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107年ぶりの夏の甲子園優勝|「逆張り」の研究

夏休みもそろそろ終わり。今年は関東勢の活躍に甲子園が沸きました。それでも何かと批判の巻き起こるネット社会を「逆張り」のアプローチで解してみれば、わざわざ共通の敵を見出さなくとも、手を取り合う社会が築けるかもしれないと思うのです。

 いつも以上に暑かった今年の夏の甲子園は、慶應義塾高校の107年ぶりの優勝で幕を閉じた。同じ神奈川県内にある母校を応援する立場としては嬉しい限り。県大会から数えて実に12連勝を飾った同校の強さを心から讃えたい。しかも決勝の相手は、春の選抜大会で延長戦の末に敗れた仙台育英高校。見事にリベンジを果たすという意味でも大いに盛り上がる大会だった。もしも自分がOBだったとしたら、甲子園球場に駆け付けずにはいられなかっただろう。

 慶應高校の野球部は坊主頭を強要せず、根性論を排した指導方針で知られている。今年も準々決勝に残った8校のうち、5校が髪型を丸刈りに定めているというから、強豪の中では数少ないリベラル派と言えるだろう。監督・森林貴彦氏は著書『Thinking Baseball』(東洋館出版社、2020)にて、「理想はノーサイン」と言い切るほどに選手たちの自主性を重んじている。「高圧的な押し付け指導」が2年半という短い期間で選手を育てるためには効率的である一方、その後の「社会での活躍」を妨げてしまう。高校生とって、部活動とは何なのか。「野球を通じて独立自尊の人材を育成する」ことを掲げる慶應高校は「野球と勉強の「二択」ではなく「二刀流」」を目指しているという。

 しかし、そんなことを声高に宣言しながらも、実際に日本一を取ってしまっては、勉強を二の次にして、青春のすべてを野球に注ぎ込んできた伝統校の選手やOB、関係者の立つ瀬がない。なるほど、いまどきの学生たちには任せた方が結果が伴うのか、とはならず、それは学力の高い慶應だけに当てはまる話だとか、107年ぶりの偶然だとか、自分たちのやり方を擁護する声がどこからともなく聞こえてくる。いわゆるリベラルと保守の対立構造が立ち上がるのだ。これが当事者間の意見のぶつけ合いであれば健全なのだが、ネット世論に代表される顔の見えない争いとなるといかにも不毛だろう。

 文筆家・綿野恵太氏は近著『「逆張り」の研究』(筑摩書房、2023)にて、「アンチ・リベラル」の一部に逆張りの性質を見出した。それは「みずからの主張をほとんど語ることなく、多くの人が当たり前のことだと信じている「常識」や「良識」を斜に構えて相対化すること」だという。例えば、野球の上達に髪型が関係ないことは明白であるにも関わらず、花巻東高校時代の大谷翔平選手が坊主頭であったことを持ち出して、異論を挟もうとする。あるいは高校野球自体を否定することで論点を逸らしてしまう。そこに意味はない。ただ慶應(=リベラル)に抗っておきたいのだ。その気持ちは必然的に対戦校の応援へと向かっていく。

 決勝戦、甲子園球場には慶應の応援歌が鳴り響いていた。系列校を含む卒業生たちが大挙して押し寄せ、スタンドを埋め尽くしていた。あまりの声援の大きさに、選手たちはお互いのコミュニケーションもままならなかったという。また残念ながら、守備回に声を上げるというマナー違反も見受けられた。この圧倒的にアウェイな雰囲気を仙台育英の選手たちはある程度覚悟していたものの、やはり飲み込まれてしまったのだろう。ミスを繰り返した。慶應はいかにも伝統的な強い応援スタイルを突き通したのだ。昨今はブラスバンドの高度なアレンジなどが野球以上に注目される高校もある中、そんな新しい風を吹かせるような仕草は一切見せなかった。

 それでも批判されるのが慶應である。応援があまりにもフェアじゃなかったと改善を求める声が上がっている。結局はリベラルかどうかではない。「私たち」かどうかが問われている。野球も、勉強も、自由すらも手にする選手たちを羨み、スタンドで連帯する彼/彼女らを見て、自分たちとは違う部族だと線をひく。綿野氏も「優等生=リベラルに反発する理由は、それなりに理解できるものがある」と述べた。ではなぜ、日本中がエンジェルスの優等生・大谷翔平選手を応援しているのだろうか。

 理由が「二刀流」という自由さを振りかざしながらも、アメリカの地で孤軍奮闘する「日本人だから」にあるとすれば、「私たち」は自らを意外と大きな枠組みで捉えることができるのかもしれない。出身地や出身校、年齢や性別の垣根を越えて、まだ会ったこともない人を同じ仲間として応援することができるのだ。それは、これだけ逆張りが蔓延し、足が引っ張り合われる社会において、一筋の光となるのではないだろうか。わざわざ共通の敵を作り出さなくとも、手を取り合う関係性を広く作ることができれば世界は前進すると思うのだ。

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