(11) 妻達による、内助の功
1月10日から月末までのわずか20日間で、日本人知事就任後の黒竜江省、吉林省・旧満州経済特区への国内企業の進出数が、北朝鮮やASEAN等への海外進出企業の1月集計値を大きく上回った。日本の経済産業省はこのデータを元に分析を加えて、報告書に纏めた。閣僚会議の場で山下智恵経産大臣がトピックとして取り上げ、データをモニターに表示して説明を始める。山下としても作戦参謀としてのショウコ・イグレシアスを認めざるを得なかった。モリが彼女を起用した理由がよく分かったのと同時に、経産省や外務省が打ち立てた計画では、ここまでの成果は得られなかっただろうし、部分的には失敗していたかもしれない。嫉妬していたのは事実だ。嘗て婚約を機にモリに捨てられた女の恨みつらみを、勝者の一人である翔子にぶつけていた。あの悔しさも失せる程の見事な滑り出しだった。今ではモリの隣に居るべき存在だと認識を改めている。幾つものプランが複雑に組み合わさっているので、これが統合された一つの計画だとは頓に想像出来ないレベルまで練り込まれている。翔子に対して尊敬の念を抱き、感謝すらしている自分に気が付く。何しろ、モリに続く祖国を導く存在が誕生したのだ。その新人に米中の二兎を追い詰めるプラン作りを担わせ、世に送り出した、モリの勇気ある決断に対しても。
山下経産大臣の報告を聞いている閣僚達は感嘆の声を発し、唸り声を上げる者も居た。中国東北部2省へ進出する日本企業数の伸びが他の地域を圧倒しており、全体の投資の8割方を占めていた。数値を見た途端に阪本首相が目頭を抑えて、肩を震わせて泣き出す。首相の反応だけでなく、モリホタル(金森鮎元首相)官房長官も、杜里子外相も、結果的にこの2省の所有者となった当事者を想い、これまでの年月と経緯を想い返す。秘匿されていた土地所有の情報を、先月になって知った閣僚達もすすり泣いている。説明をしている山下経産大臣も、次第に場の雰囲気に感化され、目頭を熱くしていた。そんなグダグダの閣僚会議に、この議題に関してだけはなりつつあった。
「満州統治のあるべき姿が、95年経った今、ようやく始まった・・」と止めどもなく溢れ出てくる感情に鮎は身を任せていた。閣僚会議の場であることを忘れて、人目を憚らず滂沱する。95年前の満州国に比べれば、2つの省なので面積は小さいものの、当時の満州国首都・新京、現在の長春市は国際都市へと変貌し、この数年の成長は著しいものがある。大連市 最大手の銀行を手にした昨年末、プロジェクトそのものは「実施」に踏み切り、後には引けなくなった。閣議決定がなされる前に、賽は投げられていたのだ。それもコレも、民間企業の経済活動までが全体プランのパーツに組み込まれているので、政府の政略には見えない。モリ家に関係する者ばかりが経営に携わる企業が暗躍しているのか?と疑問を抱いたり、全体を俯瞰できた者だけが、日本の政策なのかもしれないと勘ぐる程度だろう。まさか、米中2カ国を纏めて術中に嵌める計画だとは誰も想像出来ないだろう。 モリ本人でさえ、手掛けた事の無いスケール感を、新たに作戦参謀となった翔子が手掛ける様は、秀吉によって抜擢された三成を連想させる。秀吉の築き上げた資産と戦力を昇華させて、采配して見せた三成は政治では才を発揮したが、軍事面では成果を上げられずに終った。しかし、翔子には北朝鮮に櫻田が、ベネズエラにタニアというモリの薫陶を受けた軍事顧問が居る。アジアとアメリカに対峙する上で、それぞれが重要な役割を果たす。モリは高所から見物して、支援に回るだけで済む。
