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(8) 細胞分裂の始まり(2024.4改)

学校が春休みとなり、フルタイム参戦体制に変更した杜兄弟が2人の出身地のクラブチームとの試合の為、横浜入りした。
J2の地方チームを取材するメディアが急に増えた背景には、金沢と山形での第二・三節で先発出場した兄弟の活躍が話題となっていたのと、ニュージーランド(以下NZ)のクラブに居る長男・火垂がトップチームに昇格したのと、NZアンダー23代表に選出される可能性がある、とNZのメディアで報じられている為だ。

実際にJ2の試合に何度かNZ五輪代表のコーチが視察に来ていた経緯があったのと、該当のコーチが1ヶ月日本に滞在していたようで先週末の試合のあと「来週の横浜戦も視察する」と取材陣にコメントしたらしい。

オープン戦も含めてJ2公式戦に2試合出場した高校生兄弟を、NZが注目する理由は何なのか?高校を卒業したばかりの長男が、何故NZのクラブチームに所属したのか?
大学に合格したのに、通学しないのか?という素朴な問いを取材陣が抱いて方ぼうで取材を進めていると、兄弟の祖母の富山県知事の生誕地が南太平洋のクック諸島なのだとNZ代表の関係者が証した。
「祖父母もしくは両親が当該地で生まれた」というFIFAの基準から、NZの代表選考の基準に該当すると分かると、可能性を帯びたまま話が拡がり始めた。

ニュースサイトやSNSでは「日本代表の可能性はないのか?」「セットプレイのキッカー、センターバックとサイドバッグの有力な逸材を逃すのか?」「他国の代表だと、非国民め!」「国賊だ」と非難も含めてコメント欄が荒れていたが、当の本人達には既に「3月末テストマッチ時の選考候補内定」が出ており、日本の次男三男も既にパスポート申請を済ませていた。また、都内とNZ首都と異なる場所で内々で採寸を済ませており、ユニフォーム・トレーニングウエア類、移動時のスーツ等の製造に取り掛かっていた。

NZサッカー協会は、祖母に秘密裏に接触して出生地の確認をすると、FIFA(国際サッカー連盟)とOFC(オセアニアサッカー協会)に対して、杜兄弟3人の五輪代表資格の承認要請をしていた。
金沢のクラブは兄弟達が暫くの間チームから抜けるのは知っていても、同僚の選手達には知らされておらず、祖母以外の家族は誰も知らなかった。週明けの正式な発表が出るまで箝口令を敷いていたらしい。

記者たちは調査を重ねて、記事にした。
日本代表とNZ代表では、選手層に絶対的な乖離がある。国民の絶対数が1億と五百万人と異なるので選手層の厚みがどうしても違う。
NZチームは五輪予選を勝ち抜く過程で怪我で五輪本戦に間に合わない選手が複数出て死活問題となっている、そんな事情もあった。
複数のポジションをこなせる兄弟は稀有な存在で、ポジションによっては手薄な状態を補完しうる対象と見ている・・と、その種の記事をサッカーメディアが書き連ねていた。

国際テストマッチデーの3/26・29、日本代表は両日アルゼンチン代表との親善試合で、NZ代表はサウジアラビア代表、オーストラリア代表と対するスケジュールとなっていた。
五輪代表の最終選考はまだ先だ。
7月の五輪に登録される選手は20名だが、3月の現時点では30数名の候補者を招集している。U18の年齢層の日本人3兄弟が、海外のU23代表に選ばれるのか?と、競い合う様にモリ兄弟を記事にしていた。

歩と海斗にとって、三ツ沢競技場は実家から徒歩10分のホームグラウンドだ。小学生の頃から試合で使っていたので、金沢市内のグラウンドよりも断然愛着がある。
試合前の練習でピッチに出ると、元クラスメートや高校サッカー部の友人達、実家のご近所の皆さんの集団が一角で騒いでいるので、2人は「どホーム」の感覚でいた。

