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(3) A horse with no name. (2024.2改)

着陸順番待ちで上空旋回中のC130輸送機から沖縄・嘉手納基地を俯瞰する。3,700mの滑走路を2本を有する極東最大の空軍基地で、在日・米空軍の基地としては最も大きい。
約100機の軍用機が常駐しており、ここ嘉手納にもプルシアンブルー製小型戦術UAV(無人航空機)B117・52機が新たに配備されている。
嘉手納基地に配備されたB117は、主に情報・監視・偵察(ISR)を担っている。
従来からのドローン機に代表される遠隔操縦型UAVとは異なり、AI搭載の自立飛行型UAVのカテゴリーに位置する。電子戦となると遠隔操縦型UAVでは飛行妨害、もしくは無力化される可能性があるが、B117は自立飛行型なので、防空システムが展開されている空域環境下でも制約を受けず、パイロットが搭乗している有人機のように自由に飛翔する。
米軍が自立飛行型UAVだと公表はしていないのも、ISR任務だけでなく攻撃任務を担う想定をしているからだ。ジャミング等の妨害電波を発せられても問題なく攻撃体制に移行できる。

約18,000人のアメリカ人と約4,000人の日本人要員によって構成されている第18航空団は、嘉手納基地の主力航空部隊だ。基地に所在する四軍の部隊と合わせて、チーム・カデナとも呼ばれている。チーム・カデナに配備されているF-15C/D・2個飛行隊24機とB117がペアとなって訓練を行っている。F15のパイロットはB117を直機の配下として扱う。比較的危険な任務や飛行をB117に指示出来るので、パイロットの負担軽減と安全性が大幅に向上した。「任務を任せる相手が出来た」安心感をパイロットは抱けるようになり、飛行時の作戦時のストレス軽減等、心理的にもプラスに作用しているようだ。

次期戦闘機開発に影響が及ぶのは確実で、B117のようなUAV僚機有りきの開発となり、今後パイロットが搭乗する有人機は、作戦指示役や援護役など後方支援任務に特化してゆくかもしれない・・。
サミュエル・アッガスが笑みを浮かべながら思考している間に、C130輸送機は嘉手納基地の滑走路に着陸する。

基地内に入る前にアッガスは格納庫内の航空機を視察する。チーム・カデナの航空団は5つのグループ(作戦、メインテナンス、任務補助、土木、医療等)に分かれている。
作戦担当のF15戦闘機はB117と共に出払っているようだが、それ以外の航空機、空中給油機KC-135、E-3AWACS機、救難ヘリコプターHH-60などが格納庫内で整備中だった。

「サミュエル、ここに居たか、探したぞ」
第390情報隊のマーカス・カーバイド隊長が男を連れてやってきた。
「紹介しよう、宇宙軍所属、第16宇宙飛行隊第16遠征宇宙飛行アルファ班のアレックス・コープランド班長だ。
日本を含むインド太平洋地域における通信分野の監視を任務としている。インド太平洋地域における衛星通信システムを使用する他国軍隊・武装勢力から民間企業に至るまで通信状況を監視しているよ。
ミャンマーや北朝鮮は衛星を持っていないが、我々の監視衛星で両軍の地上での通信内容を把握しているってワケさ」

「アレックス・コープランドです。ミャンマー軍の通信内容は見事なまでに偽装されており、アッガスさんから情報を頂かなければ、完全に見落としておりました。当局のご協力に感謝しております」

「いえ、お恥ずかしながら我々も見落としていたのです。それで、通信解読の結果はいかがでしたでしょうか?」

「連中は2月早々のクーデターを計画しています。後ろで糸を引いているのは中国と思われます。互いの軍で何度も連絡を取り合っているのが確認されています」
コープランド班長の発言に驚いていると、第390情報隊のカーバイド隊長がアッガスの背中を叩く。

