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(3) 百年千年経っても、人間だもの。(2023.11改)

外相就任後の記者会見を終えて専用車に乗り込むと、議員宿舎へ向かう。
秘書の宮崎が外務省報告を後部座席の隣席で読み上げ始める。コロナに関する各国の状況報告の後はプルシアンブルー社絡みの報告となった。

「コロナの次か・・」梅下外相は宮崎の視線を感じて、笑いを噛み殺す。
マレーシア国王と他州のスルタン2名と、インドネシア・ジョグジャカルタ特別州スルタンとその長女を、クアラルンプールとジョグジャカルタから日本の政府専用機で「回収」してきた。
午後はブルネイ国王とプルシアンブルー社とモリが加わり、3カ国に対して何らかの提案を行ったようだ。その場に同席した外務省の担当者からの報告書は明日 到着する。 

会談後はサザンクロス海運の輸送船が運搬してきたPB Motorsが改修したドイツ中古車を始めとする試乗会が行われた。
同社製の農耕用バギーで使われているディーゼルハイブリッドエンジンを利用した新型ミニバイクと、新型小型船舶もバンダルスリブガワンの港で王族達が試乗したという。
トピックスは乗用車と小型船舶が無人操縦だったという点だ。運転席でドライバーがAIに音声で指示を出すと完璧に自動車教習所のコースを走り廻り、湾内を操舵しまくったらしい。
「その映像の方が見たいな」と梅下外相は思った。
マレーシアとインドネシアの王族を空港で出迎える映像と夕刻の晩餐会の映像は送られていたからだ。
梅下はその映像を食い入るように見てしまう。嘗て恋焦がれて想いを告げた人が映っていたからだ。

空港でブルネイ皇太子と着物姿のタイ王族2名に宮内庁長官と、オマケの着物姿のモリと由真で出迎える。タイ王族の2人と由真は頭に着物と同系色のショールを纏っていた。
晩餐会ではタイの王族とインドネシア・ジョグジャカルタ特別州の次期スルタンの長女と4人でテーブルを囲んで談笑している。  

映像を見た日本人の反応は「なんで都議が王族と会ってるの?」という極めて自然な発想だろうが、梅下外相は「何故モリの隣に由真が居るのか?」「なぜ由真が王族と会話している?」とそちらに目が行く。

「坊が若い頃に好いたっていうのが、その女性ですか?」秘書の宮崎が横目で投げ掛ける。

「ああ、旧華族の奴と張り合って大負けした。当時のウチの家の状況ではどうしようもなかったんだが・・」
元首相の祖父が死に、他派閥の長を務める議員に島根県議連を牛耳られ、家そのものが衰退していた。バイオテクノロジー事業で勢いのあった旧華族と県議止まりの父親では、当時は到底勝負にならなかった。

「まだ30廻ったばかりみたいですが、子が出来ないと離縁されたそうです。諦めなされ」

「所帯を持つ必要はあるまい。もし、子が出来たら、その時点で考えればいい」

「そこまで未練がお在りか?」

「俺の中では未だに過去最高の女性なんだよ。お互いフリーなんだ。何の問題も無いだろう?」

「しかし、彼女はこうして表に出てしまった。
よりによってモリの外交パーツとして、です。
同じ状況なら、そっちの若い養女の方をお勧めしますがね」

「姉妹であっても従姉妹でも、抱き心地が全く異なるのは、爺の方がよく知ってるだろう?」

「坊がそこまで言うか・・」イヤラしそうに宮崎が笑った。

「国会開催中に都内で会食したい。
渡航後の状況報告をモリに聞きたいと言って、彼女も同席できればいい。その後は自分で何とかするよ」

「大臣就任早々なんで、女性問題だけは極力避けて欲しいんですがね・・坊、他の女達はどうします?」

「入院前に全て精算済みだよ。大臣になったら未練タラタラのメールがワンサカ届いてるが、皆、爺の好きなようにして構わないよ」

「そうですか・・」
宮崎が外を向いて梅下に後頭部を見せているが、車窓ガラスに反射した宮崎の表情を見て微笑んだ。女達も泣いて喜ぶだろうさ、と。


朝を迎えている北米では、プルシアンブルー社がブルネイにAI可動による無人工場団地建設と、自動操舵の自動車両と小型船舶に搭載されたAI技術のニュースに加えて、インドネシアとマレーシアの王族がボルネオ島に集結した話題で「プルシアンブルー社がボルネオ島で何やら企んでいるようだ」と勝手に邪推して、同社の株価が更に上昇していた。
日本に残っているサミア社長と中山智恵副社長は、幹事会社のOverseas Basement Cities Bankに新株発行のGoサインを出し、OBCsBは11月1日の第二次株式販売をアナウンスする。事実上の社内取り纏め責任者である中山は、ボルネオ島訪問に続く、カンボジア、タイ両国訪問への徹底を部下達に指示し始めていた。

