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『あなたと行ったヴィーナスブリッジ』続 【~カノジョの右手~】著・戸松大河

2分くらいの間(ま)だった気がする。

頭の中の走馬灯。

激しく点滅を繰り返す。
吐き気と並行しながらフラッシュする。
…雅との楽しい思い出。

 初めての伊勢志摩への旅行、USJ、ヴィーナスブリッジ、斑尾スノーボード、富士急、日本平、名古屋、白浜、淡路島…。


食べた物も話した内容も。

雅はいつも僕の手を引っ張ってくれた。
無邪気な娘が父親を引っ張るように。
ちょうど『となりのトトロ』の
さつきとメイに引っ張られる父親のように。


『あそこいこ!』
『ここいこ!』
『あっち!』
『こっち!』
『あれ乗ろ!』
『ここ入ろ!』
『ねー、はよきてー!』

僕は彼女の後ろ姿を見る時間が大好きだった。


ジェットコースターみたいに
時間が過ぎて
気づくと疲れて楽しくぐっすり寝れるひととき。
笑ってなにかをしてくれる雅の右手。

そんな華色の時間。


それだけ好きだったのだろう。


そんなはずない。何かの間違いだ。

でも、ここにある事実。


僕が勝手に勘違いしてたのかもしれない。

僕をトキメかせてドキドキさせてくれる
カノジョの落書き。


失いたくない。

このままでは終わらせたくない。
僕が制していたかった。
惚れられているとしたかった。

被害者でいたくない。
せめて加害者でいたかった。

僕が雅を騙すことがあっても逆はありえない。

傷付いてなんかいない、逃げないと言い聞かす。

主導権を握りたかった。

僕は周りからも注目される勝ち組のはず。
稼ぎ、美しい女性と交際している、
それを周囲に伝えることで
自身の生き甲斐を確認できる。

敗北?違う違う違う。

主導権を持っているはずだった僕が
持っていないと言うことを知り、
敗北感と劣等感を、
そして面白みのなさを感じているのか。

こんなことが学内でバレたら僕は笑い者だ。
後ろ指を指される恐怖を勝手に作り込み
勝手に解釈する。

雅は僕のカノジョだ。
僕のことを好きでいるはずさ。

他の男と比べられ、金だけで上に上がり、手のひらで転がらせれている事実に…
僕は、僕を認めることができなかった。

とれだけの時間を使いどれだけバイト先で頭下げ、
お客様に酒を飲まされ、
耐えてきたのに、
稼いだ金を全てを雅に使ってきた。
それが崩れるなんて。
ありえない。
許せない。
あってはならないことだ。

それに合わせて、
伏線が回収されてくる。


ブランド物の店舗に時々つれ回される。雅は散々試着したり、触ってみたりして、こちらに見せては具合を伺う。
帰り際、
『いつかあんなん持てたらええな。』
と笑顔で言うのがおきまりだった。

 カードの支払いや交際費等々旅行での出費が課さんで、手持ちがないときがあった。その晩、食事をした際、理由を説明し、支払いをお願いした。その後、雅は少し機嫌が悪くなったのを覚えている。


『ごめんな。来週返すわ。』
『んー。しゃーなしやでー。』
『わりぃ。』

上記の何気ない出来事に関しても、
雅の日記に記される荒波の僕への不満。



復讐


もうこれしかない…
これしかないんだ。
自分を肯定して立て直せる方法は。

自分が一番わかっていた。


ここまで来ても、引き下がれず、
嘘をついて、
背伸びをしていることを、

別れればいいのに。

取り戻したいのは雅じゃない。
雅の気持ちじゃない。


自分の失った自尊心だった。


そんなことは自分が一番わかってる。

わかっていた。
わかっているのに。

そうだ。
そうだ!
そうだ!!
これは、
これは、

腐った人間の話。

『あなたと行ったヴィーナスブリッジ』



 気が気でないのにも関わらず、慧斗くんのまえで冷静を装う。慧斗は僕を気にして、お茶を出したり『アイス食べる?』と気を使ってくれる。そんな彼の愛が救いにも感じたし、一瞬冷静にさせてくれるが、こんな優しい少年が家の中で無理くり合わせにいく息子を演じていると思うと余計に加速度がつくように苛立っていた。

窓の外からは賑やかな音。
花火。

『慧斗…。ままとねーねのこと、好き?』
『わかんない』
『ずっとココにいたいって思うの?』
『うーうん。』
『そっか。そぉだよね。』
『中学校卒業したら新地で働くねん。』
『なんで…何するの?』
『お店のオーナーしかないやろ。』
『え。』
『もぉそれしか方法ない。』
『他にもあるだろ、いい企業に勤めるとか。それに夢とか。』
『金しかないねん。笑える方法は。高校も行かなくてええってゆーてるし。夢って意味ないやん。みても意味ないねん。』
『そぉなんだ。』
『ままよくゆーてるわ。もぉ疲れんねんて、慧斗に金使うのと慧斗の為に働くの。だから、楽させたらな。全部慧斗がいるからあかんねんて。』
『…。』
『だから今はな、…今は、ままとねーねの前で良い子チャンネルにすんねん。あと5年。あと5年の辛抱やで!(笑)』

