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(2) 進行準備段階(2024.2改)

「金正思(キムジョンオル)が強硬姿勢に転じるしかなかったのも、トランポ前大統領との2度の会談、2018年のシンガポール会談に続く、2019年2月にハノイで行われた米朝首脳会談が決裂したからです。
北朝鮮は経済制裁の解除を要求し、アメリカは核ミサイル、生物化学兵器の全廃を求めるなど、両国の主張が平行線を辿り、妥協点すら見出だせないまま終わったのは、首相も外相もご存知のこととも思います。
以降、アメリカに対する幻想を捨てた金正思は、核ミサイル開発を加速化させます。
アメリカ本土を攻撃可能なICBMが何よりも必要で、父親が提唱した「ICBMこそが独裁体制堅持の命綱」の方針に傾倒し、開発と国際社会での存在誇示を目的として、何発もの様々なミサイルを放ちました

そこにコロナが発生し、中国の丹東市と鴨緑江を挟んで橋で繋がっている北朝鮮・新義州との間の国境を双方の国で停止しました。
丹東市には闇貿易に携わる人も多く、北朝鮮の様々な情報を得るには当方には最適な場所だったのですが、それも今は機能しておりません・・」

9日、平壌に向かう政府専用機の機内で、外務省のアジア局局員の事前レクチャーを首相と外相が受けていた。金正思には会えない可能性が高いが、首相がやって来た「事実」を残して置こうと日本政府は考えた。
今回の訪朝目的は、4人の拉致被害者の家族・親族29名を引き取るのが主となる。
家族開放の対価として、石油と政府備蓄米を提供する。タンカーと輸送船が昨日先行して、半島東海岸にある港、日本海側の新浦に入港して物資を供与している頃だ。

「大統領選が4月に韓国で予定されているが、政権交代の可能性が高いと言われている。北にとっては現政権と野党保守とどちらの方がいいのだろう?当初は現政権とは蜜月のようだったが、今は敵対関係となってしまった。南北が良好な関係に戻るのは当面は無いのだろうが」

首相が外務省のアジア局局員に質問した。

「文在虎と金正思による南北首脳会談が3度行われました。
会談開催のきっかけはトランポ前大統領の北へのアプローチによるものでした。文在虎自身や韓国政府が北の信用を得ている訳ではなく、北の狙いは米国との直接交渉であって、韓国の関与を当初から最後まで、認めようとはしませんでした。
最初の2018年4月板門店での会談では、金正思は文在虎からトランポの人物像と米国のスタンスをレクチャーしたに過ぎません。翌月5月には板門店で、同年9月は平壌で両者間で南北会談が行われましたが、北への猛アピールも叶わず、北は関係改善を望まず交渉は頓挫しました。

文在虎大統領が自身と党の実績としたかったのか、後継候補の選挙戦を有利にしたいが為に、前のめりとなり自爆したとも言われています。
オリンピックの南北開催や韓国企業の北朝鮮進出など数々の提案を事前に相談もせずに唐突に打ち出しました。
南が利するモノばかりだと金正思は察したと思われます。金正思の最大の関心事は金王朝の体制維持であり、北の体制に影響が及ぶ可能性と懸念がある提案を北が受け入れる筈はありませんでした。結論としては文在虎個人、与党の大失策です。北の体制維持という視点が、文在虎と取り巻き達には欠けていたようです」

2000年の金大少大統領と金少日総書記両首脳会談後の南北共同宣言により、
「自主的な南北統一を目指す」
「連合制(韓国側)、低い段階の連邦制(北朝鮮側)に向けた統一を目指す」
等と融和ムードが高まり、その後、開城(ケソン)工業団地の建設など、南北の協力、交流の事業が推進された。
しかし、父親崩御後の2010年に金正思は「延坪島砲撃事件」を起こした。韓国・延坪島で6門の155mm自走榴弾砲のうち4門を動員し、韓国海兵隊が月に一度の陸海合同射撃訓練中に、北朝鮮人民軍が対岸の島から砲弾約170発を発射。
そのうち80発が延坪島に着弾し、韓国・海兵隊員と民間人それぞれ2人が死亡、海兵隊員16人が重軽傷を負った。
「恣意行動に踏み込む姿勢を示す指導者」であるのを最初に示した金正思の威嚇行動となった。
米国がトランポ政権になってもミサイル発射テストを繰り返し、トランポは金正思を「ロケットマン」呼ばわりし、金正思は「老いぼれ」と幼稚な応酬を繰り返した。
レベルの低い似たもの同士の2人かと思いきや、訪韓時の板門店視察時にトランポがカメラに向かって「会おう」との問いかけに対して金正思は動き、板門店で2度の南北首脳会談と米国との2度の首脳会談となった。

関係者が対話に舵を切り、動き出したかに見えた融和モードも、韓国政府の礼を失した態度に気分を害した金正思が、建設中の開城(ケソン)工業団地を爆破し、元の木阿弥へ戻ってしまった。それでもトランポが大統領である内はICBMの発射テストを避け、中型ミサイルの発射実験を繰り返すのみだったが、トランポ失脚後は長距離弾道ミサイル(ICBM)の発射テストも再開させ、直近の融和ムードは無に帰した感となっている。