中国政府と主席が書面で認めたモリが法的に所有する、日本政府の貸借地、吉林省・黒竜江省。その地でモリの教え子達が、見事なまでに統治をスタートさせた。まるでベネズエラ、タヒチ、北朝鮮等の再建時の「おさらい」「再現」であるかのように、実行・実施されている。計画の段階から与党関係者には感極まるものがあった。モリ発案の再建策を旧満州向けにアレンジし、開始早々から成功を収めている。日本再建事例の次点となる6000万人人口圏で、今後も更に人口増加が予想される地域の知事を日本人が務める。日本資本と台湾資本が半分づつ占める、日本政府の意向が反映可能な国際金融機関が設立され、共産党支配の中国系銀行よりも断然安心出来ると記事や公に評論、評価を受ける。更に、現在は史上最低金利の中国の銀行よりも低利の融資をメニューに加えて、世界中に産業誘致を働きかけている。現時点に於ける投資先として、誰が見ても地球一の場所となっていた。
1日からの春節期間中に、中国で移動禁止令が発令されたのはコロナウイルス感染が広まった2019年依頼となる。周辺国からの支援による石油供給がされ、ガソリンや灯油はやや高値だが、潤沢に市中に供給されている。人民の移動は省内に限定されていたが、省の境目に居住する人達は恐る恐る越境してみたが、咎められることは無かった。
その一方で、経済特区である旧満州・黒竜江省、吉林省の2省には移動禁止令は掛からず、主に台湾の人々が主要都市を訪れて、東北部の真冬を堪能した。ごく一部に東北部を故郷とする台湾人の方がいて、自由に往来できる感激を伝えていた。
黒竜江省、吉林省の知事に就任した芦北美玲と前田未来の2人は経済特区の新施策第一弾として、省の「住宅融資制度」と「中小企業開業支援融資制度」を発表した。従来までの規模の大きな企業進出だけに特化していた両省の方針を止め、産業構造のバランスを取る目的と個人の成功者を増やす意向を掲げた。およそ「共産党の発想ではない」メッセージ色を打ち出す意図があった。取り分け、中華圏の人々に対して「違い」を訴求してゆくのが今後の狙いだ。この施策第一弾で大企業偏重を脱して中小企業を増やし、韓国的な大企業ありきの頭でっかちな産業構造を否定し、人種や民族に拘らずに人々を受け入れ、産業を活性化させたいと省の産業課が打ち出していた。また、ベネズエラを真似て、中小企業は起業して2年間は市民税、土地税制以外は無税としたので、日本、台湾、北朝鮮のみならず、中国以外のアジア中の企業から、進出の要請が殺到する。
合わせて6年前に新主席就任時に撤廃された、モリが手掛けた「公団住宅制度」をこっそりと復活させて、低層長屋タイプと団地タイプの建設が始まっていた。日本のプルシアンブルー社の建設会社と不動産会社が一手に開発を引き受け、モビルスーツとロボットを投入した建設風景を、物珍しそうに見学する人々が絶えなかった。幼稚園や保育園のお散歩コースとなり、小学生の社会科見学のメニューとなる。急遽、幼児用、子供用の見学用ヘルメットを調達し、説明員役を担ったロボットが建設現場に常時待機するようになった。
中小企業向け融資や起業融資制度、住宅ローン自体は、新設された日台資本のパシフィック銀行が請け負う。売りは中国系銀行よりも低金利の融資となる。日本、北朝鮮の金利を適用せず、数年前から資本投入し、昨年末傘下に収めた中国大連市の銀行の本店を長春市に変更して、中国の中央銀行から、メインを北朝鮮中央銀行管轄に切り替えて、中国の金利から更に低い利率を打ち出す。
カラクリ自体は極めて単純なものだ。好経済に湧く国と、経済低迷を続ける国のイイトコドリを行う。
企業でも個人に対しても、融資対象となる通貨は「中国・元」に限定される。買収した大連の銀行に、ファンドマネージャーをチーフとする金融プロジェクトチームを派遣し、プロ資金運用部門を新たに設立する。大連市やその周辺市の銀行の各店舗では、親会社のパシフィック銀行の金融商品だけを販売し、日本や中南米企業株の株式投資信託や日本連合の企業株の販売、各種保険商品を店頭に並べる。パシフィック銀行の商品メニューは、中国国内で初めて紹介された格好となる。中国系金融機関から、金融商品提供の要請を受けてはいたが、中国の金融機関全てが極めて国際評価が低いので、断ってきた背景がある。