ーーーー

翌朝、アザーンを告げるモスクのアナウンスで目が覚め、由真と玲子を起こさぬようベッドを抜け出たモリは自室にこっそりと戻り、 シャワーを浴びてから外へ出て、バンダルスリブガワンの街中を走り始める。

クアラルンプールやシンガポール、ドバイの様な高層ビルもなく、トルコやオマーンのようなモスク中心の都市景観に賛同しながらも、歴史の薄さが建物の真新しさを強調するので違和感を感じていた。砂漠も無ければ乾燥地帯でもない、気候的な違いもあるのだろうが。
湿度を纏った熱帯の空気は容易に汗を噴出させる。走り出して10分も経たずに顔を拭いながら走るようになった。
カンポンと呼ばれる水上集落を対岸に見ながら運河沿いを走る。
アジアで水上集落を見ると祖父の海南島での従軍時の話をいつも思い出す。トイレが海に直結していて、下を覗き込むと魚が待ち構えている。
排便が終わるとバシャバシャと水面で魚達が争っている音がする。「その魚をどうしても食べれなかった」と笑いながら言っていた。

子供の頃は全く想像できなかったが、従軍兵がカンポンの家に居るという状況を今になって考えると現地居住の女性、もしくは置屋絡みだったのだろうと推察してしまう。そもそも陸軍が水上集落を居住地と定める筈がない。唯でさえ不安定な家屋が沿岸部に立ち並んでいるので、狙撃・襲撃しやすい。機銃連射、もしくは手榴弾で容易に建物ごと破壊、爆破できるからだ。

「せっかくだからカンポンを借りるのはどうでしょう?」と昨夜玲子が提案してきたが、自分の喘ぎ声を全く想定していないのだろう。あんな薄っぺらい板の壁や床では音がダダ漏れだ。
公共の場に等しい セキュリティ対策が何も施されていない家屋で、作戦会議など出来る筈もない。

そんなことを考えていると向かいに散歩中の2人組が目に入ってくる。外務省の里中と櫻田だった。立ち止まるべきか、会釈を交わして通り過ぎるべきか選択を始める。

「昨夜は部屋に居なかったんですって?」里中が大声を出したので、止まるしかなかった。

「居たよ・・風呂にでも入ってたんだろう・・」

「あれぇ、そうなんだ?毎時間ノックにし行ったみたい。何度か内線も掛けたんだって」
里中が真っ赤な顔をした櫻田を見ながら笑っている。サクランボみたいだな・・

「じゃ、疲れて寝てたんだろう。あとで聞くよ」インナーフォンを耳に付けて走り出そうとすると、
「今夜、飲みませんか!」
真っ赤な顔のまま櫻田が言う。里中はニヤニヤしながら笑っている。仕方ないので敬礼してからダッシュして走り出した。

 その頃、まだ暗い時間に流れるアザーンの大音量でも目を覚まさなかった由真が、鳥の囀る声で目を覚ました。
モリは居らず、玲子は同じベッドで寝ている。
ゆっくりと起き上がってタオル地のガウンを素肌に纏い、ベランダに歩いてゆく。
妹の真麻が鳥に囲まれる光景を、小さな頃からよく見ていた。生き物の気配を自分でも分かるようになったのか確認したかった。
ベランダに出て、まだ気温がそれ程でもない清々しい空気を吸い込み体内に送り込む。
大気を取り込んで、清々しく感じた訳ではないのだと悟った。体が随分と軽くなったように感じる。

昨夜、自分が離縁に至った経緯をモリに打ち明けた。精密検査を何度も行い、体外受精を試みても着床まで至らなかったのだと。
新外相との当時の関係は伏せたまま、同じゼミのOBと付き合い始めて婚姻となり、当初は愛情を感じていたが、度重なるゲノム診断や血液検査が続くに連れて、彼や旧華族家自体が求めているのは「源家の不可思議な血筋」だと悟った。

