見出し画像

(7) 旭日の梟、再び。(2024.2改)

山下智恵副社長と平泉里子の一行が、バンコク・スワンナプーム空港に到着した。
2月からバンコク支社に配属する山元紬、杉田陽菜の二人が同行しているメンバーに、プルシアンブルー製のスマホを手渡す。スマホにはタイ国内で利用できるCIMカードが装着されている。
サザンクロス航空の利用者は、到着した地のCIMを搭載したスマホのGPSで 常に居場所を把握される。起床と就寝時は検温とPCR検査を各自で行う。それらの結果をスマホに入力しなければならない。
もし、旅行者・滞在者が咳込んだり、嘔吐するとスマホが音声と異音を検知して、該当者の行動中の音声や物音の録音が始まる。即座にデータが送付され、該当者が重点管理下に置かれる。

サザンクロス航空並びにサザンクロス旅行社は、渡航者の情報を、日々滞在国の保健衛生局に該当するセクションに送る。
これらのコロナ対策の措置を講じているので、サザンクロス航空の利用者の入国が許容されているという訳だ。

富山空港に到着した外国人も日本の滞在中は同様の責務を負う。
富山・栃木・岡山3県と、岐阜北部・東京23区・青森市・鹿児島市の場合は、外部からの来訪者をAIが常時監視しているので、ダブルチェックしている状態となる。

バンコク支店の岡山皐月がプラカードを掲げて、富山からやって来た一行を待ち構えていた。
宿泊先の系列ホテルのマイクロバスに乗り込んで、市内中心部へ向かった。

先月12月からタイに留まっていた王族のバンコク支店長のチャワリットさんとパウンさんは、前職のタイ航空から、110名のCAと6名のパイロットを、サザンクロス航空とプルシアンブルー社バンコク支店の社員としてリストアップしている。
山下智恵と平泉里子は面接官となり、明日から面接三昧となる。
山元紬、杉田陽菜を始めとする10名はバンコク支店での事業に取り掛かる・・そんな数日間となる。

宿泊先のロイヤルパシフィックホテルに経営がシフトした4つ星ホテルに到着すると、ロビーにサザンクロス海運の元社長、サザンクロス航空の社長に就任した杜 亮磨と里子の妹理子と、源 翔子の姪、屋崎 由真が一行を出迎える。
この3人は理由も明かされないまま、サミアの指示でアユタヤ近郊の田園地帯で農民たちと共に、稲刈りと田植えを数日間行っていた。

その作業内容の動画が、一行が到着した晩に社会党のHPで投稿される。
但し、本人たちも後で気づくのだが、亮磨と由真の映像はAIによって補正され、モリと翔子の顔と髪型に置き換えられていた。

ーーーー

富山空港に来訪した外国人旅行者の管理方法が徹底していると話題になり、他県庁や日本政府が矢面に立っていた。

「プルシアンブルー社の系列航空会社と旅行会社と同じ対応をすれば、羽田を始めとする国内の国際空港と、日本の航空会社も国際線を再開できるのではないか?」「Go toキャンペーンよりも、よっぽど観光産業の為になる」と言った声が大きくなる。

社会党推薦の前田外相と越山厚労大臣は、
「外務省と厚労省はアジア各国と協議して受け入れ体制の準備を整えて来たのに、観光と交通を担う国土交通省の動きが余りにも遅い」
と、内部批判を始める。厚労相は弘明党選出の大臣なので、2人は事ある毎に標的のようにしていた。
「国土強靭化とか言ってるけど、辺野古基地建設や大阪万博絡みの建設業界との不正、癒着に代表される公共事業を、全て公開してさらけ出してみせなさいよ」
「安全性が認められている企業が製造する無人機やドローンの飛行を認める法制化をとっとと進めて」
「富山市の市電と公共バスが無人化を進めているけど、何故全国で推進しないの?バス路線に至っては運転手不足で便数を減らす自治体も増えているじゃないの」
等といった具合で、「イジメに近い」と他の閣僚からは思われていた。
一方、サザンクロス航空の国内線就航に絡んで、宮崎空港の特別利用を国交省にゴリ押しで認めさせていた。

殆ど閉鎖状態の宮崎空港に、2機のプロペラ機の臨時便が到着する。搭乗していたのは共に富山空港からやって来た、山形と金沢のクラブチームだった。
プロペラ機は両クラブのスポンサーであるプルシアンブルー社が用意したサザンクロス航空のチャーター機SAABb2000だった。