共産圏の金融機関は存在自体が胡散臭いので、20年前にモリは自前の独立銀行RedStarBankを北京に設立した。その後、中南米に異動したので、銀行も中南米に本社移転し、中国内に金融機関を持っていなかった。そこで満州国の重要拠点でもあり、日本経済とも関係性のある大連に的を絞り、対象の銀行を決めると、資本を徐々に投入して日本人行員を増やしながら、最後に頭取を始めとする経営陣を日本連合の人材で固めて、ほぼ日本の銀行に変革した。
中国の人々に喜ばれた商品として2商品、預金と金(Gold)販売が突出する。
円預金、ベネズエラペソ預金、北朝鮮ウォン預金は年率約5%と、中国・元の定期預金金利0.02%より遥かに高く、中国内預金量の大移動が始まる。恰も貯蓄好きの日本人のような行動を中国が取るのも、中国の金融機関では無いので預金封鎖の心配が無いからだ。15億人の人口を持つ中国ならではの貯蓄額が次第に集まってゆく。
日本の銀行預金額を凌駕する日も遠くはないだろう。結果的に「元」離れが更に進み、元の通貨価値は下がってゆく。益々、定期預金金利に差がついてゆくだろう。
中国の人々にすれば「外貨預金」の扱いとなるのだが、20年前にアジア向けに日本が構築した電子決済システム飛鳥(ASKA)が中国内のいかなる地方都市でも使われている。
20年前から、飛鳥を使ったキャッシュレス決済が中国でもアジアでも普及している。人々が資産として円やベネズエラ・ペソを持っていても、他国通貨から中国元への両替手数料も日本円では1円以下だ。元を所有する意味合いが希薄となる。円やペソの方が利率が高いので、纏まった金額を定期預金にしておけば10年もすると預金額が複利効果で倍近くにまで増える。バブル期の日本の金利状態を上回る金融商品となる。
もう一つは「金」だ。日本政府が発行するブラッサム金貨やインゴットは、中国経済の先行きに不安を感ずる、金好きの中国の人々にウケた。日本の造幣局が関与するGold販売は、宝石店「Blue Planet」のみだったので、入手先が中国の大都市に限られていた。銀行の支店で購入できるのは有り難いと、中国の人々からは喜ばれた。
2月から銀行名を変えた「大連太平洋銀行」は、集めた金融資産を新設された資金運用部門が担い、その利益を低利率融資金利に当ててゆく・・という内容だ。
今後、中国の他銀行と大連太平洋銀行が提携し、パシフィック銀行の金融商品販売先を拡充してゆくと、中国の金融界は一変してしまう・・かもしれない。
中国元の通貨価値が著しく低下した状況を逆手に取った金融戦略を立案し、仕掛けたのは、全体の作戦を担当した翔子と、パシフィック銀行社長、玲子の母娘コンビだった。
中国以外の東アジア諸国から見ると、価格が安くても構造がしっかりしていて安心な日本の建築を「中国内」に低利率の融資で建設が可能となり、「中国内」の地所でありながら、日本で事業を起こすよりも有利な条件で起業計画、事業計画を練ることが出来ると喜ばれる。どの実業家も起業家も、そして個人も「旧満州が狙い目だ!」と気付く事になる。
ーーー
湿っぽくなった閣議を終えて、羽田に到着する要人の出迎えに杜里子外相がやって来た。長い足で颯爽と歩く外相の元に、記者が集まってくる。護衛ロボットのエリカが左右の手を150cm伸ばして里子のガードを始める。記者が専用機の到着まであと30分だ、時間をくれと言うので、外務省の職員に空港職員に専用機の到着時刻の確認を要請する。事実らしいので仕方なくぶら下がり会見に応じる。「核熱モジュール搭載機なら、30分もあれば到着しちゃうのにね」と思いながら苦笑いして、空港職員が用意してくれた一画で取材に応じる。
「外相は今年、イタリア政界入りを目指していらっしゃいますよね?」
記者の最初の質問があさっての方向から飛んできた。しかしAIが想定質問表に纏めていた内容なので、回答もバリエーションを複数作ってある。AIロボット、エリカにストックされているものから、里子のタブレットに幾つかの回答案が表示される。「これにしよっと」里子はそう思って、タブレットから目を離して、発言する。