コロナ特効薬開発を機と見た社会党が、昨年末、民間選出の社会党推薦の前田外相に北朝鮮との接触を求め、駒が動いた。トランポの提言に金正思が動いた前例があったので、可能性に賭けてみようと考えた上でのアプローチだった。
経済制裁で困窮している情勢下であれば、トランポの打診に応えて自ら動くフットワークの良さを見せた。コロナで困っていれば何らかの反応をするだろう、と読み、実際に食らいついた。

以降は定期的に交渉を重ねて、若気の至りの様に暴発傾向にある北朝鮮指導者の機嫌を損ね無い様に対話の窓口役としての座を得たい、というのが政府と首相の思惑となる。

「2018年から19年の米朝首脳会談を巡る日本の立場や姿勢を、北朝鮮なりに検証したのだろうと考えております」と別の外務省官僚が話し始めた。「18年6月、シンガポールで開かれた第1回米朝首脳会談でアメリカは米韓合同軍事演習の中断を決めました。我が国は演習中断に反対するのと同時に、米朝間だけで核軍縮交渉を始めないようアメリカに申し入れた経緯がありますが、その申し入れをトランポが口にした為に、韓国よりも日本側の意向をアメリカが尊重していると世界中が知るところとなりました。

一方、北は共和党政権続投となったアメリカと、対話を再開する必要性を想定していると考えています。コロナが終息次第、世界経済が大きく動き出すのが確定している中で、経済制裁の撤廃は北朝鮮にとって最重要課題であるのは、今も変わらないのですから。
また、アメリカ新政権と前政権以上の太いパイプを持つに至った日本に、アメリカとの協議再開を働きかけてくる可能性は十分にあるだろうと見ています。

北朝鮮は共和党政権を想定した戦略作りを進めているはずです。
そこへ年末の在韓米軍・平沢基地、沖縄・普天間基地の撤退表明ですので、北朝鮮と中国が要求している在韓米軍の撤収とも符号しています。米国からのメッセージでもあると我々が伝えれば、北の琴線に触れるでしょう。
尤も、核廃絶交渉に臨む用意があると北が嘘を事前に言い放って米朝会談再開に漕ぎ着けて、北朝鮮の核保有を米側に認めさせる、核軍縮交渉に切り替えてしまう可能性もゼロではありませんが・・・」

今回の拉致被害者とその家族を開放した実績により、政権支持率を上げようと首相は考えていた。核を巡る北朝鮮との交渉に、日本が大いに関与できるかもしれないと淡い期待を抱いていた。「棚ぼた政権」と言われようとも、歴史に名を刻むチャンスを得た高揚感を首相は抱いていた。

ーーー

気象庁が明日10日の日本海側に豪雪の可能性が高くなったとして警戒を呼びかけていた。

外務省は岐阜の奥飛騨温泉郷で逗留中の拉致被害者を富山ではなく、自衛隊岐阜基地へ向かうよう変更する。雪で富山空港が閉鎖する可能性があるからだ。
その豪雪への備えの為に、金森知事は県庁に残り、拉致被害者と北朝鮮に残してきた家族との再会の対応は村井副知事が担当することになった。

県庁は富山県警、消防署との冬季・防災オペレーションの実施を決定する。
4WDの警察車両と消防車両に先導されて、冬季休業中の農耕用のバギーが県内の国道・県道の除雪作業を行なうというものだ。緊急事態と定めて、道路交通法を県の権限で終日緩和し、無人のバギー車両が除雪をし続ける。

南砺市にあるプルシアンブルー社の巨大倉庫内には、全国各地で農作業してきた1万台のバギーが格納されている。その内900台に除雪仕様を施して、いつでも除雪可能な状態に整えていたが、遂に路上作業の初出動を迎えようとしていた。

9日は日曜で、富山県教育委員会は富山県内の学校に対して明日月曜の登校中止を通達する。五箇山に居る杜家の子供達、ブルネイの第5王女は休校の知らせを喜んでいた。

第5王女の住居は現代的な中古住宅で、合掌造り住宅のような隙間だらけの古い住宅ではない。あゆみと彩乃は毎日のように王女の家に通い、昼夕食を共にしていた。
明日が休みになったので、そのままお泊り会兼勉強会となった。

王女の家に移動しながら、彩乃は北の空を眺める。朝鮮半島にも雪が降るだろうか?と。

ーーー

首相一行の北朝鮮到着の前日の深夜、秋田の石油備蓄基地を経った香港船籍、サザンクロス海運のタンカーの甲板から、小型AI戦闘機B-117 10機が垂直離陸状態で飛び立つと5機づつで編隊を組むと在韓米軍・平沢空軍基地に向けて飛び立っていった。
同じ頃、既に北朝鮮・新浦港に接岸し、日中は備蓄米の搬出作業を行っていたバギー32台がレトルト食料と軽油を搭載して、サザンクロス海運の輸送船から4台づつ8チームが夜陰に乗じて無灯火で旅立っていった。