雅とお母様が帰ってきた。

『ただいまー。』
『あっつー…。』

明るく陽気な雅と母の声。
痛みもわからない、
罪悪感もなにも感じていない声色。

それを耳にした瞬間、

躊躇わず死刑を宣告するように

より確実に復讐を決めていました。

もぉそっからはがむしゃらにチャンネルを切り替えた。深呼吸をして、今日の慧斗との1日を報告する。お母様と雅を労い、笑顔で振る舞った。

慧斗くんと僕は目が合う。
お互いなかなかな『良い子チャンネル』だと
健闘を讃え合っている気さえした。

様子を見て、
急遽予定が入ったと言い、家を後にする。

こういうケースになると、雅が少し機嫌を損ねる。『なんでなん。寂しいやん。』みたいな。
あとあと謝り倒すのがおきまりだった。

今回はどうでもよかった。

慧斗くんはまるで
『また逢いたい。ありがとう。楽しかった。』
と言う目で僕を見つめる。
ゆっくり彼は右手を振る。

少しやりきれない様子の雅。
家を後にする僕。

もう深くは考えなかった。
頭の中は復讐。
それだけ。

雪乃さんだ。

雪乃さんに電話かけていた。

その日の晩に雪乃さんに逢った。
勿論向こうは躊躇わず来てくれた。

酒をのみ
懐かしい話をし
最近の近況報告もしながら
暗い出来事
辛い出来事
改めるべき出来事を
全て楽しいと明るいに変換した。

深夜2:00過ぎ。

散々飲んで、雪乃さんと二人。
岡本の街

僕は雪乃さんの手を引いていた。

久々に引くカノジョの右手。
いつもと視界が違う。

僕の家。

『え、ここ?』
『うん。』
『めっちゃいいやん!』
『そぉかな。』
『前のなんかいややったん?』

部屋に入る。


『いや、まだ借りてるよ。友達に貸してる。』
『めっちゃ広い!高そうやね。』
『それなりやね。』
『そぉなんや。』
『なに飲む?』
『うん。もー大丈夫。いっぱい飲んでん。ごちそうさまでした。』


ごちそうさまでした。…久々に耳にした言葉だった。
倒れそうになった。
けど、
僕の目的は、復讐。


『なんか、懐かしいってか楽しかったね。…うん。』
『…一緒に住んでんるん?』
『住んでないよ。』
『…。』

携帯が鳴る。
着信音 ここにいるよ/青山テルマ
雅から。


雅から電話があるなんて初めてな気がする。
そりゃそーだ。
いつもバイバイした後は、
5分以内に
ひざまづくようにありがとうメールをする。

『でーへんの?』
『おん。もぉいい。』
『…』
『しつこいな。ここにいるよ とか着メロでも言うなんてね。』
『…ふふ。』
『え?』
『りょう…やな。』
『え?』
『ウマいのかヘタなのかわからん。りょうクンやわ。』

調子が狂った。
紛らわすために煙草を吸う。
鳴り続ける電話。
雪乃さんは鞄を置き上着を脱いで手を洗いにいった。
電話が鳴りやむ。
換気扇の前で
煙を大きく吐き、火を消す。

消すと同時に

雪乃さんの両手が僕の胴体を包む。

僕と雪乃さんは抱き合って愛し合った。

最中も着メロが鳴る。

電話に出る。

雪乃さんを静かにさせながら、
『かけ直す。』
と言って電話を切った。
ガラケーをドライブモードに。

雪乃さんは僕に触れ感じながら言う。

『そんなんゆーて。』

『なにが。』

『ほんまは誰が好きなん?』

『もぉよくない。』

『え?』

『失ってわかるものってあるべ。…ごめんね。』

部屋中に響き渡る雪乃さんの声。

久々に聞く音。

僕らは激しく交わしあった。

溜め込んだ膿をムリクリ全て出し
少し無理をしてでも力ずくで
血が出るまで膿を出すように

また嘘をついた。
雅には勿論、
雪乃さんに最低な嘘を。

朝。
目覚めると、雪乃さんはいなかった。

テーブルの上には…
置き手紙と僕の似顔絵。

久しぶりにみた。

ほっこりさせる雪乃さんの落書き。

『りょうクン。ほんまに嬉かってん。ありがとう。
もぉ一回頑張れそうやわ。一歩一歩やけど、前行ってみるな!今日はバイトしてからOB訪問して、1件オーディションやねーーん!おはよう。』

不思議と涙や罪悪感がない
狂っていたから
なんでもよかった

通知点滅がやたらと光る僕のガラケー
雅からの5通のメール

3件の着信
雅にメールを送る。

『ごめん。昨日帰ってきて疲れきってねてまった。
おはよ!』

そのままベッドにダイブした。
しばらく天井を見つめる。
『どうしたら雅が逆上するか。』
それしか頭になかった。

知らない電話番号から電話が鳴る。
セールスかと思い一度無視をした。
もぉ一度鳴る。

やたらと長い。

いやいやな声で出てみた。

ぐちゃぐちゃにヨダレを啜りながら泣く声。


慧斗くんだった。

つづく

ご一読頂き、ありがとうございました。
戸松大河

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