「ええ、子供達もイタリア国籍を持っていますので。日本の政治家として、他国で何処まで出来るのか、真剣に考えています・・が、未だ決心には至っておりません。外相職という重責を放り出す事に、躊躇いも感じているのも正直な所です・・」
次の質問の展開が何となく分かったので、言葉尻で保険を掛けておく。こういう分別が瞬時に出来るようになったのも、政治家になったからだし、彼に出会ったからでもある。
タブレットには「Good !」とエリカのメッセージが転送表示されていた。
「そうですか。モリホタル官房長官が外相を兼務する意向を口にされましたが・・おっとイケない。これはオフレコ発言でした。ここにいる記者さん達にお願いです。今の私の発言はカットして下さい。大変失礼致しました。では、改めて・・杜外相が日本の政界を退いて、イタリアの総選挙で立候補されるかもしれない、そんな仮の話として伺います。
もし、外相がイタリアの政治家になると、彼の国はEUの中心国ですし、NATOにも参画して相応の兵力を抱えています。外相に就任される前は、ベネズエラで様々な大臣職を担われていましたが、もう5年も前ですね、スポットでイタリア社会党の幹事長職務を民間人枠で担われて、イタリア社会党と与党連合を見事なまでに牽引されました。当時は連立与党に問題が生じて足並みが崩れて、日本に近いイタリア社会党に、与党連合の立て直しが求められました。日本政府とのパイプが必要と判断されて、モリ大臣が党幹事長に推挙されたと伺っております。5年前の話ですので、あれから欧州の状況も様変わりして、当時では考えもしなかった展開が訪れています。前置きが長くなりましたが、NATOとEUにイタリア、ギリシャ等の国は残るべきでしょうか?それとも、日本連合に与するべきなのでしょうか、大臣はどのようにお考えでしょうか」
「あの・・皆さん誤解されているのかもしれません。確認したいのですが、日本連合って呼称が体よく使われていて、実際に私も使っていますが、日本連合って実態として、団体の契約行為や規約なんてものも元々ありませんし、公の場ではそういう名称の団体は存在していないのですが、皆さんはご存知ですよね?」
「団体は存在していない・・のでしょうか?」
「ええ。戦国時代の大名同士の同盟関係より、もっと希薄な関係に該当すると個人的には捉えています。政略結婚も人質交換もない、お友達同士で繋がっている曖昧な集まり・・そんなモノと、EU,NATOの様に歴史的にも意義のある、しっかりとした組織、団体とは流石に比較できないと考えています。質問としても、比較するのはどうなんだろうって、思ってしまいました」
・・このパターンを使っちゃったから、今度はパターンBだな・・
「戦国時代・・なるほど。では、団体自体は無くとも、堅牢な組織のように見えてしまうのは何故なんでしょう?」
「難しい質問ですね、難しいと言うのも説明しづらいからなんです・・そうですね、堅牢な組織というよりも、同じ考え方、共通の思考能力を持っている政府・政治家、資本家の集まりであり、各国首長の集まりと言うと、ご理解いただけるでしょうか。
政府内で議論をしたことはないのですが、私はそんな印象を持っています。例えば、G20のような国際共同会見では、失言しないように私は紙に纏めてから読み上げます。私は官房長官のように、何も見ないであんな風にスラスラ話せません。でも、こういったぶら下がり会見やOne Earthの会合では、先程の記者さんのオフレコ発言のように「やっぱ今のナシ、訂正します!」って言える雰囲気があるんです。雰囲気のいい職場や、学校のクラスの感覚に近いかな? でも、EU,NATOって言われると、どうしても構えてしまいます。職場点検や父兄参観日で、好き勝手に出来ない雰囲気があるんです。貴族的でもあり、特権階級の様な振る舞いをする人が少なくないので。あっ、訪日されるお二人がそうだという話ではないのですからね、明日の朝は肩ひじが張って肩こりしているかもしれませんが・・」
