり、ベネズエラ政府はベルギーとブリュッセル市に対する、資金提供と警備支援を表明する。サリンの被害者に対する医療支援金と他界された方へのお見舞金と、事件現場となった店舗への経営資金で、本年度分として100億ペソ(=円)の提供を表明した。   
また、今回の破壊活動に組織が絡んでいた場合、ベネズエラ政府は人類に対する挑戦と受け止め、組織の解散もしくは壊滅を行う用意がある。それまで、ベルギー側の捜査を見守りたいと、ドラガン首相が会見で発言した。
ベルギー以外へのテロ行為の抑止と、牽制を狙ったものだった。

ベルギー空軍の基地に中南米軍の輸送機3機が到着すると、市内警備を担当するロボット部隊が1000組、2000体が配備される。同時にEU加盟国を対象とする監視衛星を配備し、常時記録を取り、ありとあらゆる犯行を見逃さない映像を年内いっぱいまで撮り続けると、ベルギーに到着した警備担当の将校が会見で発表する。

欧州をベースとしている反社会組織にしてみれば、この中南米軍の欧州への介入はいい迷惑だった。極端な話、スリや窃盗の路上犯罪でも検挙される可能性が出てくる。欧州を商売圏と見倣す事が出来なくなる。
ーーー                     中南米軍総司令官であるモリの口頭承認を受けて、承認のサインをドラガン・ボクシッチ首相が代行すると、タニア・ボクシッチ国防相が作戦開始指示を送信する。
地球の高度20万m上空で静止していた、強襲揚陸艦からモビルスーツ2機が出動し、ソフトボール大の人工ダイヤモンド2つに、大気圏突入時の保護シートを被せて待機する。投下角度の修正が終わると、平壌基地が、投下地点の座標を受信する。ソウル周辺の天候は曇りで、ほぼ無風。2つのダイヤモンドの一つを迎撃するミサイル発射の準備も整った。海上で1つを確実に迎撃する。ダイアモンド投下のカウントダウンが始まる。地上の平壌基地の司令は、韓国政府に対して隕石落下の可能性を連絡し、中南米軍平壌基地のミサイルで迎撃する準備を始めた旨を伝えた。カウントゼロと共にモビルスーツがダイアモンドを投下すると、モビルスーツは強襲揚陸艦に帰還し、次はハワイ島に落とすダイアモンドの投下地点に移動していった。

深夜2時10分過ぎに中南米軍から連絡を受けた韓国政府は、韓国軍に隕石落下の可能性を伝える。政府から一報を受けていた韓国軍は、平壌基地からミサイルが発射されたのを確認する。数秒後には何かに衝突したのか、ミサイルはレーダーから消えた。       
残ったダイヤモンド一つはマッハ33の速度まで加速し、ソウル郊外の教団の施設の一つに命中した。

中南米軍は、韓国政府に連絡する。落下する隕石はミサイルで撃破したものの、破断した隕石が方向を変え、ソウル郊外の宗教法人の施設内に落下した。守りきれず、誠に申し訳ないと通達した。

同じような手順を繰り返し、12時間の間に世界の3箇所で隕石が墜ちたと話題になる。偶然が重なった避けきれぬ自然現象と見る世論と、意図的な攻撃ではないか、と受け止める少数派が居た。少数派は「破壊された工場で何を製造し、破壊された倉庫に何を備蓄していたか」を知っている者たちだった。

極めて少数派となるアメリカ政府は震撼する。ベネズエラと日本は、隕石を自在に操る術を持っているのかと疑心暗鬼に苛まれる。
現地で倒壊した建物の撤去作業に当たる企業には、報道陣の質問に無暗に対応しないように伝える。製薬会社の従業員には箝口令を再徹底して貰い、カリフォルニアで何を製造し、何をハワイに備蓄していたのか、悟られぬよう指示を出した。
                   
ソウル郊外に落下した隕石を破壊しきれなかったお詫びを、ベネズエラ政府の報道官が発表する。隕石をミサイルで破壊したが、隕石の破片がやや大きいものが落下して、倉庫と思われる建物を倒壊させてしまったと詫びる。        
ミサイルで迎撃できても、隕石が破断した後の落下までは防ぎようが無いと、詫びるような言い回しで、対策として完全なものではないと見解を述べた。実際は2つの隕石を落下させ、1つをミサイルで迎撃した。深夜で映像にも残っておらず、中南米軍の発表を鵜呑みにする向きが大半となる。
その11時間後の現地深夜時刻。中南米軍が「隕石が北米に落ちる可能性がある、必要ならメキシコから迎撃する」とペンダゴンに連絡したが、深夜だからか返信が得られずに、ハワイ島とサンフランシスコの郊外に隕石が落下する。幸いにして市街地から外れていたので人的被害こそ無かったものの、立て続く隕石騒動に、人類が恐れを抱く話題となっていた。

アメリカ政府は表向き、ベネズエラ政府からの連絡と対応に謝意を表しながらも、咄嗟の返答が遅れた事実を問題として捉えて、体制を見直すと報道官が発言した。

4月に合同結婚式を予定している教団は、パニックとなる。教団の倉庫も、製造元の工場も被災してしまった。4000組を越える新世帯に「聖薬」の販売が出来なくなり、頭を抱える。     
薬物収入に依存しなかった頃は、新婚信者の離婚率も高く、信者達からパートナー変更の要請も非常に高かった。世界中に分散して居住している10万組を越える家庭に対しても、暫く薬物の販売が出来ず、「別れたい」「別の信者を紹介してほしい」といった嘗てのクレームが再燃する可能性がある。所詮、パズルのように男女を割り振っている欺瞞に満ちた夫婦であり、家族でしか無かった。性格の不一致や体の相性の問題といった、ヒトならではの様々な微細なズレを、怪しい教義と媚薬のような薬物で強引に誤魔化していたに過ぎなかった。まさに「邪教」「カルト」と呼ぶに相応しい団体と言える。

「薬物を絶たれた」という事実を突きつけられた今、教団の喫緊の課題であり問題は、「如何にして収益を上げるのか」その手段を早急に決める必要があった。
事業継続上の危機管理能力の欠如が露呈すると、教団上層部は霊感商法の暫定復帰を考え始めてしまう。  
布教を禁じられている国で事を起こすのは言語道断だった。もし、手に手を出し、彼の国で問題が露呈すれば、宗教法人として存続できない状態になる。旧統一教会は教団の危機に、仕方が無いとして、中国本土への進出を画策してゆく。   

リゾート地や大都市に巣食っている麻薬ブローカーは、主力商品であり、人気商品だった合成麻薬が入荷のメドが立たなくなったとして、手持ちの在庫の値段を急遽数倍に上げ、大麻やヘロインなどの麻薬販売に力を入れるよう、方向転換を迫られる。当然ながら、他の麻薬の取扱量が増えるので、総じて価格は上昇するため、販売する側のリスクは高まる。そのリスクを負えない小さな組織は、薬物販売からの撤退を決めるしかなかった。

(つづく)


「先見性の無さ」をものの見事に表現
ツキからも、完全に見放された。旧日本軍と同じ末路へ


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