2023年6月15日のスケッチ

椅子に座り、脚の上にパソコンを置いている。BGMはザ・ヴァーヴの「アーバン・ヒムス」。今夜は予定が入っていたのがキャンセルになり、心ならずもゆっくりする時間ができた。
それで、今日自分が仕事中にしたこと、言ったことを反芻していた。反芻型人間の常として、あの時ああ言えばよかった、あれは言うべきじゃなかった、などとどうしようもない思念が駆け巡る。
なぜ、私は自分の言ったことを悔やんだりするのか。単純に失言だった、と言うのが第1の理由。第2の理由は、自分のキャラにそぐわない発言だった、ということがある。

同じ言葉でも、言う人間によって与える意味が変わってくる。
おどけたキャラクターの人間が、他の人を冗談でちょっとけなして見せるのは面白い。けれども、ふだん真面目にしている人が同じことをすると、言われたほうはショックを受けるだろう。

ラテンアメリカの作家、ボルヘスの短編に「『ドン・キホーテ』の著者、ピエール・メナール」というものがある。

この短編で問題にされているのは、以下のようなことだ。
「テクストというものの解釈は、それが書かれた時代、書いた人物が誰か、ということで大きく異なってくる」
タイトルの示す通り、この短編ではセルバンテス「ドン・キホーテ」が取り上げられている。この作品を、17世紀のスペイン人が書いたのか、20世紀の南米の作家が書いたかで、その受け取り方は大きく異なるのだ、ということがこの作品では言われてる。

何かよくわからんことを言ってるな、と思った方にはこんな想像をしてもらいたい。

42歳。配偶者が大手企業に勤めており、2人の子供を小学校から私立名門校に通わせている。趣味は海外旅行。
「そんな贅沢するお金、うちにはありません」

31歳。芸人として活動しているが賞レースで成績を残したことはなく、バイトを掛け持ちしている。
「そんな贅沢するお金、うちにはありません」

同じ言葉でも、受ける印象がかなり異なることがお分かりいただけたと思う。前者の言葉を見て「よく言うよ」という感想を抱く方が多いのではないだろうか?

あるいはこんな例。

24歳。学業を志していたが招集され、ガダルカナル島で死にかけている兵士。
「戦争のない世の中になってほしい」

38歳。テレビ番組に出演しているコメンテーター。中東の紛争に関するVTRを見て
「戦争のない世の中になってほしい」

ところでボルヘスの小説はとても難解だ。これを書くにあたって岩波文庫「伝奇集」を読み直したが、やっぱりよくわからなかった。

その中でひとつ、理解しやすい短編があるので紹介します。「記憶の人、フネス」です。岩波の「伝奇集」に入っています。読みやすく、しかも興味深い問題に触れている短編なので、是非読んでみてください。

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