里子らしく、周囲をほのぼのとした雰囲気に場を誘導して、記者をさりげなく味方にしてゆく。
「戦国時代に信長が妹であるお姫様を譲って、協力関係を浅井家との間で作りましたよね。双方に非はあったのでしょうが、信長が浅井家に攻め込んだのは、最初っから妹を案じていなかったか、やや軽んじていたのでは?と個人的には勘ぐっています。信長と交戦した浅井家も、妻も3人の娘も殺めませんでしたので、歴史は辛うじて繋がっていきます・・娘3人が豊臣家と徳川家と家名は忘れましたが、やはり名家に輿入れしました。もし福井で一家心中をしていたり、浅井家に討ち取られていたなら、歴史は随分変わっていたでしょう。信長は妹と姪っ子を失って、嘆き悲しみ、悔い改めて仏門に入っていたかもしれません。部下の柴田勝家に妹が2度目の輿入れをして、妹は帰らぬ人となってしまいますが、それでも3人の娘は生き延びました。母の死が齎した3人の娘への影響は如何程のものだっただろうと想像するのです。
私が申し上げたいのは、人が国家単位で戦争や争いを起こすと、登場人物がどうしても複雑多岐に渡りますので、各々の存在と思惑によって、争いを始めた当事者が予期せぬ方向に話が進んで、ややこしいものとなる歴史の皮肉の様な点についてなのです。エジプトのスーダン侵攻、ロシアのウクライナ侵攻、どちらも争いを始めた側は、短期決戦で勝ちを信じて疑がいもしなかった様ですが、分析不足で思わぬ反撃に遭遇して苦戦を強いられます。また、侵攻し、侵攻を唆した方が悪の権化となるのが、今時の紛争トレンドになっていますよね。急に世界中から悪者呼ばわれし始めると、組織内では、これまで言っていた事と真逆の話をし始める輩や、理論を打ち出した張本人が真っ先に逃げ出して行きます。泥船に乗って沈むよりも、自分だけでも何とか生き延びようとする人達が出てきます。
外相という立場の私が他国をこれ以上悪くいうと角が立ちますので、我が国の話に置き換えますが、アホノミクスを支えたブレーンは政権が傾く予兆を察して、早々に逃げ出しました。当初はマスコミにもバンバン出て、醜悪な顔を恥ずかしげもなく露出して、まるで最強最善の方法であるかのように、持論を振りかざして一人恍惚の表情を浮かべて持論に酔い、悦に浸っていましたが、途中で残念な自分が恥ずかしくなったのでしょう。いつの間にか出てこなくなりましたよね。後はロシアと一緒です。あれをブレーンと呼んでいいのかという問題はここではさて置くとしまして、知能犯が居なくなると、後は痴れ者と無能しか残ってませんから、嘘の連発で終止します。正論と事実をフェイクニュースだと言い放ち、議論から逃げ回り、講演会や御用メディアの取材を受ける。一方的に自分だけが喋る場で、トンチンカンな持論を振りかざしたのです。自分は何一つとして失態をしていないかのように振る舞いますが、そもそも痴れ者ですから、知識量も乏しく、様々な問題に首を突っ込んで、自分の過失を棚に上げようと誤魔化し続けようとするのですが、どれも底の浅さが露呈してしまい、糾弾されていきます。
辻褄の合う話を何一つとして話せないのに、愚人の講演会を主催し、参加する人が居て、痴れ者を取材して放映するテレビ局があったのですから、驚きです。今では到底考えられません。
さて、私が個人的に注目しているのが、急成長している旧満州経済特区です。日本人知事の評判が高く、同胞として喜ばしく受け止めています。また歴史に触れさせていただきますが、95年前の満州国の経済がいかに杜撰なものだったか、関東軍が焼却して隠蔽した情報が、ロシアと中国に残っておりましたので、現在は細かな部分まで明らかになっています。
皆さんもご存知だと思いますが、膨大な規模の負債を新会社に押し付けて、帳簿上は健全経営であるかのように見繕う経営が満州国では習慣化していました。監査法人の無い時代だったからこそ出来た「抜け道」「帳簿偽装」でした。戦争末期の日本にこっそりと帰っていた「彼」は、ガタガタになりつつあった日本政府の財政の操作で数字の粉飾を邁進していきます。満州国の財政粉飾の手法を日本本国でも行いました。
