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私の自己肯定感が高い理由

最初に、この記事に科学的根拠は一切ないことをお伝えする。
これはただの感想であり、私見である。

私はなぜか自己肯定感が高い

昔から、自分の自己肯定感が高いことを何となく自覚していた。
しかしなぜ私は自己肯定感が高いのか、理由がわからなかった。

特別なスキルも、誰もが振り向くルックスや素晴らしい実績も無い。
平凡な会社員として普通に働いていて、稼いでいるのも平均年収。
人と比べて秀でているところは特に無い。

それにしては、私はあまりにも自己肯定感が高い。
たくさん失敗しても、人よりできないことが多くても、いつも自分を肯定して居られるし、自分を好きで居られる。

これは自分自身の強みだな、と思って誇りに思っていたが、
ある時、本気でその理由を解明しようと思った。
様々な書籍やネットの情報を漁って調べまくった結果、私なりにしっくり来る答えが導き出せたので、こうしてnoteに書くことにした。

書籍を読み漁る中で

「自己肯定感の低さは子育てにも影響する」
ということを何かの書籍で見た。

自分への自信の無さから、自分の子どもがすることに対しても自信が持てず、子どもの行動や考え、可能性を否定してしまったり、自信を無くすようなことを言ってしまったり。

そういった積み重ねが、子の価値観に影響を与えて、自己肯定感の低い子が育ち、その子が大人になり、また子へと世代を超えていく。
という文脈だった。

つまり裏を返せば、
自己肯定感の「高さ」も世代を超える。と言える。
自分を肯定出来れば、子のことも肯定出来る。
肯定されて、自信を持てるように育った子は、自己肯定感が高い人間となり、その子の子どももまた、同じように育つ。

しかし、

では、私の親や、私の祖父母の自己肯定感が高かったということか?
たしかにその可能性も無くはないが、何となくしっくりはこない。
それだけが理由では無い気がした。

たとえ、自己肯定感が低くても、子を愛する親はいくらでもいる。

自己肯定感が低くても、親として子どもと真摯に向き合い、認めるところは認め、褒めて、肯定して、間違いを犯した時には「それは間違っている」と叱る。
そんな素晴らしい親だってたくさんいる。

自己肯定感の高さ・低さが世代を超えることはもちろんあるだろうが、世代を超えて必ず、高さ低さが繰り返されていくほど、単純なはずはない。

そこで、少し飛躍しながらも、私が導き出した、私の中で腑に落ちた解を聞いてほしい。

私の自己肯定感が高い理由

まず、遺伝子や細胞が私たち人間を作っている。

先祖が生きてきた中で、危険に感じたことがDNAにも刻まれ、危険を回避できるように、敵から身を隠す擬態が出来るよう進化する動物もいる。

また、喜びを感じることに対しては、よりドーパミンなどの快楽物質を分泌する脳の機能が発達して「もっと、もっと」と求めるように脳が進化していく。
子孫繁栄とは神秘的なものだ。

とするならば、
「先祖たちが行なってきた子育て」と、「遺伝の繰り返し」により、DNAの節々に、親から受けた愛情が記憶され、蓄積されていくと仮定しよう。

その積み重なったバトンを持って、リレーの先頭で走っているのが、私であり、あなただ。

つまり、先祖が子に注いできた愛情の積み重ねが、私の自己肯定感の高さになっているのではないだろうか?

先祖A
↓愛情
先祖Aの子
↓愛情
先祖Aの子の子
↓愛情
先祖Aの子の子の子




先祖Aの子の子の子の子の・・・子(私の両親)
↓愛情

始祖となる先祖が子を産んでから、私たちが生きている2023年の今日に至るまで、私たちは誰もが、上記矢印の順番の先頭として、生まれて育ってきた。

人生には、何もかも駄目な時期や、悪いことや失敗が続く時期がある。
能力の低さで叩きのめされて、時には自分を嫌いになったり、
信じられなくなることもある。

そんな時でも、また自分を好きになれたり、自分を信じて立ち上がれる力が湧くタイミングが来る。

自己肯定感について調べ漁っていた時期のある日、「ああ、そうだったんだ」と気づいた。

「私の親を始め、先祖全員が、自分の子どもを愛してくれたからだ。」ということが、
ある日何の気なしに、ストンと頭に落ちてくるように、腑に落ちた。

これは自己肯定感に限った話ではない。
たとえば、自分の好きなところを思い浮かべてほしい。

人に優しくできる。
思いやりがある。
諦めないところ。
根性があるところ。
一度決めたことはやり抜くところ。
誠実なところ。
独創的なアイディアを出せる。
礼儀を大事にする。
ポジティブ。
面白いキャラをしている。
感受性が豊か。 

など、
人によってさまざま、自分の好きなところがあるだろう。

それが培われるための経験をして、壁を乗り越えたのはたしかにあなたかもしれない。

しかし先祖からの遺伝子がある以上間違いなく、
先祖が子供を愛してきたことによって、あなたの人格形成にも影響を与え、「自分の好きなところ」の種ができたと言えるのではないだろうか。
(子を虐待する親の問題は別として)

いつか子どもが生まれたら

私にはまだ子どもは居ないし、出来る予定も今のところは無い。

だから、いつかもし私の子供が生まれたとしたら、
その子はもちろん、何世代か先の子孫のことも想いながら、その子たちが自分自身を好きでいられることを願い、精一杯の愛情を注ごうと思う。

もしかしたら、私たちが精一杯、子どもに注いだ愛情が、
愛情のバトンとして受け継がれ続けて、
いつか、会うこともない、血の繋がった数百年先の子孫のDNAに欠片として届いて、きっと、その子を少しだけ幸せにする。

かもしれない。


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