「プロって凄いな。高校の試合とはワケが違う」と兄の歩は冷静だったが、弟の海斗は試合後の赤レンガ倉庫での同窓会の方が楽しみで、鼻の下を伸ばしてニヤニヤしていた。

2時間時差のあるシドニーでの試合はデーゲームだった様で、競技場のスタッフの計らいでセンターバックの火垂がコーナーキックを頭で合わせたゴールシーンを、会場の大型モニターで放映していた。
ウェリントン・フェニックスがシドニーFCに2−1で勝利し、火垂の得点が決勝点になった。
得点したから良いものの、試合観戦に来ていた兄弟の応援団は火垂のポジションを疑問視する。
金沢のクラブチームもそうなのだが、何故兄弟をディフェンシブなポジションで使うのか?と議論していた。

本日の先発メンバーの発表が大型モニターで始まると議論も終わる。海斗がフォワードで、歩が2列目・十番のポジションだと表示されると、観客席のご近所集団が大騒ぎとなった。

ーーー

異母兄の亮磨はビルマ行きの便待ちでシドニー空港に居た。
NZ首相のビルマ訪問に合わせて「ビルマ政府を支援せよ。元外交官2名をビルマに追加派遣する」と新たなミッションを父親から投げられていた。

空港内のラウンジで飲食しながらテレビを見ていると、ビルマの映像が出てきたので注目してしまう。

「ビルマが中国に返還を求めているココ諸島の映像が届きました」とアナウンサーが発言してから映像を流し始めた。
中国側が撮影したのだろう。
やや遠方から「ビルマ軍無人海兵部隊」を撮影した映像だった。無人海兵部隊と命名したのは自分で、メディアが知るはずもない。部隊名から何をする部隊なのかイメージ出来るようにしたのだが、ちゃんとした名前に変える必要があるかもしれない。
ココ島に上陸しているビルマ軍の武装バギーや多数のドローンとUAVの映像から、
「何故、中国のレーダー網に引っかからずにこれだけの無人機が上陸出来たのか、非常に注目しています」とニュースに出た軍事評論家が話し始めた。

「レーダーには大きく分けて2種類あります。
戦闘機や水上戦闘艦に搭載しているレーダーは電波・波長帯を利用したレーダーで、小型機や、ステルス性能を持つ戦闘機やUAVを捕捉するのは困難です。しかし、昨今はステルス機やUAV機のパーセンテージが各軍で増えているので、波長の長いUHF波レーダーも搭載するのが主流となっている。実際に、各国の早期警戒機、戦闘機やフリゲート艦や護衛艦にも電波・波長帯のレーダーと、UHF波を使ったAPY-9レーダーが搭載されています。

ココ諸島の軍事施設は60キロ離れたインド軍の軍事施設を傍受、監視する役割のはずですので、2系統のレーダーだけでも様々な種類のレーダーを用意している筈です。しかし、ビルマ軍は部隊を上陸させています。
物凄い違和感を感じる映像です。島に駐在している側の、基地の防衛を担当している部隊や将校には驚異だったでしょうが、基地の防衛体制が機能しなかったという状態ですので、軍事施設として失格だったと申し上げるしかない。レーダーが故障していたなら、兵士が多数警備に付いているべきですが、それも無いのを見ると、レーダーに表示しない何かをビルマ軍は持っていると解釈した方が良さそうです・・」

テ〇ビ神奈川のUHF放映と同じ電波を使っているんだな、と亮磨は新たなレーダーの知識を得たのだが、「レーダーに引っかからずにココ諸島に上陸する兵器って、何なんだよ?」と思い、後で日本のエンジニアに確認しようとスマホに音声メモを残し始める。

