雲の中のタワー|掌編小説
――初デートが雨だった。
そういう人は、世の中にどれくらいいるんだろう。「雨」というだけで、デートがぶち壊された気分になる。
駅の改札口を出て、柱にもたれながら鉛色の空を見上げた。笑いたくなるほどの土砂降りで、もうため息しか出ない。
1週間前から、四六時中天気予報を見ていた。デートの日は曇りマーク。雨さえ降らなければいいと思っていたのだが、曇りマークはすぐに雨マークへと変わった。
――嘘だろ!
仕事中にパソコンで盗み見た天気予報に、思わず声が出る。他の日は雨でも雪でも嵐でも、どうでもいいのに、なぜこの日だけ晴れにしてくれなかったのか。運が悪いのか、日頃の行いが悪いのか。僕はひたすら自分を呪った。
「降っちゃったねー」
明るく言う彼女に、「イヤだねー」と虫の鳴くような小さい声で反応する。
「仕方ないじゃない? 天気なんだし」
そう言うと、不意に彼女は顔を上に向けた。
「うわー! タワーのてっぺんが雲に隠れてる!」
「タワー?」
オウム返しをして、彼女の視線の先を追う。目の前にある超高層ビルの上の方が、霞んで見えなくなっていた。
「ビル」や「マンション」ではなく「タワー」。その独特な響きと言葉を、頭の中で反芻する。この四角くて無機質で墓石のような物体を「タワー」と呼ぶ人は、そう多くはないだろう。いや、多分いない。
「あそこにいる人って、雲の中にいるってことよね」
「そう……なのかな」
「行ってみない?」
「どこへ?」
「雲の中よ」
彼女は笑いながら、僕の手を取って走り出した。
行き先は、雲の中。
鉛色の空を見て、ため息をつく僕と違い、彼女はタワーのてっぺんを見ていた。
そして、笑っていた。
きっと雨が降るたびに、思い出すんだろうな。
(了)
山下達郎の「2000トンの雨」を聴いて。
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