「そんな調査能力がタイの王族にある訳がないのも、君も分かってるんだろう?モリは何者なんだ?どうやってクーデター計画を知り得たんだ?」

「いや・・それは私にも正直分からない。彼は優秀なスナイパーでもあるのだが、ミャンマー軍の幹部達を単独で襲撃するかもしれないんだ」

「確かに幹部を葬る事が出来たなら、クーデターは中止になる可能性が高い。
・・ミャンマー正規軍の兵の能力と士気は極めて低いと各国から笑われている。実際、未だにベトナム戦争時の古い銃を使い続けている、山岳少数民族のコマンド部隊に簡単に蹂躙されているんだからね。
唯一勝てる相手が、武器を持たない一般市民だとも言われている程、お粗末な組織だ」

「まさか。そんな恥ずかしいレベルでは、軍を名乗れないだろう?」

「だからこそ、モリって野郎に興味があるんだ。ミャンマー軍なら一人でヤれるって分析したんだろう。それも、ランボーみたいにド派手に破壊しまくって暴れるのではなく、劇場の観客動員数が全く見込めない、狙撃って極めてシュールで陰湿な手段でもって一国の軍隊を無力化出来るかもしれない、って何度も計算をしたんだろう。
当然だが、我が軍の兵士でそんな無謀なことを考える奴は一人もいないだろう。
しかし、彼は軍人でもないのに襲撃に挑もうと考えた。本職は確か地方議員だったな?」

「そうだ・・」

「何かしら信じているモノが彼には有るんだろう。彼にとっては絶対的な代物や存在なりを活用して、駆使して見せて、自分が打ち立てた目的を達成できると一人で勝手に信じている。
今は2021年で、朝鮮戦争が起こった1950年とは全く異なる社会だ。それなのに20世紀の様に、それもたった一丁のライフル銃で、最弱とは言え一国の軍隊に挑むっていうんだから無謀にも程があるって話だ」
アッガスは背中を汗が流れているのを感じた。1月の沖縄の気温は20度も無いのだが・・

「ミャンマーでも北朝鮮でもいいのだが、もし彼が成功して五体満足に生還したなら、世界中の諜報部門が彼を欲しがるだろう。MI6やスペツナズ、モサドに取られる前に、大金を積んで採用した方がいいぞ。我がアメリカには必要な人材になって居るだろう。但し、生還したらの話だがな」

マーカス・カーバイド隊長がサミュエル・アッガスの背中をバシバシ叩いていた。

ーーーー

夜半から降り始めた雪は近年では見られなかった積雪量となり、福井と石川、そして新潟の国道8号線では積雪でスタックする車両が出始め、渋滞の列がゆっくりと伸び始めていた。

福井・石川・新潟県は富山に除雪協力を要請し、金森知事は仕方があるまいと許可したようだ。
「必要なのが予め分かっているのだから、他県に頼らずに自前で揃える準備をしろ」と空に向かって釘を指してみるのだが、周囲には誰も居なかった。
主に冬季の除雪作業の財源として、雪害対策費なる予算を日本海側の各県は持っているが、富山の左右の県が支払うコストとして見ても、両県内の作業費よりも圧倒的に安かった。

ドローンが国道上を飛び交って融雪剤をばら撒き、バギー車両の除雪作業を軽減し、物資運搬ドローンは携帯トイレと暖かいお茶とおにぎりを渋滞中のドライバーに提供し、新潟、福井では出来なかった渋滞解消と国道全面開通を達成したのに安かった。
「人件費が一切掛かってないから」と富山県の職員に言われて、面食らっていた。

****

「ロシアが行った2014年のクリミア半島の強制併合と、ドンバス地方への軍事介入ですが、非軍事手段、特に情報戦の活用が注目を集めました。
政変で成立した暫定政権はロシア系の住民の弾圧を目的とする、ネオナチ集団のような政権でした。ロシアは政権の矛盾を突いて情報戦を仕掛けました。

「政変そのものが西側によって操られている」
「ロシアに併合されれば、生活が劇的に改善される」
等といったロシア側の嘘の情報を、紛争地域の住民に向けて大量に発して、住民の意識改善を目論んだのです。その他にも、ウクライナ各地のインフラに対して大規模なサイバー攻撃をロシアは仕掛け、オンライン化された西側のサービス網の機能不全や、電力送電プログラムを混乱させて停電するといった事態を実際に引き起こしています。