そんな粉飾経済を満州国内で主導したので、彼はA級戦犯になります。
負債を押し付ける会社の数ばかりが膨れ上がっても、彼は恐怖を感じなかったのかもしれません。自分の過失をGHQには表面上はサラッと反省して見せて、首相の座に座ります。後に安保闘争で下野するのですが。
その元首相の孫が首相となり、その座を2度放棄し、借金総額を日本史上最高額にして見せました。ここまで同じ過ちを繰り返す家系というのも、ある意味に於いてはもの凄いものがありますが、こういった人物を祖父共々首相に据えてしまう日本人という種族を、私はどうしても疑ってしまいます。プーチン、ヒトラー、ムッソリーニ、東條、、彼らを国の首長にしたのは、その国の人達でもあります。家康、秀吉、信長、謙信、信玄などの戦国大名も、そして満州国の溥儀も、領民であり、家臣や親達によって選ばれたのです。昔も今も、選んだ側の責任は全く問われない社会であるのも、どうなんだろう?って思うんです。
前の与党は晩年、都合の悪い話はマスコミにも手を回して、触れずに封殺していきました。借金だけがドンドン積み上がって、景気は一向に上がらないばかりか、G7で唯一のマイナス成長です。最終的に歴史的な大失敗で幕を閉じるのは、記憶に新しいですよね。私が忘れもしないのが、20年前、世界の訪れたい国で日本が1位になりました。円がブッチギリで一人負けしていて、円安だったからというのが理由なんですけど、当時の公共放送のアナウンサーが何故か誇らしげに伝えていました。お金をバラ撒いて、アルバイトさんに日本最高!と投稿させ続けました。消費税の使い道、使途不明金の最たる例です。
政府も酷いものでした。6月からコロナの入国制限を撤廃して、海外の人々を受け入れると発表したんです。まだ、毎日3万人以上の感染者を増やしているのに、ですよ。この国、絶対にオカシイって思いました。
・・あの、この箇所だけはオフレコにさせていただきたいのですが、あの頃の日本に凄く似ていませんか? 今の英米仏、中国って。情報隠蔽し、マスコミに政府のOBや関係者を天下りさせて操作し、政府内では後世に悪人呼ばわれしたくないから、責任回避や言い訳に走るって・・」
急に外相が饒舌になっているが、閣僚達から見ると彼女なりの的を絞らせない煙幕が放たれた、と見ていた。
「日本が懇意にさせていただいている国は、覇権主義とか、植民地支配とは無縁な国ばかりだと個人的には捉えています。どの国も国民を第一に考えていらっしゃいます。20年前の自分の私利私欲を追求していた、どこかの国の与党みたいな政党であれば、絶対に組みません。どうせ失敗して、後世の負の歴史に名前を連ねるのが関の山ですから、交渉のテーブルに座りもしないでしょう・・。
考え方が同じなので、意思統一の方向が同じベクトルを向いている。日本連合というよりも、OneEarthでしょうね。地球環境保全プロジェクト的な、同じベクトルを持つ国同士が繋がっている・・。確かに堅牢に見えるかもしれませんね、「地球を何とかしなきゃ」って、常に考えている方々ばかりですから。
「まあ、飲んでくれたまえ」と言って盃を満たしながら、その腹の中には侵略の意向を抱えている戦国武将のような首長は、One Earthには一人も居ません。それ故に居心地が良いのです。みんなで意見を出し合って議論する。そんな仲の良さを堅牢な関係と思っていただけたのなら、とても嬉しいです」と言ってとびっきりの笑顔で笑って、さり気なく時計を見て、今度はハッと驚いた顔をしてみせる。女優のような名演技だ・・
「イっけない。もう到着する時間だわ・・ごめんなさい、申し訳ありませんがこれで失礼致します・・」