「あれ?中国の方ですか?」
背後から辿々しい中国語で言われたので、亮磨が振り向く。台湾で育った亮磨には第一言語なので、メモを取るのも、発声メモもどうしてもマンダリンとなってしまう。
一人用のソファーシートが2列、背向かいに並んでおり相手も体を反転させていた。
「えっと、マンダリンが母国語の日本人です」と言うと、驚いた顔になって相手の発言が日本語に変わった。

「そうですか・・すみません、中国語を学んでいる最中なので、思わず声を掛けてしまいました」と眼鏡を取りながら言う その顔に、亮磨は釘付けになる。数年前に引退したセクシー女優だった。

「あぁ、ひょっとして この顔に見覚えあります? 今は上海で芸能人やってるんです」

「ええっと、芸名はそのまま使われているのですか?」
日本のセクシー女優の名はキラキラネームを用いると言う 余計な知識が亮磨にはあった。その知識が墓穴を掘る。「お世話になった経験有」と暗に認めた格好となってしまった。

「すみません。その、何と言いましょうか・・素直に言います、ファンの一人です」
舞い上がっている自分に気付く。なんでこんな美人が脱ぐのか?亮磨には全く理解出来なかった。

「そうですか、ありがとうございます。えっと、私はこれから上海に戻るのですが、あなたは何方へ?」
「あぁ、ビルマです。ミャンマーから国名を変えた国へ参ります」
亮磨はサングラスを外すべきか否か、葛藤していた。「罠」の類をこの時点では全く考えられなかった。

「母国語とおっしゃいましたが、中国にも来られる機会はあるのでしょうか?」
そう言って名刺ケースをバッグから取り出して、一枚の名刺を両手で持って、振り向いたままの苦しい姿勢で笑顔を見せる。慌ててバッグを弄って、名刺ケースを取り出して、少々悩んで副業用の名刺を取り出して、交換する。
「台湾で生まれて育ちました。残念ながら中国には行ったことがないんです」

「・・ミュージシャンって・・嘘でしょう?ホントにディープフォレストのリョウマさん?」

「すみません・・オーストラリアでもソコソコ売れちゃいまして、素顔を晒せないのです」

「奇跡かも!オージーにして良かったぁ、あ、私 休暇でケアンズに居たんです。連絡先交換出来ます? 名刺には・・やはり書いて無いですよね、電話番号・・」

「あー勿論です。こちらから先にお願いするべきでした、スミマセン」

そして共栄党代表の名刺も渡してしまった。出演の媒体はどうあれ、相手は「女優」だった。

ーーー

ココ諸島での状況を撮影したのは、島に駐留している人民解放軍なのだが内部映像が流出したので、誰が外部に漏洩させたのか犯人探しが始まるのと同時に、外交部のスポークスマンが緊急会見に臨み、「ビルマとの友好関係は継続しており、ココ諸島の賃借継続の協議をしている最中ですが、我が軍の撤退も選択肢の一つでありますが未だ結論には至っておりません。
ビルマ軍の布陣は共同訓練の為であり、威嚇や制圧などの行動を示すものではありません」と発言していた。

また昨日のビルマ新任大使と中国外相が無音声だが会談している映像と、握手を交わしている写真を公開し、融和ムードに話をすり替えようとしていた。
今取る選択は時間稼ぎ・・それしかなかった。

***

ビルマの山岳地帯を周り、ビルマの古参議員達とパイプを作りCIA幹部のサミュエル・アッガスが都内にやって来た。
大統領補佐官だったマイゲル・ボルドンの予想通りの展開となり、アッガスに1ヶ月ぶりに再会し「かなり憔悴しているなと」駐日大使は察した。

「中国に楔を打つ」「中国経済の成長の芽を積む」「同国の海洋進出の勢いを止める」これらを実現するには「ビルマを手中に収めるのが、最も効果的」なのだと、米国は誰も考えもしなかった。

モリがなし得た今の状態が、3つを実現する方向に動き始めていることに米国政府は驚いていた。ココ諸島での上陸劇は明らかに恣意行為に準ずるもので、中国のメンツを打ち砕いていると米国は見ていた。