☆☆☆

先んじて韓国入りしていたプルシアンブルー社のエンジニア4名は、新たに到着したB117 10機の飛行データを解析中だった。
「F35そっくりだな・・」と思いながら翔子とジロジロ機体を見ていた。
エンジニア達とモリと翔子は、米軍の整備士たちと同じ服装を纏っている。

「よう、お二人さん。気候の違いには慣れたかい?」
事前に翔子から近寄る者の存在は耳打ちされていた。声を掛けてきたのはCIA極東方面本部長のサミュエル・アッガスだった。アッガス氏は現職大統領の母方の従兄弟にあたる。プルシアンブルーの監視係とモリは見做していた。

「ウェアに金を惜しまない貴国に、感謝しております」

「21世紀だっていうのもプラスに作用していると思うがね・・翔子さん、ちょっと彼を借りても宜しいですか?」
アッガス氏は名古屋大の修士過程を修めており、日本語が堪能だ。富山副知事・村井幸乃の先輩に当たる。翔子が笑顔で応えるとアッガスはモリを連れて、機体格納庫から外へ出た。

韓国北部の予報も明日は雪となっていた。9日は薄曇りで風は無いが大陸ならではの底冷えする空気だ。耳に痛みを感じたモリはニット帽を耳まで被り、自前の冬季登山用のフェースマスクと手袋をポケットから取り出して装着する。
その種のグッズを用意していないアッガスは自分の過ちを悟りながら、上着のポケットに両手を突っ込む。誘ったのは自分だ、耐えるしかないと微笑した。

「日本の訪朝団を外相が出迎えたらしい。但し、国内では日本の訪朝団の到着は北朝鮮内では一切伏せられているがね」

「外相が・・そうですか」
非公式会談とはいえ、北朝鮮は日本を無下に扱ってはいないという姿勢になる。しかし、ここへ来て態度を変え過ぎではないだろうか・・

「首相が同席した状態で外相会談となったのだが、東南アジアの王族を支援しているプルシアンブルー社に関心があると言い、富山を訪問したいと要望したらしい。自分達の棟梁を王族と見做しているようだ」

「王族だろうが、将軍家だろうが却下ですね。そもそも彼らを支持している民衆は一人も居ない。そんな独裁者が統治する国に一切支援はしません。
ところでアッガスさん、タイの王族からの情報なのですが、ビルマの軍事政権が戒厳令を敷いて、市民弾圧と不正分子の摘発を考えているとの情報を得ました。議長と首長の首都滞在中の居場所と出勤時刻を教えていただけないでしょうか?」

「ミャンマーの転覆でも狙っているのかい?」

「ええ、その通りです。軍が関与しない政治体制が、かの国には必要です。
再び無垢の市民が被害に合うかもしれない。
仮に国連が動くにしても、戒厳令発令で更に国を閉じてしまい、遺憾の意と懸念を表明するに留まり、何も出来ずに終わるだけです。それこそ、軍事政権描いたストーリーであり、何もアクションせねば連中の思う壺です。誰かが連中に鉄槌を下し、被害を最小限に留める必要があります」

「北朝鮮の親玉襲撃は保留としながら、ミャンマーの議長と首長には容赦しない姿勢を取る、その違いは何だね?」​

「本質的なものは同じです。身勝手なファシズムで国民を押さえ込み、体制の維持を図ろうとする構図は共通しています。
相違は事後処理の対応範囲が想像出来るか、想像すら出来ないと言う違いです。
ビルマの場合は少数民族を中心に反体制運動が起きていますが、北朝鮮には運動のカケラすら期待出来ません。次の受け皿となる土台となる組織が全く無い、だから保留なんです。トップを排除しても国内が混乱するだけならば、余計なことはしないほうがいい。・・今はそう考えています」

「了解した。ミャンマー・・ではなく、ビルマの調査を我々も始めるが、当方の戦力支援の必要は?」

「貴国に戦力の提供までお願いすれば、待っているだけで機を逸し、日が暮れてしまいます。情報だけ頂けないでしょうか、出来れば有りとあらゆる情報が欲しいのです」
フェイスマスクをしているので、どうしても目を見てしまう。ブラウンアイがグレーを帯びた様に見え、その目力、眼光にゾッとしたものを感じた。

「・・分かった。当方でもビルマ政府の動向を調べてみるとしよう・・情報を提供するのは君たちが帰って来る第一候補である、2週間後で宜しいか?」

「ありがとうございます。宜しくお願い致します」

「では、早速取り掛かるとしよう」

モリが頭を下げたので、アッガスはその場を立ち去る。
通常なら「一人で何が出来る?無茶だ」と言うべき場面だ。そもそも米軍の支援を求めない時点で異常なのだが、民間人でありながらプロフェッショナルのオーラが漂い、「ひょっとしたら」と期待をしてしまう。

「やはり、あり得ないだろう・・」アッガスが立ち止まり振り向くと、モリの姿はもう見えなかった。

(つづく)


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