一見成功したかに見えた電子戦ですが、ロシアが期待した成果は得られませんでした。
元々ロシア系住民が多いクリミアやドンバスの一部地域では部分的に成功を治めたのですが、ウクライナ住民の多い大多数の地域における住民の認識操作は、完全に失敗に終わりました。殆どの住民がウクライナ政府の統治下に残るのを選んだのです。
ロシア軍は失敗に終わった電子戦の反省から、正規軍による大規模な侵攻作戦をすべきだったと強引に纏めたレポートをしています。

さて、私はロシア軍の作戦参謀の頭脳と発想を大いに疑っています。
電子戦という手段は間違いではないと私は捉えている次第です。これから皆さんにチームディスカッションして頂くのも、「電子戦の有用性に関して」となります。

ロシアがクリミア半島で展開した電子戦ですが、それ以前の話しとして、大きな問題がロシアには有ると分析しています。
彼等がクリミア半島とドンバス地域をどうしても併合したかったのであれば、それらの地域を詳細なまでに把握し、分析した上で、どのようなアプローチが最も効果的なのか、ロシアは熟考を重ねてプランを練り上げるべきでした。

もしロシアが電子戦に挑まず、自己反省レポートに纏めたように軍事進行していたなら、大なり小なりの破壊がウクライナ側に伴ったでしょう。人的被害が出ていた可能性も十分にあります。
住む街を破壊されたウクライナ領の住民はロシアの侵略行動をどう思うでしょう?
街を壊す統治者に人々が喜んで付いていくでしょうか?家族を殺傷したロシア軍に、感謝したりする人なんているんでしょうか?

情報戦に失敗したとロシア軍は言いますが、ロシア併合後に生活レベルを本当に上げていたなら、クリミア半島の人々も「たまにはロシアも真実を語るんだな」と納得したと思います。ところが、生活レベルが変わらなければ「やっぱ嘘じゃんか」「ロシア人は未来永劫、絶対に信じてはならない連中だ」と侵略された側のウクライナの住民がロシアを悪く思うのは当然です。

ロシア軍人の人的被害を最小限に食い止めるための情報戦は、決して間違いではありません。
しかし、何よりも「ダメ」だったのは、周囲から人として信用されていないロシア人そのものでした。
生活レベルが上がると言ったのなら、単純に供給を増やせばいいだけの話なんですが、口先のみで対外的には何もしません。従って、生活は今まで通りとなります。ウソつき呼ばわりされるのは、今も昔もロシア軍とロシア人となります」

「さて、場所をクリミア半島から朝鮮半島に変えてみましょう。北朝鮮の住民に対して情報戦を持ちかるとしたなら、あなたはどのような策を考えますか? さぁ、グループで討議を始めて下さい。皆が忘れないように、軍事力による進行作戦は今回は選択肢から除外してますからね」

☆☆☆

「住民統治について、兵士たちに話してほしい」モリに依頼したら、2014年のロシア軍のウクライナ・クリミア半島進行作戦を例に上げて、講釈を始めた。
依頼した平沢基地の司令官自身も輪に入って、グループ討議している最中だった。

敵性国家の失敗事例を題材にしてディスカッションすれば、米国軍人が積極的に参加するのは誰もが想像出来た。
兵士から借りてきたアコースティックギターをBGMの様に弾き始めると、討議中の兵士達が拍手し、指笛を鳴らす。
何も準備もせずに壇上に立って話し始めたかと思えば、サラッとギターを演奏して見せるので、隣にチョコンと座ってPCを操作している翔子は下腹部の濡れを感じる。
どうして家でも演奏してくれないのだろう?と腹が立ってもいた。

Americaの名曲「A Horse With No Name」を弾き始めると、兵士達が徐々に歌い始める。米国人なら誰でも知ってる曲だ。同じフレーズが延々と繰り返されて、翔子も一緒になって歌っていた。 

「グループ討議はどうしちゃうんだろう?いいのかな?」と思っていたら「答え」は歌詞のフレーズの中に有った。
「いろんな人生を見つめていた」
「それらは皆繋がり、廻り、 巡ってゆく」と。
そして兵士達は「砂漠」を北朝鮮に置き換えているに違いない、と翔子は思っていた。

On the first part of the journey,
I was looking at all the life.
There were plants and birds.
and rocks and things,
There was sand and hills and rings.