旧家は 義経と袂を分けた静御前の墓の所在地まで追っていた。気仙沼の家と源氏は何の関係もない、と何度も伝えたのだが、どうやらオカルトめいた話に関心を持っていたようだ。
諸説ある静御前の終焉の地の捜索までしていたらしい。静御前と生まれるはずであった子供の骨は、金売り吉次で知られる人物が岩手から京都の実家に持っていったと言われているが、その吉次の家探しまでしたらしい。余程DNA鑑定がしたかったのだろう。
モリには「源氏との繋がりの疑い」には触れぬまま泣きながら話し、つい本音を漏らしてしまった。
「啓子さんと由紀子さんからも聞いております。貴女のお気持ちは嬉しいですが、お話を聞いていて、この小娘の方が盛ってしまったようです。
玲子を鎮めておきますので、その間に湯船にゆっくり浸かって冷静にお考え頂けないでしょうか。その後で改めて判断なさって下さい」
彼は優しい顔でそう言った。

暫くするとバスルームまで玲子の喘ぎ声が聞こえるようになる。30分経った辺りで一体何時まで続くのだろうと、湯船を出てのぼせ始めて汗をかいた頭をシャワーで濯いだ。
伯母と妹は交互に可愛がって貰ったと嬉しそうに言っていた。やはり最初はベッドの上だろうと意を決して、ベッドの上で絡み合っている二人に向かっていった・・

「南国の雀は随分痩せてるんだな」

由真はそう思ったが、ベランダの欄干に留まっている3羽の雀は南国は寒くはないので単に羽毛を立てる必要が無かっただけで、昆虫の多いブルネイの方が栄養状態的には潤沢だった。
1羽がグライダーのように滑空状態で飛んできて、フワリと優しく由真の右肩に止まった。

「真麻と一緒だ・・」
由真の目に涙が溢れて来る。
「やっと、巡り会えた・・」
そう思いながら妹が良くやる様に左手を雀に持ってゆくと、雀は由真の人差し指に移って首を傾げて、覗き込むように由真の視線と見合わせる。
涙が溢れながらもそのまま拭いもせず、水滴が床のタイルに広がっていった。

胸と子宮に仄かな温かみを由真は感じていた。

ーーー

カニアとパウンの3人で朝食会場に入ると、モリとゴードンが食事中だった。
「後で」とモリがサインを送ってきたので、志木佑香は頷いた。
玲子と由真は外務省職員達と同席している。
「狙われてる?そうよね、2人共若いもんね」と思う。
流石にアラフォー世代に突入した自分には誰も声を掛けない。ブルネイに到着した晩はボスに抱いてもらい、満ち足りているので他の男はどうでもいいのだが・・。

「・・西国から宮古市まで移動出来たのも、鎌倉時代の検問体制が脆弱だったからでしょう。
奥羽に3年以上潜伏した期間で赤子が生まれたかもしれませんが、当時から800年近い年月が経っていて混血も進んでいます。それに誰も源氏のDNAを継承していないのですから、証明の仕様がありません・・」

「ちょっと待って。平安時代に源義家が蝦夷征伐に向かっただろう?義家も子沢山だったって言うから、東北でヤンチャしていたかもしれないじゃないか・・」

「私は想像しちゃうんです。奥州藤原家が義家の子孫を長年育てていて、実は義経じゃ無かったんじゃないかって。
義経は頼朝の討伐隊か何かしらの病気かで死んじゃったので、藤原家が義家の子孫に義経の名を継承させた。義家の子孫も一人や二人ではなかったので、アイヌ伝説やチンギスハーン伝説になったんじゃないかなって」

「八幡太郎義家・・それこそ千年前ですよ。義経の東北での逸話以上に痕跡がありません」

玲子と由真が笑いながら外務省の若手と話している。源義経だろう、難儀な名字を持っているから様々な人に聞かれて、その都度同じ話をしていると玲子が言っていた。

3人で席に座って食べ始めると、食事を終えたモリとゴードン会長がコーヒーカップを抱えてテーブルに座った。

「プノンペンの大使館員がバッタンバンの店を抑えてくれてて、今夜懇親会やろうって話になってるんだ。外務省との連絡係はあの2人に任せるんだけど、佑香さんは専用機のクルーに声を掛けてくれないかな・・」

「吉田さんでいいですか?彼女の連絡先しか知らないので」

「頼むよ、僕も彼女の番号までは知らないんだ」モリが片目をつぶった。

彼女のカラダは隅々まで知ってるのに?そんなんでいいの?まさか、どうでもいい女・・とまでは思ってないわよね・・。今夜もカマッてくれるんでしょうね? それとも吉田嬢と合わせて? 
前者であるのを願いつつ「分かりました」と志木は笑顔を浮かべて片目をつぶった。
「逃さないからね」というサインだった。モリが小さく頷き合意したので佑香は舞い上がる。

ゴードン会長はまさかのタイ王族狙い? 
隣のカニアとパウンを大笑いさせていた。

(つづく)


静御前

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