宮崎で既にキャンプインしているJ1・J2クラブと、各クラブのキャンプを取材するサッカー誌の記者たちは博多まで新幹線で、その先は九州新幹線と特急電車を乗り継いでやって来たのに、2クラブは破格の扱いだった。
チャーター便と言いながら「モンテディ〇」「ツェ〇ゲン」と両クラブの青と赤のチームカラーとクラブ名とマスコットキャラクターが塗装されており、チーム用の専用機の位置付けだが、試合の無い日は国内の何処かを飛んでいる。北陸、東北外のチームとの試合の移動時に利用する機体だと言う。
同社がちゃっかりしていたのは、宮崎産の焼酎を爆買して、荷室だけでなく機内にまで運び入れると富山へ帰っていった。

自然と金沢のJ2クラブに記者達が群がる。
南米からの3選手と、モリの2人の子息が練習生としてメンバーの中にいたからだ。5人とも180cmを優に越しており、隣の山形のクラブチームを混ぜても飛び抜けて大きかった。

金沢の惣田監督は高校生の2人をディフェンシブなポジションで使うつもりだと発言する。
昨シーズンもだが、下位に沈んだまま浮上できないチームだ。失点数が多いのが同クラブの課題であるのは明白で、運動能力の高い二人で守りを強化したいと発言する。

合わせて会見に臨んだ山形の山縣監督はJ2でもコンスタントに上位入りをしているので、余裕がある。「今年こそJ1へ昇格する。その準備は整った」と言い切った。

高校生を身長だけで守りに据える、という金沢のお家事情を察したスポーツ誌やスポーツ新聞の記者たちは、金沢の練習試合結果を見るまでもないだろうと、半ば判断していた。しかし、翌日午後に行われたJ1優勝クラブの川崎フロ〇ターレと金沢の練習試合で、大方の予想は大きく覆えされる。
3日前に到着して準備を整えていた川崎は、高校生2人と南米3選手を加えた急造チームに、ゲーム自体は支配しながらも、完敗してしまう。

金沢はJ2でも万年最下位に位置するので、前線の選手がゴールとアシストで自信と連携を深める上で、サンドバッグ役として最適なクラブだった。下手な大学チームやJ3に該当するJFLのチームと試合して怪我するより、よっぽど良かった。
実際、試合が始まるとボールの支配率は圧倒的で、川崎は8割以上ボールをコントロールし続けた。
極まれに金沢がボールを保持して攻め込んでくるのだが、王者川崎は流石に洗練されたチームで、ディフェンスラインを上げて、前線の選手とディフェンダー選手との距離が圧縮された様になり、非常にコンパクトな陣形を取ってスキを見せない。

そこへ金沢の4バックの両サイドバッグ・・練習生でしかない背番号44と49の2人が、コントロールされたロングパスを前線に供給し始める。すると、川崎のボランチとディフェンダーは飛んでくるロングパスに対処するために、ボールコントロール能力の高い3人の南米選手をケアせざるを得ず、コンパクトだった陣形が崩れ始め、次第に間延びしたようになってゆく。

若干不幸な事に、欧州に移籍した選手が抜けたので、川崎の中盤とディフェンダーの選手は経験値と連携がやや少なかった。金沢のロングパスが通った後、金沢の南米3人の連携を中心にカウンターのように何回か攻め込まれると、ゾーンで守ると言うよりも南米3人へのマンマークに近い状態になり、コンパクトだった陣形が気が付いた時には間延びした状態になり、慌てたコーチ陣が叫んで陣形を元通りにさせる。南米の選手は間延びした間隙を突いてくるのは間違いないからだ。

記者たちは金沢の助っ人選手のテクニックに感心して、3人の南米選手を写真に撮り、追いかけていたが、川崎のコーチ陣が警戒していたのは違った。
ロングパスの供給元である金沢の両サイドバッグをケアするように、フォワードと攻撃的なミッドフィルダーに川崎のコーチ陣が指示を出す。
ディフェンスラインがずるずる下がってしまうのは、川崎の前線の選手が金沢の後衛選手のボールキープにプレッシャーをかけられず、ボールを前線に蹴り込むのを自由にさせていると判断したからだ。

金沢の左右のサイドバックの2人は川崎の明確な脅威となっていた。高校生なのに2人共正確なロングパスを蹴り、なお且つ現役の高校生なのでスタミナも有るし、足が早かった。
ゴールネットを揺らせずに川崎の攻撃が終わると、金沢のキーパーは確実に左右のサイドバックに遠投もしくは短いパスでボールを供給する。
キーパーが左サイドバックの兄の歩にボールを渡す方が7割だった。

川崎の前線の選手がコーチ陣の指示通りに、歩の元へボールチェイスに迫ってくる。
元々10番の前寄りのポジションの歩は、川崎のフォワードの守備を難なく躱して、逆サイドの弟・海斗に大きくサイドチェンジとなるパスを蹴り込む。
既に加速して駆け上がっている海斗の足元にドンピシャのロングパスが通るのと同時に、金沢の前線の南米選手が駆け上がっている。