サミュエル・アッガス極東本部長は上海に展開した日本の元芸能人3名を、杜 亮磨に接触させるよう方針を改めた。
本来は中国の中枢に喰い込むのが狙いだったが、中国の勢いが一時的に減速し、プルシアンブルー社とモリ親子が国際舞台で名を馳せ、ビルマ経済と軍を操り始め、無視できない存在となった。同盟関係にあるとは言え、「警戒すべき対象」とせざるを得なくなった。
女性も攻略対象を亮磨にした方が双方が「与し易い」と見ていた。実際に、難なく初期の接点は取れる様になった。
3人の活躍の場を台北や平壌まで広げて、亮磨との接点となる土地を増やしていこうとアッガスは企んでいた。

ーーーー
転職後も同僚となる斉木康次郎を成田空港のサザンクロス航空のカウンター前で、待っていた。バンコクでタイ航空に乗り換えてラングーン(旧ヤンゴン)へ向かう。
臨時の杜 亮磨代表の秘書として支援するのが今回のミッションとなる。

桜田歌詩が素っ気ない服装にしたのも、斉木との移動や現地での作業が楽しいものにならないと察していたのかもしれない。

外務省を辞めるのに当たり、桜田が里中 前事務次官補佐に楯突いたのが、斉木もチームに加えたいと相談された時だった。
2年後輩となる斉木は優秀だったが、全く遊ばないし、女っ気は微塵も想像できないし、冗談が全く通じない、典型的で模範的な官僚だった。
その斉木がモリを崇拝しているのだという。「怖いくらい似てるのよ」里中までもがそう口にするのだが、桜田には何処に一致点があるのか、サッパリ分らなかった。

「おはようございます」背後から言われて桜田が振り返ると、知らない人がいた。人違いをしているのだろうと思って、桜田は前を向いた。
「桜田さん、おはようございます!」声は斉木だな?と思いながら、振り返るとやはり知らない人だ。垢抜けている・・

「え?斉木なの?」

「はい。モリさんと同じコーデで揃えてみました。金額にして8340円掛かりました。パーマ代とコンタクト費用の方が断然高かったですが、衣料品は安くて助かります」
モリ親子ほどの上背は無いが、「狙い」は的を得ているようだ。

「どした? 好きな子でも出来た?」

「はい!山岳民族のお嬢さん達にはウケるかと思っています!」

「ねぇ、話が全く噛み合っていないんだけど・・」

「私にとってはどーでも良い、です」

「あっそ・・」
やっぱ斉木だ、と桜田は思いながら、キャリーバッグを転がして、サザンクロス航空のカウンターに向かった。

***

首都ウェリントンでは政府専用機が飛び立った。

スポーツ観戦の好きな首相は、ウェリントン・フェニックスの熱烈なサポーターでもあった。終わったばかりのデーゲームのダイジェスト映像をタブレットで見ていた。
ホタルの跳躍力は抜きんでいた。190cmを超える身長なので上半身が飛び出す様な打点でヘディングをする。しかもフォワードの選手のようなボールコントロールだ・・
「凄いわねぇ・・」
「今日のマン・オブ・ザ・マッチのホタル・モリですが、ウエリントンの市民ラグビーチームに参加したようです。愚息も同じチームなのですが、足の早い、キック力のある日本人として練習初日からチームに溶け込んだそうです」 
隣席の外相がメディアも知らない情報を伝える。

「一体彼に何があったの?」
「フォワードは無理でも、バックスなら出来るんじゃないか?と前々から思ってたんだそうです。まぁ、我が国に来たら否が応でも目にしますしね」

「冬のオフシーズンの体力づくりにはいいでしょうけど、メダルを狙っているNZチームとしては故障だけはして欲しくはないわね。慣れないタックルを食らって、大事な靭帯を伸ばしちゃうとか・・勘弁よね?」

「全くですな」外相は首をすくめた。

(つづく)


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