旅の一番始まりのあたりじゃ
僕はいろんな人生を見つめていたんだ
植物や鳥たち
岩やいろんなもの
砂漠の砂や丘があり
それらは皆つながり廻り巡っていくんだ

The first thing I met, was a fly with a buzz,
And the sky, with no clouds.
The heat was hot, and the ground was dry,
But the air was full of sound.

最初に見たものは ブンブンと飛ぶ蠅だった
空は雲ひとつなく
気温は高くて 大地は干からびていた
でもまわりはいろんな音がしていたよ

I've been through the desert
on a horse with no name,
It felt good to be out of the rain.
In the desert you can remember your name,
'Cause there ain't no one for to give you no pain.
La, la, la la la la, la la la, la, la
La, la, la la la la, la la la, la, la

僕は砂漠を突っ切っていったんだ
名前のない馬に乗ってね
雨が降らないってのは気持ちいいよ
砂漠ではね 自分の名前を覚えておくといい
誰も君を苦しめるようなヤツはいないからね
La, la, la la la la, la la la, la, la
La, la, la la la la, la la la, la, la

After two days, in the desert sun,
My skin began to turn red.
After three days, in the desert fun,
I was looking at a river bed.
And the story it told, of a river that flowed,
Made me sad to think it was dead.

2日後のこと 砂漠の真っ赤な太陽
僕の肌も真っ赤に焼け始めてきたんだ
そして3日後 砂漠も楽しくなってきた
僕は川の底を見ていたんだ
かつては水で溢れていた川が
今では干乾びてしまったことを思うと
悲しくなってしまったよ

You see I've been through the desert
on a horse with no name,
It felt good to be out of the rain.
In the desert you can remember your name,
'Cause there ain't no one for to give you no pain.
La la, la, la la la la, la la la, la, la
La la, la, la la la la, la la la, la, la

僕は砂漠をずっと旅してきた
名前のない馬に乗って
雨に当たらないってのは気持ちいい
砂漠では自分の名前を覚えていられる
何しろ、君を苦しめるようなヤツは誰もいない
La, la, la la la la, la la la, la, la
La, la, la la la la, la la la, la, la

After nine days, I let the horse run free,
'Cause the desert had turned to sea.
There were plants and birds,
and rocks and things,
There was sand and hills and rings.

9日後のこと 僕は馬を放した
砂漠は海に変わってしまったからだ
植物や鳥たち
岩やいろんなもの
砂漠の砂や丘があり
それらは皆つながり廻り巡ってゆく

The ocean is a desert,
with it's life underground,
And a perfect disguise above.
Under the cities
lies a heart made of ground,
But the humans will give no love.

海は砂漠だ
水面下に生命を宿している
表面だけじゃまったくわからない
同じように都会だって
その心は大地からできている
でも人間達は
都会に愛をもたらさない

You see I've been through the desert
on a horse with no name,
It felt good to be out of the rain.
In the desert you can remember your name,
'Cause there ain't no one for to give you no pain.

僕は砂漠をずっと旅してきた
名前のない馬に乗ってね
雨に当たらないってのは気持ちいい
砂漠では自分の名前を覚えていられる
そこには、苦しめるようなヤツは誰もいないから

La la, la, la la la la, la la la, la, la
La la, la, la la la la, la la la, la, la
La la, la, la la la la, la la la, la, la
La la, la, la la la la, la la la, la, la

Songwriters: BUNNELL, DEWEY
lyrics c Warner/Chappell Music, Inc.

Released in 1972
From The Album“America”

(つづく)


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