質問していた記者が時間を忠告すべきだったと、逆に申し訳なく思わせる。 目一杯、喋り続けて、相手の質問数を減らすテクニックだ。歴史ネタを持ち出したのも、元社会教師の男の影響かもしれない。
G20やコップ24だと散々集まってきた組織や団体が、何一つとして成果を挙げていない状況にある。それは、国連も含めてなのだが。
「ああしよう」「こうしよう」と期日目標と成果目標を定めるだけで四苦八苦し、ゴールの実現をした例が昨今では一度もない。
日本とベネズエラが「One Earth」を立ち上げたのも、その新組織に招かれない国が、G20やコップ24の主導権を握っているからだと、暗に批判したようなものだ。
日本にやって来るEUとドイツの外相は、G20やサミット、国連といった従来組織ありきの姿勢や制度を、何とかして存続、維持しようとしている。しかし、結果が何一つとして出せない口先だけの組織や会合を、何とか存続しようとパワーを使うより、実現可能な事象に取り組む方が、より生産的だ。期日や期限を決めるだけで自己満足、自己陶酔し、その約束期日に、目標を何一つとして達成できない・・そんな期日を守らない、守れない国がゴロゴロと転がっているのが、現代の国際社会だ。そんな、口約束だけで終わる国々を束ねようとする労力を全く厭わず、時間の無駄だとは思わない発想が里子には理解できなかった・・大陸国ならではの発想なのか、欧州にとっては当たり前なのか、今の日本政府や日本の政治家には理解できないだろう。
実質的に、意思統一が計れない組織になってしまっている。企業ならば、とっくに廃業か倒産しているだろうに・・とは、面と向かってハッキリと言えないのだが。
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EUとドイツの外相は、モリの内縁の妻とも噂されている、モリ・サトコ外相の出迎えを受けていた。
モリは母子家庭の女子数名を、養女として育てたという。養女として迎え入れた後、養女達の実母である未亡人3人とその妹一人の4人が、養女の生母としてモリ家の戸籍に入った。その4人の内、モリサトコ外相だけが再婚せずに杜姓のままで居る。
スペインリーグでアシスト数でトップのモリ・トーリは、モリと里子の子なのではないか?ともまことしやかに噂されている。しかし、両外相は欧州人なので、日本人のように個人のプライバシーにまでは踏み込まない。そんな事より担ってきた役割を果たすべく、早速訪日の趣旨説明を行い、実りある会談とすべく動き出してゆく。政治家同士の細かな駆け引きが早速始まっていた。
3外相はたまたま女性同士となった。周囲の記者には、和やかそうな雰囲気にしか見えなかったし、映像を見る人達も同様に感じていただろう。女性の社会進出が進んでいる欧州とは言え、議員となり、外相にまでなった御仁だ。相応の経験と能力を兼ね備えている。
「女性の社会進出で遅れている日本には負けない」といった気負いがあったのかもしれない。政治家の前はチーフパーサー職だったという情報から、相手をどこか見下していたのかもしれない。しかし、里子の自信に満ちた立ち振舞いに次第に押され、知らず知らずの内に雰囲気に呑まれて入る自分に気が付く。「こんなハズではない」と冷静に努めるが、焦りが滲み出てしまう。見事なまでの里子の話術と日本人女性特有の見事な所作を支える里子の美貌に翻弄されてゆく。
「彼女がイタリアで議員になれば、確実に閣僚候補に上がってくる」と実感する。聡明で、頭の回転も早い。なぜ日本政府が外相に据えて、その前にイタリア社会党の幹事長として送り込んだのか、その理由が分かったような気がした。もし、イタリアの外相に抜擢されたなら、NATO、EUでも頭角を現すかもしれない・・。
2人の外相が日本を訪れた目的は、2点だった。NATOに日本連合も加わって欲しい。自衛隊が海外派遣から撤退したので、中南米軍に地域防衛を越えた対応を願いたい。そして、アメリカ経済の再建に力を貸して欲しいという2つだった。バクテリア汚染の石油を受け入れ、難民を保護している中南米諸国の実態を知った上での要求だろう。既にEUよりも多額の支援をしている格好になのだが。日本政府としては、国連やIMFの出番を仰ぐのが先でしょう?と本来ならば なるのだが・・。