南米選手とのワンツーで相手のディフェンダーを抜き去った海斗は、右から美しい軌道のセンタリングを上げる。2人の南米選手がチラ見し合って阿吽の呼吸で動く。
一人がヘディングすると見せかけて大きくジャンプしてヘディングするが、ボールはゴールではなく左に落ちた。
一人がジャンプしたのでディフェンダー2人が引きつけられてしまった。ボールが落ちた地点に走り込んでいた一人が、完全なフリーの状態でキーパーの逆を突く強烈なシュートを、ゴールに叩き込んだ。

先制点を上げたのが金沢だった。カウンターからの一撃とはいえ、前線2人の南米選手の個人技に川崎のディフェンダー陣が翻弄された、完璧な得点だった。
チーム力に差がある強敵に挑むには、ロングボールとセットプレーが有効打となるのは誰しもが分かってはいても、ロングパスが必ずしもマイボールにならず、セットプレーがピンポイントでタイミングが合うものでもない。

金沢の南米選手3人とコーチ陣は協議の上、兄弟のパスセンスをチーム方針の中心に据えた。
これからシーズンを懸けて連携を深めて行きながら攻撃パターンを増やしてゆく方針だが、シーズン入りする弱者が、確実に勝点を上げてゆく手段としては最適な手法だと考えていた。​​​​​​

金沢は後半にも得点を上げる。
前半とは真逆となり、右サイドの海斗からのサイドチェンジで左サイドで待ち構えていた歩がドリブルで駆け上がる。
前半の海斗は味方とのワンツーで抜き去ったが、歩は相手の右サイドバックとボランチの2人をドリブルで抜き去ると、左足でセンタリングを上げる。
ミッドフィルダーの南米選手が大きく跳躍するとピンポイント状態となり、頭で合わせて2−0、そのままゲームを終えた。

この番狂わせがこれだけで終わらずに、金沢はJ1の5クラブと練習試合を行って、全勝無敗でキャンプを終える。
記者たちは全ての得点を上げた南米選手を「加賀藩百万石トリオ」と呼んで記事に書き殴ったが、対戦相手となった各クラブのコーチ陣、スコアラーそしてスカウトの目には、モリ兄弟の正確なパスと豊富な運動量が、しっかりと記憶されていた。

ーーーーー

コーラート周辺でモリと翔子を見失った韓国kCIAと中国の諜報部は、日本社会党のHPに投稿された動画でアユタヤ近郊の農地で2人が居るのが分かると、バンコクの韓国大使館、中国大使館に連絡と対応の要請を行ない、大使館のスタッフがアユタヤへ急行した。

チャオプラヤー川の下流域の始まり、デルタ地帯の要の様な地形をした現地では、昨年10月に植えたコメの収穫と田植えが並行して行われていた。プルシアンブルー製のバギー車両があちこちで作業している中で、田の端の箇所を手植えしている農民達に声を掛ける。

「日本人を知らないか?」と。

「モリさん達なら、北部の農地に行くって言ってたよ」

「その後にバンコクに行って、南部の農地にも視察に行くらしいよ」

といった情報を得た。

杜 亮磨と屋崎 由真と一緒にいた農民達に、モリと翔子の写真を見せると全員が頷いた。「その2人だ。もう一人日本人女性がいた」と裏も取った。

その晩になって中国と韓国は眠れぬ一夜を過ごすこととなる。

「北の首長に何かがあったようだ。平壌市内の病院に緊急搬送された」という速報が中国・中南海と韓国・大統領府に届いた。平壌内に潜伏している2カ国のスパイからの第一報だった。

韓国大統領府はソウル市内の米国大使館に「金正思が平壌市内の病院に緊急搬送されたようだ」と一報を伝えた。
アメリカ大使のウィリアムズ・バーグは数分前に在韓米軍から既に報告を受けていた。
「金正思は何者かによって狙撃され、死亡した」と。

対日感情を故意に悪化させたので韓国与党の同盟国は、事実上米国だけだった。
韓国政府は日本に知らせないまま、国境38度線の防衛強化と北からのミサイル襲来に備えるべく警戒態勢を強化する。

在韓米軍と在日米軍、そして自衛隊は既に迎撃体制を整えていた。

黄海、東シナ海、そして日本海に日米のイージス艦を浮かべて、全ての航空機が待機するデフコン(Defense Readiness Condition・防衛準備態勢)レベル2を発令していた。

追って、北朝鮮人民軍の事実上のナンバーワン、党中央軍事委員会副委員長・李々 永吉将軍の死亡情報が追加される。
最高権力者である党中央軍事委員会委員長・武力最高司令官の元帥死去に続く一報となり、ワシントン・ホワイトハウスでは高らかな歓喜の声が上がっていた。

(つづく)


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?