誰もが、EUとドイツの訪日目的が分かっている。「やってるフリ」を好むのがEU,NATOだ。ロシアのウクライナ侵攻後、組織自体の形骸化、参加国の弱体化が進んだ。2大国が陥落しつつある中でEUが主導権を取るべきだ、という意見は多い。しかし、突出して好調な国がない。そもそもが自分達に世界を牽引できる力量があるとは思っていないので、事なかれ主義の立場を時折晒して、EU圏内の人々の過度な願望に、適時、水を指している様に見える。極力巻き込まれたくないのだろう、仲間を一つでも多く増やして「緊密な連携」を多用して、やってる感を滲ませる。そこには希望は全く存在しないのだが。
二人から「貧乏クジを引いてやってきた」「仕方なく、訪日した」といった卑屈な態度も垣間見られる。嘗ての日本の政治家そっくりだなと里子は思った。
防衛費だけは世界3位の自衛隊、米国製兵器を買い揃えるだけの調達部門、自衛隊員の個々の能力は高いが、軍隊として見たときに陸海空のバランスや統一性には欠けていた。
在日米軍の補完勢力になり得ているのか、甚だ怪しい組織。口先だけ「緊密な連携」と毎度のように言い放ち、当時の緊密だと公言していた内容と実態を知ると、些かお粗末な内容でしかなかった事が露呈している。
国防も国際問題も米軍任せ、米国追従でしかなく、アメリカの打ち上げ花火でしかない「QUAD」「IPEF」にATMとして参加したのが20年前・・EUもNATOも、もはやその程度の集合体でしかない。
里子外相は車に乗り込んで、助手席から後席の2人に振り返らずに先手を打つ。
「EUとNATOの米国支援は、どのようなものをお考えなのですか?先週、両首脳がホワイトハウスを訪問されましたよね?」
「残念ながら、具体的な支援は何一つとして固まっておりません。2つの組織の予算では、とても北米2ヶ国を十分ケアする事など、出来ないのです」
・・いきなり馬脚を現したと、里子が前を向いたまま微笑み、質問を続ける。
「アメリカ側から、何かしら、具体的な要請はあったのでしょうか?」
「閣僚達の中でも確執があるようで、私達のリーダーに支援を要求する大臣も居れば、難民など居ないが、支援は助かると平然と語る御仁も居ますね・・」
「そうですか・・あの、国境封鎖をしているのに、民間船を使って、カリブ海諸国へ脱出希望者を運んでいるのは、ご存知ですか?」
「えっ、それ本当なんですか?」
「ええ、今朝私達も初めて報告を受けたのですが、中南米軍の衛星がフロリダ半島から出発する多数の船舶を捉えています。アメリカの国境封鎖が海上まで徹底されていないと批判するのもどうかと、中南米諸国はマスコミに箝口令を敷いているようです。もう少し状況を把握させてほしいので、報道は今暫く控えてほしいと・・」
「それだけ統制が取れていないのですね・・これをマスコミが報じたら大変だわ・・」
ドイツ外相の声が震えている。そんな状態のアメリカを支援したら、どの規模まで必要になるのかと想像できなくなったのかもしれない。里子は可哀想だと思いながらも追撃する。
「アメリカは航空機を自家所有している方が多いですから、その内、飛行機でカリブ海へ運び始めるかもしれませんね。飛べる空軍機も限られているでしょうから、厄介な事にならねば良いのですが・・」
タブレットに運転手、兼護衛のエリカから「Nice!」とメッセージが入る。外相との遣り取りはエリカが録音し、外務省で欧州チームが聞きながら、対策を講じている。バックミラーモニターに映る両外相の顔は困惑した表情になっている。新たな事実を知って本国に連絡して、判断を仰ぐのだろう。
わざわざ訪日されたので最低限のもてなしを施すが、成果はやはり得られないままお帰りいただくことになりそうだな、と里子は思った。
(つづく)